『金魚のキンちゃん』
軒下に置かれているバケツ。
バケツの中には緑色に濁った水。
その中を元気よく泳いでいる一匹の金魚。
男が近づいてくる。
男 「おーい、キンちゃん、おーい。」
金魚、さらに勢いよく泳ぐ。
男 「おーい、キンちゃん。」
金魚、水面から顔を出し、口をパクパクさせる。
男 「・・・そうか。・・・そうか。」
男、ビニール袋に入った金魚のエサを水面に落とす。
すぐにパクつく金魚。
ひとつ、ひとつ、口にくわえていく。
喜んでいる金魚。
男、その光景を見ながら美味そうにコーヒーを飲む。
エサを食べ終わり、元気よく泳ぐ金魚。
男、じっと金魚を見ている。
男 「お前は本当に強いな。
雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も、
たった一人で・・・強いよな。」
じっと見つめる男、表情を引き締める。
軒下に置かれているバケツの中で泳ぐ、一匹の金魚。
(回想)
金魚すくいのビニール袋から、三匹の金魚をバケツに移す男。
元気よく泳ぐ三匹の金魚。
翌朝。
一匹の金魚が水面に横たわっている。
男 「・・・・・」
軒下のバケツの中を泳ぐ、二匹の金魚。
数日後。
バケツの中で泳ぐ金魚が一匹だけになっている。
男「・・・やっぱり金魚は持って帰らない方がいいな・・・」
一匹になった金魚をじっと見つめる、男。
軒下のバケツの中で元気に泳ぐ、たった一匹の金魚。
激しい雨が降っている。
じっとしている、軒下のバケツの中の金魚。
強い風が吹いている。
水面が揺れる中、耐え忍ぶ、軒下のバケツの中の金魚。
真夏の強い日差しが照りつける。
水面がギラギラする中、ゆっくりと泳ぐ、軒下のバケツの中の金魚。
雪が降っている。
じっとしている、軒下のバケツの中の金魚。
男 「おーい、キンちゃん、おーい。」
水面から顔を出し、パクパクする金魚。
エサをやる、男。
美味そうに、エサにパクつく金魚。
癒された表情の男。
男 「・・・強いな、お前は・・・」
じっと見つめる男。
エサを食べ終わり、勢いよく泳ぐ金魚。
軒下に置かれてあるバケツの前で立ち尽くす男。
じっとバケツを見つめている。
バケツの中で横たわる金魚のキンちゃん。
男 「・・・・・」
座り込み、じっと金魚を見つめる男。
男、動かない。
男 「・・・昨日、あんなに喜んでエサを食べてたのに・・・」
信じられない表情。
軒下のバケツの前で、コーヒーを飲む男。
男 「・・・強かったよな、お前は・・・
・・・いつも、いつも、励まされたよ・・・
・・・ありがとう・・・
・・・これからも、お前を見習って頑張るよ・・・
・・・本当にありがとう。」
上を向き、口を真一文字に結ぶ、男。
軒下のいつもの場所にあるバケツ。
バケツの中はきれいに空っぽになっている。
『bar -birthday-』
カウンターだけのバー。
各種ボトルが並んでいる。
カウンターの中に立つ、店の男。
グラスを丁寧に磨いている。
店のドアが開く。
男性客がひとり入ってくる。
カウンター席に座る男性客。
店の男「いらっしゃい。」
男性客「こんばんは。」
グラス磨きを止める店の男。
生ビールをきれいにグラスに注ぐ店の男。
男性客に差し出す。
店の男「誕生日祝いだ。」
男性客「・・・あっ、すいません。」
小さなグラスに自分のビールを注ぐ店の男。
無言で、グラスを合わせることなく乾杯する二人。
一気に飲み干す店の男。
店の男「・・・あー、うまい。」
店の男の見事な飲みっぷりに微笑む男性客。
男性客「・・・誕生日が来ても、あまりうれしくない歳になりました。」
店の男「これから毎年、誕生日を迎えると同じことを思うようになるよ。」
男性客「でも、この生ビールはうれしい・・・」
店の男「いくつになっても、祝ってほしい・・・そういうものなんだと思うよ。」
男性客「・・・そうなんですかね。」
店の男「だって、自分だけの、自分にしかない、1年で1日だけの記念日だからね。」
男性客「・・・なるほど。」
店の男「・・・30歳になった時には、もう30歳だと思って、
40歳になった時には、とうとう40歳だと思うんだよね・・・」
男性客「・・・うん。」
店の男「いつでも、何歳になっても、自分はこれからだって思うことが出来ればいいよね。」
うなづく男性客。
店の男「目標に向かって、いつまでも挑戦し続けて、自分を磨き続ける、だね・・・」
何度もうなづく男性客。
店の男「・・・今のは全部、俺が自分に言い聞かせているんだよ。」
男性客、ビールを飲み干す。
グラスを磨き始める店の男。
男性客「すいません、ハイボール下さい。」
店の男、うなづくだけ。
大きな氷をアイスピックで適当な大きさに砕く。
グラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぎ、ソーダで割る。
あざやかな手付きでおいしそうなハイボールを作る店の男。
無言で、男性客に差し出す。
作りたてのハイボールを飲む男性客。
男性客「・・・うまい。」
微笑む店の男。
店のドアが開き、女性客が二人入ってくる。
カウンター席に座る女性客。
女性客、店の男に声を揃えて言う。
女性客「誕生日おめでとう!」
店の男「・・・ありがとう。でももう誕生日が来てもうれしくない歳なんで・・・照れくさいよ。」
男性客、驚いた表情で店の男を見る。
微笑みながら、男性客にうなづく店の男。
女性客「これからでしょ、これから。挑戦し続けるんでしょ。この前そう言ってたじゃない。」
苦笑いの、店の男。
店の男「・・・ハイボールだね・・・」
女性客「はーい。」
慣れた手付きでハイボールを作り出す、店の男。
癒された表情の男性客。
おいしそうなハイボールを女性客に差し出す、店の男。
ハイボールのグラスがスポットライトに照らされ輝いている。
