前田良の日記

訴訟関連の予定もたまに書いてるので、俺もたまに読んでるんだけど……。


3歳半健診

これさぁ、一応、「男の子」「女の子」の区別くらい、ちゃんと教えた方が良くないか?

一般的に体の形状で区別されていて、その区別ではあなたは男の子だとか、女の子の体をしているとか、それは教えても悪くないだろう。




彼の言いたい事はわかる。

俺たちはどこにいっても性別を聞かれ、そのことにうんざりしている。

体と自認が一致しないGIDは、聞かれること自体が不快なことも多い。

だから、子供にしつこく性別を確認することに苛立つ気持ちもよくわかる。




GIDじゃない人は「別に大した意味はないんだから、適当に答えとけばいいんじゃないの?」なんて言うが、「だったら聞くな」と言いたい。

必要はないけれど、何となく性別欄が設けられていることは多い。

習い性のように性別を聞かれる。


それが自己認知と一致していれば、何も問題はない。

俺たちは、自己認知と違う性別を無理矢理認めさせられる経験を何十回何百回としてるので、うんざりするんだよな。

驚かれたり嘘ついてるって思われたり。

しかもどっちでもいいようなところで。


アンケートでも会員登録でも「性別必須」になってると、答えたくない人間は無視されてる気がしてくる。

体だってそれ以外だって、男女二つだけでもないのにさ。




だけど、一般的に言われる「性別」という概念も、教えておかなければいけないだろう。

それを知ったとしても、息子はちゃんと彼のことを父親として、男として認識すると思う。




〉「なにくん」の中では、性別で、「男」、「女」というものはない。
〉「パパ」と一緒ということだ。


上手く表現できないだけで、息子にも性の区別はあるんじゃないのかな。

「なにくん」というこの長男はもう3歳。

性自認は2歳半には確立されるという話もあるし、性別が全くわからないわけじゃないと思う。


「パパ」と一緒と言われて嬉しいのはわかるけど。




〉お風呂でも、「男の人で、おちんちんある人もいれば、ない人もいる。女の人で、おっぱいがある人もいれば、ない人もいる。」と話している。


これが言えるなら、同じ男だけれど、息子と自分はタイプの違う男であることは、ちゃんと教えていくべきだろう。




それに、健診には性別は必要なんじゃないの?

俺は子供もいないから詳しくわからないけど、健康状態を調べるには、子供だって性別は関係ないとは言えないと思うんだけど。




〉もし、そこで、男の子が、「女」と言ったら訂正させるのか?
〉発言も、考えも、とらえ方も自由だ。


単に体の性別を確認してるだけだと思う。

考えや捉え方って……ジェンダー観なんか聞いてないじゃん?




〉僕は、言った。
〉「今の世の中、色んな性があるでしょ。僕たちは、それをきちんと教えたい。だから、「なにくん」は、パパと言った。」


これ、保健師さんに言ったの?

「パパ」っていう性別はないし、息子はFtMじゃないだろよ……。

ちょっと恥ずかしいよ。




〉「なにくん」は、保健師さんが、「男の子?女の子?」と聞いても、答えなかった。「パパ」と言った。
〉「なにくん」の言葉に感動した。
〉さすが、「なにくん」


長男、空気読んでないか?

