初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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あえて一言で言うなら、「馬鹿馬鹿しくなった」のだ。






俺は、自分のサイトに相談掲示板を設置し、数年間、レスをしてきた。

また、他のFtMサイトや相談サイトでも俺なりの見解をコメントし、それがちょっとした充実感を得ていた時期もあった。




俺が自サイトに相談掲示板を置いたのは、それまでFtMの悩み相談と言えばこのサイトという大きなサイトが、閉鎖されたからだった。


自宅にパソコンがなく、携帯にもパケ放題がない時代、ネットカフェに通ってそのサイトを見るのが楽しみだった。

深夜なのに強烈に目が冴えてしまうくらい、当時の俺には刺激的だった。


そのサイトが、俺が見つけて間もなく、閉鎖してしまった。


誹謗・中傷に目くじらを立てて反論するFtMや、スレッドを立てておきながら放置するスレ主。

管理人(FtM)がどれだけ削除したり注意を促してみても、子供じみた状況が変わらなかった。


管理人からすれば、すでにFtMを代表するサイトになったという意識があった。

このサイトは、「FtM」で検索すれば一件目にヒットするようになっていた。

ということは、FtM当事者だけでなく一般の人が最も目にするサイトである。

否でも応でも、このサイトからFtMのイメージを形作る人がいておかしくないということだ。


だからこそ、利用者にもそういう意識を持ってほしいという思いがあった。

そうでなくても社会の理解が必要な障害なのに、FtMである以前に人としてどうかという言動は、敬遠される材料を増やすだけである。




しかし、収まらなかった。


非当事者の意地悪な挑発を無視できず、荒らしに反論して自滅していった。

相談に乗ってくれた人に返信もせず、一生懸命答えている人の努力は徒労に終わった。




閉鎖後に裏話的に聞いた程度だが、管理人は閉鎖理由について「もう馬鹿馬鹿しくなった」と言っていた。

誰の為のサイトなのかわからないと……。




俺が記憶している範囲では、参加者が未熟過ぎて話し合いになっていなかったように思う。


「すぐムキになるおまえらは、所詮感情的な生き物の女だよ」というこけ威しに乗ってしまっていた。

荒らしは無視するのが一番というネットの原則も、守られなかった。




FtMは、誰にも「男」として認められないところからスタートする。

そのため、承認欲求が人一倍強い。

十分な承認を受けたことがないFtMが集まれば、どうしても荒らしの挑発を無視できない。


いや、これが荒らしだと気づいていない人もいたように思う。

荒らしは、一見もっともらしいことを言っているが、敢えてFtMがへこむであろうことを取り上げている。

そこを冷静に見抜かなければならない。

一読してカッとなったら、荒らしを疑った方がいい。


まだ「男」として認められた経験の少ないFtMには、誹謗・中傷を無視できるほどの自信も精神的強さもなかった。






俺は閉鎖が残念でならなくて、自サイトに相談掲示板を設置した。

管理人が言っていたことが本当なのか、検証したい気持ちもあった。


すると見事にというか、似たような感覚になった。

一体俺は、誰の為にレスしてるのか……。




最終的には、一人で管理するのが厳しくなったことで閉鎖したのだが、努力が報われない感じがして疲れてしまった。


無論、個人の小さなサイトでは、荒らしに潰されるような事態には発展しなかった。

だが、問題はいくつもあった。


注意書きを読まない、レスをしないなどの、掲示板の常識を守らないもの。

セクシュアリティについてろくに調べもせず、自分の問題を丸投げするような書き込み。

誤解を指摘したら自分を否定されたと勘違いして、逆切れするもの。


セクシュアル相談というより、未熟な人間の相手をするのに神経を使っていた。




同時にわかったことは、セクシュアル知識やFtMとしての経験以上に、カウンセリング技術が必要なことだった。

これは本当に勉強になり、すごく考えさせられた。

ちょっと知識や経験がある程度で、人の悩みと向き合うなんて出来ないのだ。


ましてや、わずかな文章のみで知り得た他人が相手。

今もネット上ではそこかしこでやりとりがされているが、無責任に言いたいことを言っているものも少なくない。




俺は、質問者だけでなく、ロムってるだけの人にも参考になればと思ってレスしてきた。

でも、公開の場であるという意識が薄いスレ主もいて、説明するのも疲れてしまった。

俺が望んだ有意義な議論に発展することは、ほとんどなかった。




単純に力不足だったと思う。

他人の世話より、まずは自分と向き合わなければいけない。

俺は、人の相談に乗ることで何かを成し遂げた気になって、自分から逃げていた。






それにしても、先人の忠告を無視してどんどん性別移行を進める輩が多くなったと感じるのは、俺だけだろうか。

一昔前に比べれば、医療も法律の助けも得られやすくなった。

それはいいことなのだが、おかげで中身がともなっていないFtMが結構いるような気がするのは俺だけか……


精神的に自立した大人の男であることを自負できないのに、見た目や戸籍が男であることをアピールしている姿は、とても恥ずかしい。
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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ここ数日、父親が「かゆい、かゆい」とうるさい。


