初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。
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FtM嫡出子問題① FtMの男としての権利
FtM嫡出子問題② 嫡出子とは何か
FtM嫡出子問題③ 非嫡出子と養子縁組
FtM嫡出子問題④ 前田さんに質問 出生届を出すまで
FtM嫡出子問題⑤ 前田さんに質問 嫡出子の訴え
(※2013/3/29 一部修正)
これまで、嫡出子や養子という戸籍登録に関することと、それに対する前田さん本人の見解について書いてきた。
他にこの問題にまつわることとして、AID(非配偶者間人工授精)などの生殖医療の問題がある。
だが、前田さん自身は「嫡出子とならないことは、性同一性障害に対する差別である」という主張のみで、終始一貫している。
つまり、非嫡出子の差別問題でも生殖医療の問題でもなく、GID差別を正す訴えだと言っている。
そのため当人には蛇足であるが、個人的に多くの人に知ってもらいたく、AIDについて話したいと思う。
生殖医療と呼ばれるものには、避妊技術や子の選別というのも含まれるようだが、現在主に話題となるのは不妊治療だろう。
知っての通り、精子提供、卵子提供、胚(受精卵)提供、代理母出産などがある。
AIDは、その中でも60年以上の歴史があるという。
まずは、AIDに関わってきた夫婦と医療サイドから見ていく。
①人工授精
卵子や精子が全くないわけではないが、自然妊娠の確率が低い場合に人工的に授精を助ける方法。
精子を器具で子宮に注入する人工授精、卵子と精子をシャーレ(実験用の皿)に入れて培養する体外受精、卵子に直接精子を注入する顕微授精がある。
体外受精と顕微授精は、受精卵が出来たら子宮に戻し着床させる。
夫の精子で行う場合をAIH(配偶者間人工授精)、夫以外のドナーで行う場合をAID(非配偶者間人工授精)もしくはDIと呼ぶ。
②AID、DI
無精子症などで、夫の精子では極めて妊娠が難しい場合に選択されることがある。
なお、AIDのArtificialという語から「人工的に作られた子供」という印象があるので、当事者間では同義のDIの方が好まれるよう。
当初から、DIは子供の出自や遺伝の問題という視点は持たず、母体に負担が少ないということで、医者もドナーも深く考えずに行われてきた。
また、ドナーは匿名で、DIを行う夫婦にもこの事実は隠すよう指導され、医療現場でも秘密であった。
③AID、DIの問題点
人の手による授精は、母体への影響や胎児への障害も心配されている。
第三者から提供を受けた場合、ドナーの匿名性の保護の為、夫婦も子供も遺伝上の父を知ることが出来ない。
夫婦間の秘密にするのが良いとされてきたが、最近まで追跡調査をしていなかったため、その見解の裏付けはない。
現在、成人して突然DIだと知った当事者が声を上げているが、告知の必要性など「子の福祉」はまだ十分に守られていない。
嫡出子とするのかなど法整備が間に合っていないため、子供の法的な立場も保障されていない。
生殖医療は技術だけがどんどん進んで行き、法律が作られるのはいつのことかわからない状態である。
また、子供が生まれた後の家族のケアが疎かにされてきたことから、そこに大きな課題を残している。
しかし、それでも不妊治療を続ける夫婦は多い。
そこには、切実な事情があるようだ。
本来、人には結婚しない人生も子供を持たない人生もあって良いはずである。
ところが、「結婚して家族を持って一人前」という考えも、まだ根強く残っていたりする。
結婚しないのではなく「出来ない」と思われることも多いし、結婚すれば「お子さんは(まだ)?」、一人出来れば「二人目は?」と、果てしなく理想の家庭を求められる。
結婚や子供を望まない自由もあるはずなのに、それをしないことが欠陥のある人間のように思われてしまう。
そうなると、本当に結婚や子供を望んでいるのかを深く考えないまま、突き進んでしまうのかもしれない。
「周囲のプレッシャーに負けず自分を貫く」と言うのは容易いが、不妊で悩んでいる人が、結婚や子供のいない人生を選択するのは容易くない。
大人になったら、好きな人と結婚して子供がいる家族を持つことを、当然のように描いている人は少なくないだろう。
前田さんが「当たり前の感情」と表現したように、その思い自体は間違いではない。
