初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。
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家族の異常に気づく①
もう10年も前のことだから、手紙に何を書いたか詳しくは覚えていない。
ブチ切れて捨てちゃったしさ…。
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小さいときから自分を男の子だと思っていました。
性同一性障害は男になりたい病気ではなく、男なのに女の体で生まれてしまった状態を指します。
誰のせいでもありません。
これからは僕も自分の気持ちに素直に、男として生きたいと思っています。
僕自身はもちろん、周囲の人の為にも、それが幸せだと思います。
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こんな感じだったと思う。
一人称に『僕』を使うことにえらく緊張した覚えがある。
まだ少し『わたし』で偽装してたからね。
この時思ったのは、俺が親の立場なら『子供のことを全く知らないまま一生を終えるなんて、悲し過ぎる』ということだった。
自分のことを知ってしまったら、俺の性格上偽ることも出来ない。
無理矢理娘を演じ続けることに、親子の意味も見出だせない。
何か溝があってわかりあえないとしたら、それは親だって悲しいだろう。
理想を求めすぎかもしれないが、子供の真実を受け入れない人間は親じゃないとさえ思っていた。
だから、本当のことを言うべきだと判断した。
反応は、一先ず予想通りだった。
父親が「勘当だ!」と怒鳴り散らすとか、母親が「信じない!」とヒステリックに泣き叫ぶとか、そういう事は一切なかった。
将軍や天皇家じゃあるまいし、後継ぎも不要な家で性別ごときで騒がれてもね…。
だいたい、障害ってのは認めても認めなくても事実なんか変わんない訳で、変えなきゃいけないのは、障害に対する自分の差別意識なんだよね。
これがすぐには変えられないからジタバタするんだけどさ…
結局、親からは何の反応もなかった。
なさ過ぎて、実家なのに妙に居心地が悪い。
いや、工場勤務していた3年が快適過ぎたのかもしれない。
親しい奴らは俺が何を嫌がるかよく知っていた。
それだけで安心だったから俺は気にしていなかったのだが、差別意識を持つ相手には仲間の方が傷ついたりもしていた。
ある社員を飲み会に呼んだ時も、友達の方が「あの人は偏見強いから絶対嫌だ」と心配したり…。
同じ部屋だった奴なんて、同部屋であることを訝る相手に「普通だから!」って俺以上にキレる始末…。
当然のように守ってくれた。
ギャップがあり過ぎることは確かだった。
親と友達では受け止め方が違うのは当然だが、それにしてもこの妙な静けさはなんだろう。
さすがに落ち込んだというか、戸惑った。
言い方を間違ったのか、タイミングが悪かったのか。
色々考えてみても、どうも見当がつかない。
他のFtMの親の反応などを聞いても全然違うし、拒絶されるよりマシかとも思ったが、何を思ってるのかわからないと親にどう接していいかもわからなくなる。
一番困ったのは、親と外出した先で知人に会ったときだ。
俺が男として振る舞っても、親は息子だと思って絡まないから不自然な空気になる。
昔からの知り合いなんかは目を白黒させていて、一方で親はボーッとしている。
狭間にいる俺もどうしていいかわからずかなり気まずいのだが、そのことも親は気にも止めない様子。
改名したいから男性名を考えてくれと言った時も、「考えられない」の一言で終わりだった。
名付け親の父親からは一言もない。
昔、名付けの苦労や由来を語っていたのは何だったのか…。
7年後、俺は工場勤務時代の仲間がつけてくれた名前に改名した。
その間、名前の話題に触れられることはなかった。
俺は、男の自分は愛されていなくても仕方ないと思ってきた。
それだって健全なアイデンティティの持ち方ではないが、取り敢えず諦めなければ生きてこられなかった。
自分が男だと説明しきれない子と、娘が男だと受け止める術を知らない親では、普通の女の子ということにしてやり過ごすしか道はなかったから。
だから、男としての俺の本心なんて知らなくて当然だと思った。
男なんかじゃないと激しく抵抗されることも覚悟していた。
だが、そんな問題は何一つ起きなかった。