父親の顔色窺って無理矢理言ってないといいんだけど……。

「パパ」って言ったら父親が嬉しそうな顔したら、そりゃそう言い続けるよ。

マジで洗脳が心配だなぁ。




彼は恐れてる気がする。

自分は「正しいはずだ」「正しいから認めるべき」というのは、自信がないから叫ぶ。

「自分にとってはこれが正しい」と自信を持って言えるなら、誰彼構わず認めさせようとはしない。

ところ構わず「FtMで何が悪い」みたいな、聞いてもいないことを答えたりしないんだよ。


息子は男の子なんだから、普通に「男」って答えさせてやれよ。

男性としてのアイデンティティ育たないぞ。






実は、うちの姪っこがこの長男と同じくらいの年なんだよね。

だから、そのうち俺の性別も聞かれそうだなと思ってる。


昔、いとこが「おばあちゃんは男なの?女なの?」って聞いてたのは笑ったけど……。

子供は変な先入観がないから教えやすい。


俺は、姪っこには自分も男だと話すが、自分が例外だってことも説明するつもり。

ごまかしたって質問攻めに合うと思うし、むしろお互いに色々知るいい機会だと思う。

子供だから「何でおっぱいあるの?」とか「髭ないの?」「おちんちんないの?」と、何での応酬だろうな。


逆にもしそれをしないとすると、俺に気を遣ってるか、周囲の大人の顔色をうかがっているかだろう。

それじゃ子供の方が我慢することになるから、ちゃんと答えようと思っている。


どうせ「変なの!」とか言っても、それで大人みたいにしょうもない想像して離れて行ったりしないしね。

子供は純粋に疑問なだけだから、納得したらそれで落ち着く。

わからないのに、何も質問しないで変な気遣う大人より、よっぽどいい。




俺だって怖い。

姪っこに周りが入れ知恵するかもしれないし、俺のせいで嫌な思いをするかもしれないと思うことはある。

だから、彼が息子に受け入れられるかどうかを気にするのはよくわかる。


だけど、この現実と向き合わなければいけないのが、FtMが子を持つってことだと思う。

特に息子なら、FtMにとっては羨ましくて仕方ない男の子としての人生がそこにあるんだから。




親なら、それこそ普通の男の子の普通の感覚を認めてやれよ。


息子が父親に遠慮して男の体を誇れないとしたら、かわいそうな話だ。

息子には堂々と男を生きる権利がある。

自認も体も男なら、その両方が自分なのだから、両方を誇っていいはずだ。




俺が父親の立場なら、めちゃくちゃしんどいと思う。

きっと、子供に嫉妬するだろう。

「なぜ、俺は同じように生まれられなかったんだ」と、時おり暴れたくなるだろう。

「男の体なんてろくなもんじゃない」と、子供に無茶苦茶な思想を植えつけるかもしれない。


でも、それは親の問題で子供には関係ない。




FtMの父親にどんな事情があっても、息子の男としての誇りを奪ってはいけない。

普通の男の子なら普通の男の子として育てる。

それが親の使命だと思う。




そうやって頑張っていれば、息子がFtMの父親のことも理解してくれる日だって、必ず訪れる。
しつこくニュースになってうんざりしてるので、リンクは避ける。

この問題、マスコミを通じてパフォーマンスしたい橋下氏と、彼を叩きたいマスコミでやりあってる気がする。

俺は史実に詳しくないし、政治もわからないことが多い。

だから、今回の報道とこれまでの橋下氏の言動から意見する。




橋下氏が言いたかったのは、

戦時下ではどこの国にも慰安婦制度のような売春、性奴隷の仕組みがあったこと。

その仕組みは、少なくとも当時の軍は必要と考えていたから存在していたということ。

そして、男性の性欲は綺麗事では解決できない、つまり、何らかの形で発散する必要があるということ。

それを、日本だけが性奴隷を使っていたと言われるのは、間違いだと反論した、ということだろう。




それに対しマスコミが叩いているのは、

橋下氏は慰安婦制度は正しい、売春は必要だと言っている。

沖縄の米軍兵にも風俗を勧め、性犯罪の防止にも女性を活用すべきだと発言。

これらは、当時、慰安婦だった人たちはもちろん、全ての女性の人権を冒涜している。

というものだ。




橋下氏は、改めて戦時下の状況を語っただけだろう。

慰安婦が当時は必要だったというのは、石原慎太郎氏が言った「軍と売春はつきもの」というのと同意だと思われる。

二人とも、売春が正しいとまでは言っていない。


だが、仕方ないと言い切っている。

この「仕方ない」という発想が、色んな人を傷つけているのではないだろうか。




以前、中日の落合監督が「これも野球」と言って波紋を呼んだことがあった。

死球に怒ったタイロン・ウッズが、相手投手の藤井秀悟を殴ったのを受けてコメント。

それだけに、「殴ってもいい」と言ってるようだと叩かれた。


落合氏には殴ってもいいという気持ちはなかっただろうが、こういう時に指揮官として期待されるコメントがあるのだと思う。

きっと「うちの選手が迷惑をかけて申し訳ない」と、親が子の不始末を詫びるようにするのが正しかったのだろう。




