初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。
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食べ物の恨みは怖いと言うが、食に関することだけでもトラウマは結構ある。
うちの朝食は、パンとご飯が半々くらいだった。
前夜の残りのご飯がある時は、ご飯に納豆や生卵、味噌汁、おかずが一品。
ご飯がない時は、トーストに目玉焼き、ウインナー、りんご、牛乳というのが定番だった。
アスペルガーの母親に指摘された俺の腸の弱さの正体でも書いたように、野菜が少なく油が多い傾向にあった。
そんなものを慌てて食べるのだからしょっちゅう腹痛を起こしていたのだが、他にも見えないルールみたいなものがいくつかあった。
納豆は母親が醤油を入れるので、俺には塩辛いことが多かった。
しょっぱいと言うと、ご飯の量を増やされ、これなら食べられるだろと大盛りの茶碗を渡された。
もちろん、残すことは許されない。
俺は醤油の味ばかりの納豆と多すぎるご飯に箸が進まなかったが、何が改善されるでもなかった。
記憶にあるのは5~6歳からだが、3歳でも納豆に醤油くらい入れられるだろう。
しかし、朝ご飯を世話するのは母親の役目と思っているのか、醤油一つ俺に任せる雰囲気はない。
かといって、その納豆の始末を母親がする訳でもない。
自分のやり方は変えられず、その結果出来たものは子供に食べさせるのだから、こっちはやってられない。
些細なことと思うかもしれないが、だからこそ疲れる。
毎日何でもないことに手間がかかり、何でもないところでストレスが溜まる。
おまけに、大したことではないと親も他人も取り合ってくれない。
そんな家だったから、一歩外に出ると新鮮だった。
小学6年生の時、クラスメートの女の子と幼稚園の先生の家に遊びに行った。
当時、女の子の間で幼稚園や保育所の先生を訪ねるというのが流行していて、それに誘われた形だった。
二人で昼食をご馳走になったのだが、随分驚いたことがあった。
目玉焼きにかけるものを、先生に「ケチャップがいい?醤油でもソースでも好きなのかけて」と言われたのだ。
たったそれだけのことが、衝撃だった。
うちでは卵には醤油と決まっていたし、そもそも子供が選ぶ自由なんて与えられていなかったから。
先生は久しぶりの再会を喜んでくれていたし、日常的に接する親とは違って当然だろう。
だが、「自由に選んでいいの?怒らない?」と思った俺は、目を白黒させていたに違いない。
恐る恐る、いつもの醤油をかけた覚えがある。
隣の友人はケチャップをかけ、各々が好きなものをかけて食べている光景にまた驚いた。
丁度この先生が担任する幼稚園に通っていた時にも、よく覚えている給食の一コマがある。
その日はメロンパンと焼そばだった。
他にフルーツとか飲み物もあったと思うが、記憶にない。
あまり好き嫌いもなく残さず食べられる俺が、その日はお腹一杯で全部食べ切るのが辛かった。
そこで、焼そばは残そうと決めた俺は、半泣きになりながらメロンパンを食べていた。
心配した先生は、「残してもいいよ」と言ってくれた。
しかし、その言葉をまともには信じられず、俺は意地になってメロンパンを食べ尽くした。
それにはこんな理由がある。
うちでは、残すなら一つと決められていたからだ。
それを守らなければいけないと思っていた。
醤油をかけすぎた納豆でも、食べられないと言えば顔をしかめる母親である。
腹痛でも残すことを許されるかわからないのに、腹一杯だなんて理由が通るはずもないと思っていた。
先生は本当に心配してくれていただろうし、残していいというのも本当だったろう。
先生の言葉に従えなかったのは、いいと言いながらやれば怒るという言動不一致の親の影響が多分にあった。
うちの親は、俺が無理して食べていることにも気づかない。
だから、いいと言われてもそれを素直に信じることは出来なくなっていた。
後にこの話を母親にしたが、結局のところはわかっていなかった。
母親は、残すのを一つだけとしたことを間違いだったと言った。
当然、問題はそこじゃない。
「好きじゃなくても食べられるようにすること」、「どうしても食べられないときは残すのは一つ」という教育は、正しかったと思う。
問題は、状況を判断しないことと子供の言い分を聞かないことだ。
残してはいけないというのは、「好き嫌いは良くない」からではないか。
満腹や腹痛でも食べろと言うのは拷問だ。
この日の出来事について、先生から連絡があったのかはもはや確認のしようもないが、あったとしても母親は何もわからなかったのだろう。
俺は、満腹でも必死に母親の教えを守ったのだが、母親は俺が親の教えに従ったのだということさえ、理解できないのかもしれない。