部屋を歩きながらポリポリ。

飯を食いながらポリポリ。


そのうち半ケツで飯を食いだすんじゃないかという有様。




原因は汗疹(あせも)。

たかが汗疹だ。


だが、どうせ家人の言うことなど聞かないのだから、早く病院に行けばいい。

あんたにはそれしか方法がないのだから。




父親は、メタボリックな腹を覆うように、ぐいぐいとジャージのズボンを引っ張り上げてはく。

既に伸び切った腰のゴムが、さらに脂肪に押されて可愛そうなくらいだ。


こんな暑い時期に重ね着しなければいい。


ところがそれが出来ない。


ゆったり着ることが出来ないから、ジャージを限界まで引っ張り上げる。

異常に腰高で見た目にも不自然だ。


ベルトをすれば、これまたギリギリと腹を絞める。

夏場でも半袖の下着に長袖を重ね着する。


それで暑いと文句を言う。

暑いなら、一枚脱ぐなり半袖にするなりすればいい。

しかし、自分のこだわりは捨てられない。

暑いのが自業自得という受けとめ方も出来ない。


誰も期待していないことを勝手にやっておいて、俺は高尚な修業僧だとでも言いたそうな態度だ。




汗疹になるのは、体質だけでなくこうした服の着方にも問題がある。


暑苦しい格好をやめないばかりか、こまめにシャワーを浴びたりもしない。

軽く水を浴びて着替えるだけでも違うだろうに。

もう3日も同じポロシャツを着ている。


これではいくらかゆみ止めを塗っても意味がないだろう。






父親は、何か不都合が生じてもいつもとは違う対応が出来ない。

普通は、暑くなったら薄着にするし、かぶれたら悪化しないように対処する。


それが出来ない。


人の都合や予定に合わせるのが面倒という訳ではない。

対応しないと自分が苦しいだけの場合も、変えられないのだ。

だから、汗疹でかゆいのは嫌だが、服の着方もシャワーの浴び方や回数も変えられない。




これで文句を言わないならこちらに害はないのだが……

とにかく、暑いだ、かゆいだ、うるさい。




母親も着替えさせればいいのに、この人もまた臨機応変に出来ない。

汗をかいたから着替えたくても、父親に着替えは用意しない。


「シャツないのか?」

「ないよ」

「洗濯しないの?」

「しないよ」


夏場で着替えが多く必要でも、決して洗濯の回数を増やそうとしない。

母親が決めた以上のことはしない。

状況に自分の行動を合わせるのではなく、自分の行動に周りが合わせるべきだと考えるようだ。


だから、母親も汗で体がべたついたままだし、父親も黙ってかゆみを耐えるしかない。




そんなだから、弟が着替えがなくて困っていた時には、俺が一緒に洗濯したことがあった。

会社から支給される制服は、そう多くない。

夏場はどうしても足りなくなる。


弟は何度も洗濯をお願いしていたが、母親は決して自分の予定を変えなかった。


それどころか、

「私が洗濯しないから、風呂場で手洗いしてたさ」

と半笑いで弟の行為を言及。


申し訳ないという気持ちはないらしい。

もちろん、息子が汗臭いシャツで接客して嫌がられたら……とか、そんなことは心配したこともないのだろう。


母親がどうしても洗濯したくないのなら、弟に洗濯機の使い方ぐらい教えればいいのだが、それすらしない。






母親は、よく「~してやらないと……」ということを言っていた。

母親として、女として、使命感を持つことは大事だが、何度も口走る暇があるなら一つでもやればいい。

それが出来ないなら、素直に子供に手伝わせればいい。


しかし、結局どちらも出来ない。

結果、子供は母親の強いこだわりに振り回され、自分でやることさえままならない状況に追い込まれる。






どうせこの家に生まれるなら、俺は女で生まれてきて良かったと思う。


きっと、今以上に能力を持て余して、無能でい続けなければならなかっただろうから。


この家は、男がやってはいけないことが多すぎる。
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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ちょっと前のニュースだが、まずはこちらをご覧あれ。

性別記載なしの保険証交付 性同一性障害の団体代表に…松江市(読売)
性同一性障害の男性の保険証 性別「女性」に変更 厚労省容認方針(産経)




まずは性別表記を裏にしてもらったようだ。

で、今度は表に性自認と同じ「女」と記載される模様。




中身の話をする前にちょっとこちらを。

GIDの保険証(表)から性別表記が消えた件(脳内日常妄想毒本)


この記事にあるように、NHKのサイトでは「性同一性障害の『男性』」という表記をしており、それは注意が足りないと指摘があったばかり。

そのせいかわからないけど、現在はリンク先のNHKのサイトは閲覧できなくなってる。




で……、




産経さん。


人のふり見て我がふり直せって言うでしょ?