しかし、本人に責任がなくても叶わないことはあるし、努力して克服すべきこともあれば、現状を受け入れるしかないこともある。
「そもそも不妊は病気なんだろうか」と問いかけていたDI子がいたように、治療してまで子供を作るべきなのかは、やはり考える余地があると思う。
実は、不妊症の人の中には、同時に性分化疾患と診断される人がいる。
無精子症の男性に多いのがクラインフェルター症候群と呼ばれるもので、染色体が47XXYという形になっている。
精子がないというだけでなく、染色体のレベルから普通の男性とは違うと告げられる。
それは相当なショックなようで、医師の説明が全く頭に入らなかったという人もいるようだ。
そもそも子供ができないという時に、男性の自分に原因があると考える人は今もまだ少ない。
気が進まない中検査を受けた男性が、不妊という現実を受け入れるのはそう簡単なことではない。
ある男性は、「結婚前に必死に避妊してきた自分は何だったのか」と虚しさを訴えた。
男性の性は、女性を満足させたり妊娠させる能力があるということにも繋がっていて、それが出来ない自分は「男ではない」と言われたような気になるらしい。
そのためかつては、夫が不妊だとは本人には知らせず、内緒でDIを行う女性もいたようだ。
また、親に跡取りをせがまれた夫婦が、男性不妊を隠すためにDIを利用した例などもある。
こうしてDIは、普通の家庭を装う技術として秘密裡に進められてきた。
長年、この幸せの形は疑われずに来たのだが、実際はそう簡単なものではなかった。
あるDI子が指摘したように、DIで子供ができても不妊でなくなった訳ではない。
寧ろ、DIの事実を一生隠し通さねばならず、家庭に異様な緊張感を生むことがあるという。
秘密ということは、その苦しさを誰にも相談できない。
それがまた苦しさを生む。
子供がどのように育つのか、いつこのことがバレるのか、DIという判断は正しかったのか、常にそんな不安に怯えながら一生を過ごすのである。
子どもへの告知を選んだとしても、ドナーについては親も教えられない。
自然妊娠でないことに、子どもは抵抗を示すかもしれない。
DIを選んだことによる責めを、全て負う覚悟が必要なのだ。
最近では、夫が無精子症だとわかった時、病院では3つの選択肢を示すという。
1、子供を持たない
2、養子を迎える
3、DIを利用する
「母親とだけでも血縁がある方が……」と考え、DIを考える人も少なくないようだ。
確かに、子を持たない人生も覚悟は必要だし、養子は親が試される難しい選択である。
ただ、だからといってDIのような生殖医療が楽な選択ではないということを、私たちはもっと理解すべきだと思う。
「子どもが全てではない」と言いながら、実際には多くの人が、それを受け入れる方法を知らずに来たのではないだろうか。
不妊コンプレックスを生み出しているのは、他でもない、結婚・出産を当然と考えている私たち一人一人の意識だろう。
自然妊娠出来た人が「子供が全てではない」と言ったところで、不妊に悩む人には何の救いにもならないかもしれない。
これまで不可能だった妊娠が、生殖医療なら可能だと言われれば、それを利用したくなるのも当然だろう。
しかし、今一度、なぜ子供がほしいのか、家族とは何かを考えてほしい。
不妊という現実が、その猶予を与えてくれたと考えることは出来ないものだろうか。
リスクがあるからこそ、前例から学び、十分な準備が出来るはずだ。
子どもは、授かったら感謝すればいいと思う。
自分の努力で産み出したと思えば、その子が思い通りに育たなかった時、また不満が生まれるだろう。
前田さんは、子どもを持ちたい気持ちは、一般的な夫婦と同じ当たり前の感情だと言っている。
そして、子どもにはDIの事実を全て話し、家族で乗り越えるという主旨のことを話してくれた。
彼が主催する勉強会では、DIについても話し合われているようだ。
だが、彼が当たり前の感情でもうけた子どもが、今は当たり前の環境にいないことは、私たちも考えていかなければいけない。
次回は、DIを選択する親の資質について、DI子の視点から考えていきたい。
★参考
『精子提供 父親を知らない子どもたち』
著 歌代 幸子
『セクシュアルマイノリティ第3版』
ロニー アレキサンダー (著), 池田 久美子 (著), 岡部 芳広 (著), 木村 一紀 (著), 黒岩 龍太郎 (著), 他
