FtMにとっての女の体というのは、女性のそれとは恐らく大きく違う。
恐らく…というのは、俺らは女性自認の人間じゃないので、女性として女性の体を捉えることは一生ないからさ。
「よく、何が違うの?」って聞かれるけど、それに対する最も正確な答えは「わからない」だと思う。
だって、君は女だけど、俺は男だもん。
君は一致が普通だけど、俺は最初から不一致だもん。
体の性に対する違和感が、俺たちの日常なんだよ。
一致がどういうことかは、見て推測してるに過ぎないよ。
だから、あんまり問い詰めないでね。
寧ろ、普通がどんなか教えてほしい。
閑話休題。
例えば、体を見られて恥ずかしい気持ちは俺にもある。
でも、女性が胸を見られて恥ずかしいというのと、俺の胸に対する違和感は違うと思う。
女の人は、イヤラシイ目つきで見られるのは嫌とか、他人にジロジロ見られたら気味が悪いとかじゃない?
好きな男に見られるのも嫌?
恥ずかしそうにドキドキされたら、相手を可愛いとか思うこともあるでしょ?
俺はこういうこともダメなんだよね。
自分にドキドキしてくれることは嬉しいけど、女として萌えられるのは相手が男でも女でも悲しくなる。
女性として見られる嬉しさは、やっぱり女性自認ゆえだと思う。
例え好きな人でも、俺は女として評価されることは非常に複雑。
女性の場合、胸が性的な意味を持つからこそ恥ずかしいんじゃないのかなぁ?
だから、好きでもない人に見られるのは嫌悪に繋がるし、好きな人なら恥ずかしいけど嬉しいぐらいになる。
俺の場合の恥ずかしいは、女性のそれとは違う。
FtM全般に言えるかわからないけど、性自認と一致してない体というのは意識がないんだよね。
頭では、おっぱいなんてないことになっている。
だから、ブラジャー付けるとか本当に考えられなくて、これを付けなければいけないことが嫌悪感に繋がって行った気がする。
俺、未だにダメなんだよね(苦笑)
女性下着を目にすること自体が凄い複雑。
女とHする時でさえ、相手の下着を微妙に感じるくらい。
ましてや、洗濯とか着替えとか透けて見えるとか全部ダメ。
変な話、自分のおっぱいよりこのことの方がかなりトラウマよ(苦笑)
恐らく…というのは、俺らは女性自認の人間じゃないので、女性として女性の体を捉えることは一生ないからさ。
「よく、何が違うの?」って聞かれるけど、それに対する最も正確な答えは「わからない」だと思う。
だって、君は女だけど、俺は男だもん。
君は一致が普通だけど、俺は最初から不一致だもん。
体の性に対する違和感が、俺たちの日常なんだよ。
一致がどういうことかは、見て推測してるに過ぎないよ。
だから、あんまり問い詰めないでね。
寧ろ、普通がどんなか教えてほしい。
閑話休題。
例えば、体を見られて恥ずかしい気持ちは俺にもある。
でも、女性が胸を見られて恥ずかしいというのと、俺の胸に対する違和感は違うと思う。
女の人は、イヤラシイ目つきで見られるのは嫌とか、他人にジロジロ見られたら気味が悪いとかじゃない?
好きな男に見られるのも嫌?
恥ずかしそうにドキドキされたら、相手を可愛いとか思うこともあるでしょ?
俺はこういうこともダメなんだよね。
自分にドキドキしてくれることは嬉しいけど、女として萌えられるのは相手が男でも女でも悲しくなる。
女性として見られる嬉しさは、やっぱり女性自認ゆえだと思う。
例え好きな人でも、俺は女として評価されることは非常に複雑。
女性の場合、胸が性的な意味を持つからこそ恥ずかしいんじゃないのかなぁ?
だから、好きでもない人に見られるのは嫌悪に繋がるし、好きな人なら恥ずかしいけど嬉しいぐらいになる。
俺の場合の恥ずかしいは、女性のそれとは違う。
FtM全般に言えるかわからないけど、性自認と一致してない体というのは意識がないんだよね。
頭では、おっぱいなんてないことになっている。
だから、ブラジャー付けるとか本当に考えられなくて、これを付けなければいけないことが嫌悪感に繋がって行った気がする。
俺、未だにダメなんだよね(苦笑)
女性下着を目にすること自体が凄い複雑。
女とHする時でさえ、相手の下着を微妙に感じるくらい。
ましてや、洗濯とか着替えとか透けて見えるとか全部ダメ。
変な話、自分のおっぱいよりこのことの方がかなりトラウマよ(苦笑)