「性別」の表記が苦痛だってニュースなんだからさ、少しは考えようよ。




他にも「性同一性障害の『男性』」という表記をしてるサイトはあるんだけど、真面目にニュースとして伝えるならこれはまずいと思う。


MtFという言葉が当事者用語で一般的ではないことはわかるが、だったら他にわかりやすい表現を作るべきだろう。

MtF=男性体の女性、FtM=女性体の男性ぐらいで。


まぁ、MtFを女性と表記することにはまだ抵抗がある人も多いという証拠なのかな。






で、本題。


この上田さんが言う「病院を受診しづらい」というのが、何を指しているのかちょっとわからない。


もし、反対意見にあるように、医者に対してまで体の性別を隠したいと思っているなら、やっぱりちょっと問題ではある。

元の体が男であることや女性ホルモンの投与履歴などは、他の疾患同様告げることが必要なときがある。

全て隠して何かあっても自己責任だとは思うが、医療機関も迷惑するので、俺も一当事者として性同一性障害の評価が悪くなることはやめてほしいと思う。




一方で、受付で驚かれたり疑われたりするのが嫌だと言うなら、よくわかる。


俺は現状、戸籍の名前は男性、性別表記は女性。

当事者がよく言う、「性同一性障害だと説明するのが面倒」というのが如実に現れる状態。

性同一性障害を知ってる人ばかりではないというのも、気を重くする。






しかし、俺が一番困っているのは、説明に場所を選べないことだ。


男性名で「女」の保険証を怪しむのは当然だし、驚かれることにも慣れた。

一見不可思議な保険証も、それが正式なものなので俺は堂々としていられる。


問題は、受付などで当然のように聞かれて説明を迫られることだ。




例えば、病院を受診して表記について質問された場合、隣の受付や支払い窓口に他の患者がいるかもしれない。

また、待合室にも人はいる。

関係ない人にはまず聞かれたくない。


さらに、揉めてしまったら、話の内容まで聞こえなくても目についてしまうので、凝視されて性別を疑われるかもしれない。

「別室でお話します」というのも仰々しいし、果たして対応してもらえるのかどうか。


病院以外で身分証として使うなら、表面に性別表記がない自動車免許証がいいと思うが、俺は現状それもない。








では、どうするのが一番良いのか。


俺の場合なら、保険証の性別は一般男性と変わりなく「男」で表記してほしい。


なぜなら、戸籍上の性別や体の性別を明かさなければいけない場面は、かなり限られているから。

病院では正直に体の性別を明かすべきというなら、診察の時に医師に告げればいい話。

風邪ぐらいで性別は関係ないし、性同一性障害を知ってるかもわからない受付の人に説明する必要はない。

他人に覗かれるリスクもある。




個人データとして戸籍や元の体の性別が必要なのであれば、医療機関や役所のみで閲覧できるように出来ないものか。


もう10年ほど前だが、性同一性障害のカウンセリングで通っていた病院では、診察券の名前も性別表記も男にしてもらったことがある。

もちろん、どちらも正式には女性だった時なので、保険証に基づく明細などは女性でもらう。

医師のカルテには両方記されている状態だったと思う。


しかしこれだけでも、病院で名前を呼ばれる時の苦痛からは解放された。


でも何より不思議だったのは、俺の前に100人以上の性同一性障害当事者が受診しているのに、誰もこの程度のことを訴えていないことだった。

苦痛を緩和するために通っている場所のはずなのに、何で言わないの?








保険証だけでなくあらゆる書類に言えることだが、性別など関係ないのに惰性で表記されていることが多いように思う。

本人確認に性別がそこまで重要だとも思えない。

性別だけなら偽装することはそんなに難しくないし、もし性別に頼るなら逆に犯罪に利用されそうだ。




また、性同一性障害に限って言えば、どちらの性別を表記しようが正しくないだろう。


「性別」という「体の性=性自認」の概念に当てはまらないのが性同一性障害。

だから、表面的には体の性だろうが性自認だろうが注釈が必要になると思う。




特に改名前の俺なら、いつものくせで男子トイレに入ってしまいそうだし、検査着が女性用になるのも嫌だ。

問診時に女性だと思われていることがわかるだけで気分が悪い。


この程度で苦痛だから、風邪ぐらいで病院へは行かない。

お陰さまで体は強いようなので助かってるが。






十数年前に一度、風邪が悪化して喘息になり、病院に行ったことがあった。

改名も治療も一切していない頃だ。


胸に聴診器を当てる時になって、医者が「ん?」という顔をしてカルテを見直した。


「ああ、女か」


『今頃気づいたんか!』とツッコミたい気持ちは一杯だったが、それどころではない体調。

こんなところでパスしたことに喜ぶ余裕もなく、何でもいいから早くしてくれという感じだった。




医師も看護師も何となく察してくれて何事もなかったが、こんな状況で揉めたら最悪だろうと思う。

医療関係者が性同一性障害だと知って対応してくれれば、やっぱり楽だとは思うなぁ。




⇒続報
続・性同一性障害における保険証の性別表記