橋下、石原両氏の発言は、これとよく似ている。


「仕方ない」というのは、被害にあった本人が言うなら前向きな割り切りだが、他人が言うと中傷や暴言になりかねない。

まして橋下氏は、慰安婦の立場からはほど遠い。

彼は女性でもないし、戦時中でも下級兵士ではなかっただろう。


彼に求められたのは、「慰安婦制度はあってはいけないこと」という断りだったと思う。

だが、彼自身はあってはいけないとは思っていない。

男なら仕方ないぐらいに感じているから、どうしてもそこが見え隠れする。




あるコメンテーターの言葉を借りるなら、彼の考えは強者の論理だ。

加えて、一部男性からの一方的な見方だと思う。

強者から「必要だった」で済まされてしまう、弱者の気持ちに配慮がない。

それは、恐らく考えたことがないから。


彼が当時は「必要だった」と言えば言うほど、女が男の性のはけ口にされるのも仕方なかったというように聞こえる。

そしてそれは、今でも女は男の慰みものだと言ってるようにも思える。




政治家の失言には、単なる言い間違いとそうでないものがあると思う。

前者は麻生元総理の未曾有(みぞうゆう)だろう。

これも恥ずかしいが、言い間違いではないものはその人の人間性が表れたものだから、もっと不快だ。

橋下氏の発言は後者だ。

彼の表現には品がない。

根底に女性蔑視がある。

だから、肝心の主張が伝わらない。




彼が弁護士時代に、スーパーモーニングのコメンテーターだった時のことを思い出す。

性教育の特集の中で、彼は締めにこのようなコメントをした。


「女性が結婚まで貞操を守ればいいんですよ」


番組は、十代女性の援助交際や、妊娠で彼氏を繋ぎ止めようとする稚拙な考えを問題視するものだった。

だが、女性の貞操や未熟さを批判するばかりで、援交相手や彼氏など、男性側の問題は言及されなかった。

だから、橋下氏の締めの言葉は、番組の趣旨にはぴったりだった。

誰も「女性だけの問題ではない」と言わないのが、俺は気持ち悪くて仕方なかったが……。




今回の慰安婦問題に対する発言にも、この当時と変わらぬ感覚が反映されているように思える。

援交を女性側の問題と批判するのも、慰安婦が必要だったと断じるのも、根っこは同じ。

平たく言うなら、こういうことだろう。


「男はやりたくて仕方ない生き物なんだから、女が必要なのは誰だってわかる。

性の乱れは女が軽いから起きるんであって、そんなことは女が自分で身を守れば済むこと」


レイプ被害者に「あなたにも非がある」とか、言いそうな人だ。




日本だけが性奴隷を使っていたと言われるのは、確かに反論すべきだと思うが、それを橋下氏が言うと「売春なんて大した問題ではない」と言っているように思えるのは、俺だけだろうか。


性被害は男性にもあるし、売春で発散するよう命じられた男性だって、申し訳ない気持ちの人もいたのではないだろうか。

女性だけでなく、様々な立場の男性までも侮辱しているように思えてならない。


勝ち組を生きて、弱者になったことのない人にはわからないのかもしれない。
性差別か、法の限界か…「元女性」が司法に問う「家族の形」とは《Anno Job Log》
【関西の議論】性同一性障害者家庭訴訟、「男」になった「元女」が司法に問う「家族の形」とは《産経新聞》
「親子関係認めて」と提訴 性同一性障害の男性、大阪《47NEWS》




上二つは記事内容は同じなのだが、産経新聞の「男になった元女」という言い方は、ゴシップのようだ。

恐らく、書き手に差別意識や嫌悪まではないのだろうが、バラエティに出ている「オネェの逆」ぐらいの貧困なイメージしか、持っていないように感じる。

当事者心理など二の次なのが気になる。




この訴訟で闘っている前田良氏に、訴訟を起こす前に質問をぶつけてみた。


・中部地方のFtMが嫡出訂正されたことと前田氏の訴訟との関連や、それについて思うこと

・これまでの活動で協力してもらった当事者や関連団体、協力を断られた人たちなど

・最高裁の結果が出た後の活動について




しかし、これらの質問に対し彼は、真剣に答えても意味がないと返してきた。

もう私には答えたくないという意味のようだ。


彼は私の連載(『FtM嫡出子問題①~⑩』)を読んで、私の見解にショックを受けたという。

腹も立ったし、自分や家族、応援者を傷つける内容である。

私が前田氏の思いを全く理解しておらず、記事はネットを悪用した中傷であるということだった。




私は彼と自分は似ているところも多いと感じているし、コミュニケーション不足だったと思っているが、彼の方はそうではないのかもしれない。


訴訟を起こした当事者なら説明責任があると考えていた私と、応援者以外に多くを語るつもりのない前田氏。

遠距離ゆえに対面は不可能という前提だった私と、取材を申し入れた私が出向くのが筋と考えていた彼。


認識のズレを挙げればキリがない。

私は、反論も書くことや回答を拒否してもよい旨を再三通知しているし、遠距離で直接会うことが不可能であることも知らせているが、その意味は十分に伝わっていなかったのだろう。