続き⇒ FtM嫡出子問題⑦ DI子の立場と権利
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FtM嫡出子問題① FtMの男としての権利
FtM嫡出子問題② 嫡出子とは何か
FtM嫡出子問題③ 非嫡出子と養子縁組
FtM嫡出子問題④ 前田さんに質問 出生届を出すまで
FtM嫡出子問題⑤ 前田さんに質問 嫡出子の訴え
(※2013/3/29 一部修正)
これまで、嫡出子や養子という戸籍登録に関することと、それに対する前田さん本人の見解について書いてきた。
他にこの問題にまつわることとして、AID(非配偶者間人工授精)などの生殖医療の問題がある。
だが、前田さん自身は「嫡出子とならないことは、性同一性障害に対する差別である」という主張のみで、終始一貫している。
つまり、非嫡出子の差別問題でも生殖医療の問題でもなく、GID差別を正す訴えだと言っている。
そのため当人には蛇足であるが、個人的に多くの人に知ってもらいたく、AIDについて話したいと思う。
生殖医療と呼ばれるものには、避妊技術や子の選別というのも含まれるようだが、現在主に話題となるのは不妊治療だろう。
知っての通り、精子提供、卵子提供、胚(受精卵)提供、代理母出産などがある。
AIDは、その中でも60年以上の歴史があるという。
まずは、AIDに関わってきた夫婦と医療サイドから見ていく。
①人工授精
卵子や精子が全くないわけではないが、自然妊娠の確率が低い場合に人工的に授精を助ける方法。
精子を器具で子宮に注入する人工授精、卵子と精子をシャーレ(実験用の皿)に入れて培養する体外受精、卵子に直接精子を注入する顕微授精がある。
体外受精と顕微授精は、受精卵が出来たら子宮に戻し着床させる。
夫の精子で行う場合をAIH(配偶者間人工授精)、夫以外のドナーで行う場合をAID(非配偶者間人工授精)もしくはDIと呼ぶ。
②AID、DI
無精子症などで、夫の精子では極めて妊娠が難しい場合に選択されることがある。
なお、AIDのArtificialという語から「人工的に作られた子供」という印象があるので、当事者間では同義のDIの方が好まれるよう。
当初から、DIは子供の出自や遺伝の問題という視点は持たず、母体に負担が少ないということで、医者もドナーも深く考えずに行われてきた。
また、ドナーは匿名で、DIを行う夫婦にもこの事実は隠すよう指導され、医療現場でも秘密であった。
③AID、DIの問題点
人の手による授精は、母体への影響や胎児への障害も心配されている。
第三者から提供を受けた場合、ドナーの匿名性の保護の為、夫婦も子供も遺伝上の父を知ることが出来ない。
夫婦間の秘密にするのが良いとされてきたが、最近まで追跡調査をしていなかったため、その見解の裏付けはない。
現在、成人して突然DIだと知った当事者が声を上げているが、告知の必要性など「子の福祉」はまだ十分に守られていない。
嫡出子とするのかなど法整備が間に合っていないため、子供の法的な立場も保障されていない。
生殖医療は技術だけがどんどん進んで行き、法律が作られるのはいつのことかわからない状態である。
また、子供が生まれた後の家族のケアが疎かにされてきたことから、そこに大きな課題を残している。
しかし、それでも不妊治療を続ける夫婦は多い。
そこには、切実な事情があるようだ。
本来、人には結婚しない人生も子供を持たない人生もあって良いはずである。
ところが、「結婚して家族を持って一人前」という考えも、まだ根強く残っていたりする。
結婚しないのではなく「出来ない」と思われることも多いし、結婚すれば「お子さんは(まだ)?」、一人出来れば「二人目は?」と、果てしなく理想の家庭を求められる。
結婚や子供を望まない自由もあるはずなのに、それをしないことが欠陥のある人間のように思われてしまう。
そうなると、本当に結婚や子供を望んでいるのかを深く考えないまま、突き進んでしまうのかもしれない。
「周囲のプレッシャーに負けず自分を貫く」と言うのは容易いが、不妊で悩んでいる人が、結婚や子供のいない人生を選択するのは容易くない。
大人になったら、好きな人と結婚して子供がいる家族を持つことを、当然のように描いている人は少なくないだろう。
前田さんが「当たり前の感情」と表現したように、その思い自体は間違いではない。
しかし、本人に責任がなくても叶わないことはあるし、努力して克服すべきこともあれば、現状を受け入れるしかないこともある。