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食べ物の恨みは怖いと言うが、食に関することだけでもトラウマは結構ある。
うちの朝食は、パンとご飯が半々くらいだった。
前夜の残りのご飯がある時は、ご飯に納豆や生卵、味噌汁、おかずが一品。
ご飯がない時は、トーストに目玉焼き、ウインナー、りんご、牛乳というのが定番だった。
アスペルガーの母親に指摘された俺の腸の弱さの正体でも書いたように、野菜が少なく油が多い傾向にあった。
そんなものを慌てて食べるのだからしょっちゅう腹痛を起こしていたのだが、他にも見えないルールみたいなものがいくつかあった。
納豆は母親が醤油を入れるので、俺には塩辛いことが多かった。
しょっぱいと言うと、ご飯の量を増やされ、これなら食べられるだろと大盛りの茶碗を渡された。
もちろん、残すことは許されない。
俺は醤油の味ばかりの納豆と多すぎるご飯に箸が進まなかったが、何が改善されるでもなかった。
記憶にあるのは5~6歳からだが、3歳でも納豆に醤油くらい入れられるだろう。
しかし、朝ご飯を世話するのは母親の役目と思っているのか、醤油一つ俺に任せる雰囲気はない。
かといって、その納豆の始末を母親がする訳でもない。
自分のやり方は変えられず、その結果出来たものは子供に食べさせるのだから、こっちはやってられない。
些細なことと思うかもしれないが、だからこそ疲れる。
毎日何でもないことに手間がかかり、何でもないところでストレスが溜まる。
おまけに、大したことではないと親も他人も取り合ってくれない。
そんな家だったから、一歩外に出ると新鮮だった。
小学6年生の時、クラスメートの女の子と幼稚園の先生の家に遊びに行った。
当時、女の子の間で幼稚園や保育所の先生を訪ねるというのが流行していて、それに誘われた形だった。
二人で昼食をご馳走になったのだが、随分驚いたことがあった。
目玉焼きにかけるものを、先生に「ケチャップがいい?醤油でもソースでも好きなのかけて」と言われたのだ。
たったそれだけのことが、衝撃だった。
うちでは卵には醤油と決まっていたし、そもそも子供が選ぶ自由なんて与えられていなかったから。
先生は久しぶりの再会を喜んでくれていたし、日常的に接する親とは違って当然だろう。
だが、「自由に選んでいいの?怒らない?」と思った俺は、目を白黒させていたに違いない。
恐る恐る、いつもの醤油をかけた覚えがある。
隣の友人はケチャップをかけ、各々が好きなものをかけて食べている光景にまた驚いた。
丁度この先生が担任する幼稚園に通っていた時にも、よく覚えている給食の一コマがある。
その日はメロンパンと焼そばだった。
他にフルーツとか飲み物もあったと思うが、記憶にない。
あまり好き嫌いもなく残さず食べられる俺が、その日はお腹一杯で全部食べ切るのが辛かった。
そこで、焼そばは残そうと決めた俺は、半泣きになりながらメロンパンを食べていた。
心配した先生は、「残してもいいよ」と言ってくれた。
しかし、その言葉をまともには信じられず、俺は意地になってメロンパンを食べ尽くした。
それにはこんな理由がある。
うちでは、残すなら一つと決められていたからだ。
それを守らなければいけないと思っていた。
醤油をかけすぎた納豆でも、食べられないと言えば顔をしかめる母親である。
腹痛でも残すことを許されるかわからないのに、腹一杯だなんて理由が通るはずもないと思っていた。
先生は本当に心配してくれていただろうし、残していいというのも本当だったろう。
先生の言葉に従えなかったのは、いいと言いながらやれば怒るという言動不一致の親の影響が多分にあった。
うちの親は、俺が無理して食べていることにも気づかない。
だから、いいと言われてもそれを素直に信じることは出来なくなっていた。
後にこの話を母親にしたが、結局のところはわかっていなかった。
母親は、残すのを一つだけとしたことを間違いだったと言った。
当然、問題はそこじゃない。
「好きじゃなくても食べられるようにすること」、「どうしても食べられないときは残すのは一つ」という教育は、正しかったと思う。
問題は、状況を判断しないことと子供の言い分を聞かないことだ。
残してはいけないというのは、「好き嫌いは良くない」からではないか。
満腹や腹痛でも食べろと言うのは拷問だ。
この日の出来事について、先生から連絡があったのかはもはや確認のしようもないが、あったとしても母親は何もわからなかったのだろう。
俺は、満腹でも必死に母親の教えを守ったのだが、母親は俺が親の教えに従ったのだということさえ、理解できないのかもしれない。