『野球とグローブ』
山々に囲まれた田園風景が広がる。
夏空。
雲が流れて行く。
小さな公園の広場。
父と子(小学2年)がキャッチボールをしている。
父「ボールは体の正面で捕るんだ。」
わざとボールを正面に投げず、捕りにくいところに投げる父。
一生懸命、体の正面で捕ろうと頑張っている子。
だが、なかなかうまくいかない。
ボールを落としたり、後ろに逸らしたりする子。
子「お父さん、もっといいところに投げてよ!」
父「いいところに投げたら練習にならないだろ!」
更に捕りにくいところにボールを投げる父。
捕れない子。
後ろに逸らしたボールを追いかけようとする子。
だが途中でボールを追いかけるのをやめてしまう。
子「・・・・・」
子、ふて腐れている。
父「・・・うまくなりたいんじゃなかったのか。」
子「・・・・」
父「練習しないんだったら帰るぞ。」
帰ろうとする父。
子「・・・・・やる・・・・・やる・・・・・」
立ち止まり、振り返る父。
父「えっ、何だって?」
子「・・・・・やる!」
父「そうか、分かった。」
再び、キャッチボールを始めようとする父子。
子、父に向かって言う。
子「お父さん、もっと大きいグローブ買ってよ。
友達はみんな大きいグローブを持ってるんだよ。
こんな小さなグローブを持ってるのは僕だけだよ。」
古くて小さなグローブ。
父「野球は道具でやるもんじゃない。
それに小さいグローブを使った方がうまくなる。」
子「・・・・・やだよ・・・・・大きいのが欲しいよ・・・・・」
父「ダメだ。」
泣きそうな表情になる子。
夏空。
雲が流れる。
小学校のグランドで練習をしている少年野球チーム。
低学年の子供達がグランドの片隅でキャッチボールをしている。
その子供達のグローブ。
大きくて真新しい立派なグローブ。
離れた場所から見ている、父。
父「・・・・・」
夏空。
雲が流れる。
子、学校から帰ってくる。
自分の部屋に入る子。
何かに気付く。
机の上にある、大きな新しいグローブ。
輝いている。
子「・・・・・」
信じられない表情から、満面の笑みに変わって行く。
とてもうれしそうにグローブを眺める。
自分の顔より大きなグローブ。
夜。
父が帰宅する。
子、父のところに走って行く。
子「お父さん、新しいグローブありがとう!」
父「グローブに負けるなよ。」
子「うん!」
子、素晴らしい笑顔。
満足げな父。
夏空。
雲が流れる。
ゆっくりと雲が流れて行く。
町並みを取り囲む山々。
誰もいない小学校のグランド。
誰もいない小さな公園の広場。
男が野球のグローブを手入れしている。
相当使い込んだ古いグローブ。
丁寧に磨いている。
夏空。
雲が流れる。
棚に飾ってある、小学2年の時に買ってもらったグローブ。
だいぶ古くなったが、輝いている。
『-道- 〝前へ〟』
初夏らしい空が広がる。
梅雨の晴れ間。
川沿いにある桜並木の遊歩道。
川面に向かって垂れ下がっている桜の樹の枝。
その葉が、新緑から少し深い緑に色づき、輝いている。
桜の樹の枝で出来たトンネルのような遊歩道。
ひとりの男が歩いている。
男、歩く。
ゆっくりと、前に向かって進んで行く。
男の眼に、あじさいの花が映る。
立ち止まる男。
男 「・・・・・」
男、ゆっくり大きく息を吐く。
和らいだ表情になる男。
しばらく、じっとあじさいの花を見つめる。
間。
再び歩き出す男。
ゆっくり、前に、進む。
桜の樹の枝で出来たトンネルの中を進んで行く。
すぐ横に川が流れている。
ゆったりと流れている。
やがて川面に雨が落ちてくる。
曇り空から、ポツリポツリと降り出す雨。
男、気にする様子もなく、歩く。
小雨が降る中、歩いている、男。
小さな公園が見えてくる。
キャッチボールをしている父子。
小雨が降る中、ユニホームを着た小学生と父親が練習をしている。
わが子に、熱心に野球を教えている父親。
立ち止まり見つめる男。
男 「・・・・・・・」
懐かしそうな顔になる男。
雨が本格的に降り出す。
野球の練習を切り上げて、帰って行く父子。
父子を眼で見送る男。
優しい表情で、ふと一瞬笑顔を見せる男。
空を見上げる男。
顔に雨が降りかかる。
気持ち良さそうに、じっと雨に打たれている。
空一面の雨雲から雨粒が落ちてくる。
空を見上げたまま、雨に打たれたまま、動かない男。
間。
気持ち良さそうに大きく息を吐き、雨に濡れた顔を手で拭う。
再び歩き出す男。
その後ろ姿。
男の後ろ姿がだんだん遠ざかって行く。
雨が降り続いている。
誰もいない遊歩道。
桜の樹と、流れる川。
その光景。
(時間経過)
雨が止んでいる。
誰もいない遊歩道。
少し水量が増えた川、相変わらずゆっくりと流れている。
桜の樹の葉が雨に濡れて、キラキラ光る。
雲間から顔を出す、太陽。
太陽の光を浴びて歩いて行く男。
その後ろ姿。