「そもそも不妊は病気なんだろうか」と問いかけていたDI子がいたように、治療してまで子供を作るべきなのかは、やはり考える余地があると思う。
実は、不妊症の人の中には、同時に性分化疾患と診断される人がいる。
無精子症の男性に多いのがクラインフェルター症候群と呼ばれるもので、染色体が47XXYという形になっている。
精子がないというだけでなく、染色体のレベルから普通の男性とは違うと告げられる。
それは相当なショックなようで、医師の説明が全く頭に入らなかったという人もいるようだ。
そもそも子供ができないという時に、男性の自分に原因があると考える人は今もまだ少ない。
気が進まない中検査を受けた男性が、不妊という現実を受け入れるのはそう簡単なことではない。
ある男性は、「結婚前に必死に避妊してきた自分は何だったのか」と虚しさを訴えた。
男性の性は、女性を満足させたり妊娠させる能力があるということにも繋がっていて、それが出来ない自分は「男ではない」と言われたような気になるらしい。
そのためかつては、夫が不妊だとは本人には知らせず、内緒でDIを行う女性もいたようだ。
また、親に跡取りをせがまれた夫婦が、男性不妊を隠すためにDIを利用した例などもある。
こうしてDIは、普通の家庭を装う技術として秘密裡に進められてきた。
長年、この幸せの形は疑われずに来たのだが、実際はそう簡単なものではなかった。
あるDI子が指摘したように、DIで子供ができても不妊でなくなった訳ではない。
寧ろ、DIの事実を一生隠し通さねばならず、家庭に異様な緊張感を生むことがあるという。
秘密ということは、その苦しさを誰にも相談できない。
それがまた苦しさを生む。
子供がどのように育つのか、いつこのことがバレるのか、DIという判断は正しかったのか、常にそんな不安に怯えながら一生を過ごすのである。
子どもへの告知を選んだとしても、ドナーについては親も教えられない。
自然妊娠でないことに、子どもは抵抗を示すかもしれない。
DIを選んだことによる責めを、全て負う覚悟が必要なのだ。
最近では、夫が無精子症だとわかった時、病院では3つの選択肢を示すという。
1、子供を持たない
2、養子を迎える
3、DIを利用する
「母親とだけでも血縁がある方が……」と考え、DIを考える人も少なくないようだ。
確かに、子を持たない人生も覚悟は必要だし、養子は親が試される難しい選択である。
ただ、だからといってDIのような生殖医療が楽な選択ではないということを、私たちはもっと理解すべきだと思う。
「子どもが全てではない」と言いながら、実際には多くの人が、それを受け入れる方法を知らずに来たのではないだろうか。
不妊コンプレックスを生み出しているのは、他でもない、結婚・出産を当然と考えている私たち一人一人の意識だろう。
自然妊娠出来た人が「子供が全てではない」と言ったところで、不妊に悩む人には何の救いにもならないかもしれない。
これまで不可能だった妊娠が、生殖医療なら可能だと言われれば、それを利用したくなるのも当然だろう。
しかし、今一度、なぜ子供がほしいのか、家族とは何かを考えてほしい。
不妊という現実が、その猶予を与えてくれたと考えることは出来ないものだろうか。
リスクがあるからこそ、前例から学び、十分な準備が出来るはずだ。
子どもは、授かったら感謝すればいいと思う。
自分の努力で産み出したと思えば、その子が思い通りに育たなかった時、また不満が生まれるだろう。
前田さんは、子どもを持ちたい気持ちは、一般的な夫婦と同じ当たり前の感情だと言っている。
そして、子どもにはDIの事実を全て話し、家族で乗り越えるという主旨のことを話してくれた。
彼が主催する勉強会では、DIについても話し合われているようだ。
だが、彼が当たり前の感情でもうけた子どもが、今は当たり前の環境にいないことは、私たちも考えていかなければいけない。
次回は、DIを選択する親の資質について、DI子の視点から考えていきたい。
★参考
『精子提供 父親を知らない子どもたち』
著 歌代 幸子
『セクシュアルマイノリティ第3版』
ロニー アレキサンダー (著), 池田 久美子 (著), 岡部 芳広 (著), 木村 一紀 (著), 黒岩 龍太郎 (著), 他
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