そして、思ってもみない現実を知ることになる。
家族の異常に気づく③に続く
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家族の異常に気づく①
もう10年も前のことだから、手紙に何を書いたか詳しくは覚えていない。
ブチ切れて捨てちゃったしさ…。
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小さいときから自分を男の子だと思っていました。
性同一性障害は男になりたい病気ではなく、男なのに女の体で生まれてしまった状態を指します。
誰のせいでもありません。
これからは僕も自分の気持ちに素直に、男として生きたいと思っています。
僕自身はもちろん、周囲の人の為にも、それが幸せだと思います。
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こんな感じだったと思う。
一人称に『僕』を使うことにえらく緊張した覚えがある。
まだ少し『わたし』で偽装してたからね。
この時思ったのは、俺が親の立場なら『子供のことを全く知らないまま一生を終えるなんて、悲し過ぎる』ということだった。
自分のことを知ってしまったら、俺の性格上偽ることも出来ない。
無理矢理娘を演じ続けることに、親子の意味も見出だせない。
何か溝があってわかりあえないとしたら、それは親だって悲しいだろう。
理想を求めすぎかもしれないが、子供の真実を受け入れない人間は親じゃないとさえ思っていた。
だから、本当のことを言うべきだと判断した。
反応は、一先ず予想通りだった。
父親が「勘当だ!」と怒鳴り散らすとか、母親が「信じない!」とヒステリックに泣き叫ぶとか、そういう事は一切なかった。
将軍や天皇家じゃあるまいし、後継ぎも不要な家で性別ごときで騒がれてもね…。
だいたい、障害ってのは認めても認めなくても事実なんか変わんない訳で、変えなきゃいけないのは、障害に対する自分の差別意識なんだよね。
これがすぐには変えられないからジタバタするんだけどさ…
結局、親からは何の反応もなかった。
なさ過ぎて、実家なのに妙に居心地が悪い。
いや、工場勤務していた3年が快適過ぎたのかもしれない。
親しい奴らは俺が何を嫌がるかよく知っていた。
それだけで安心だったから俺は気にしていなかったのだが、差別意識を持つ相手には仲間の方が傷ついたりもしていた。
ある社員を飲み会に呼んだ時も、友達の方が「あの人は偏見強いから絶対嫌だ」と心配したり…。
同じ部屋だった奴なんて、同部屋であることを訝る相手に「普通だから!」って俺以上にキレる始末…。
当然のように守ってくれた。
ギャップがあり過ぎることは確かだった。
親と友達では受け止め方が違うのは当然だが、それにしてもこの妙な静けさはなんだろう。
さすがに落ち込んだというか、戸惑った。
言い方を間違ったのか、タイミングが悪かったのか。
色々考えてみても、どうも見当がつかない。
他のFtMの親の反応などを聞いても全然違うし、拒絶されるよりマシかとも思ったが、何を思ってるのかわからないと親にどう接していいかもわからなくなる。
一番困ったのは、親と外出した先で知人に会ったときだ。
俺が男として振る舞っても、親は息子だと思って絡まないから不自然な空気になる。
昔からの知り合いなんかは目を白黒させていて、一方で親はボーッとしている。
狭間にいる俺もどうしていいかわからずかなり気まずいのだが、そのことも親は気にも止めない様子。
改名したいから男性名を考えてくれと言った時も、「考えられない」の一言で終わりだった。
名付け親の父親からは一言もない。
昔、名付けの苦労や由来を語っていたのは何だったのか…。
7年後、俺は工場勤務時代の仲間がつけてくれた名前に改名した。
その間、名前の話題に触れられることはなかった。
俺は、男の自分は愛されていなくても仕方ないと思ってきた。
それだって健全なアイデンティティの持ち方ではないが、取り敢えず諦めなければ生きてこられなかった。
自分が男だと説明しきれない子と、娘が男だと受け止める術を知らない親では、普通の女の子ということにしてやり過ごすしか道はなかったから。
だから、男としての俺の本心なんて知らなくて当然だと思った。
男なんかじゃないと激しく抵抗されることも覚悟していた。
だが、そんな問題は何一つ起きなかった。
そして、思ってもみない現実を知ることになる。
家族の異常に気づく③に続く