彼からすれば、質問したいと言い出した私から会わせて頂くべきで、彼の心情を十分に理解した記事にするのが当然ということだった。


とはいえ、既に記事は公開してしまっているし、会うことも叶わない。

そこで私は、中傷と感じた記事のポイントと、会えない現状でどうすべきか、解決策を尋ねた。


しかし、前田氏から具体的な返答はなかった。




私は連載を読み返した。

辛辣に綴ったことは確かに反省すべきだと感じた。

書かれる側の心情に配慮出来なかったのは、書き手としての未熟さだ。


これらについては、私の判断で連載記事を修正させてもらった。

読者の方には大変迷惑をかけてしまったが、ここにご了承願いたい。




ただ、記事をアップした数ヵ月後に抗議するというのは、私としては後出しジャンケンの感が拭えない。






無論、彼が回答を拒否していたらやり取りは記事にできなかったわけで、その点は本当に感謝している。

私は好きに質問する側だが、忙しい最中に質問に答えるのは結構な心労だったのだと思う。

今考えれば、もうすでに同じような質問をメディアから何度も浴びせられていて、うんざりしていたのかもしれない。

そこは確かに配慮が足りなかった。

メール慣れしている私に対し、恐らく不慣れな彼のしんどさも、全く想像していなかった。




とはいえ、私にも連載の目的がある。

連載の目的は、読者にこの問題の様々な側面を知ってもらうことと、それらに対し前田氏がどういう見解を持っているのかを、知ってもらうことであった。

私も差別だと感じているこの問題に、彼がどのような戦略を持って訴訟に臨んでいるのか、是非とも聞きたかった。

だから、敢えて反論も彼にぶつけた。


様々な意見に対し彼がどのように論破するのか、それが最大の関心事であった。

訴訟まで起こすのだから、それぐらいの論拠も気概も持ち合わせている人という期待が、私にはあった。


それに対し、彼は感情的になるばかりで、戦略的なことはほとんど語ってはくれなかった。

また、自分の主張の根拠を説明せず、周辺事情にも関心を示さなかった。

私が彼を全面的に支持できなくなった理由は、ここにある。






言うまでもなく、私はプロのジャーナリストではない。

報酬をもらってるわけでもないのに、彼にだけ都合のよい記事を書くメリットがない。

それはもちろん、ネットだから何を書いても構わないなどという意味ではない。

そんな誰かにだけ都合のいい主張など、ジャーナリズムでも何でもないだろうということだ。


素人でも信念くらいはある。

というより、何の肩書きも責任もない身だからこそ、信念くらい持っていなければ書けない。






前田氏が中傷だと断じるのだから、同様に私の記事に傷つけられた人は少なくないのかもしれない。

だとすれば、是非ともコメントして頂きたい。


だが一方で、私は前田氏の見解に不愉快な思いをした人もいると考えている。

例えば彼は、家族や子供を望むことを「当たり前の感情」と表現していたが、それは結婚も子供も手に出来たからこそ言い切れる台詞ではないだろうか。

彼のように生殖医療に頼る不妊症の人たちの中には、最終的に子供を断念する人たちもいる。

LGBTのように、家族になりたくてもなれない人たちもいる。


彼が考える「当たり前」を実現出来ない人たちに対し、無関心な印象が拭えない。




差別や偏見は知識不足からくる。

知識不足は無関心からくる。


彼自身、偏見や差別は数多く経験して来ているはずである。

ことに、訴訟を起こしてからはその連続だろう。

であるにも関わらず、彼も他者に無関心だとしたら、それは同じ仕打ちに他ならない。


長男の嫡出子訴訟の時に、同じFtMからの批判も多く目にしたのだが、それは前田氏が自分以外のGID事情に目を向けないことも一因ではないだろうか。




リンク記事にもあるように、長男の訴訟での行き詰まりから、今回は親子関係確認訴訟としたのだろう。

この訴訟がどういうものなのかは、記事からしか把握できていない。

だが、私も実質的な扶養者や生活実態から、彼を父親とすることは妥当だと考える。




しかしながら、彼が勝訴し嫡出子の身分が得られたところで、それくらいでは国の意識は変わらないというのが現状ではないだろうか。

年金番号さえ区別するような国である。
(参考⇒時代遅れの性意識 「女性手帳」に「年金番号」)


前田氏の二つの訴訟を通じて言えるのは、現状では国も法も味方しない厳しい状況であるということだ。

「性同一性障害者でも子供が欲しい。普通の家族になりたい」という願望だけでは打破できないということを、心に留めておきたい。

だからこそ、今、私たちGIDが一番に勝ち取るべきなのは、戸籍更正(訂正)なのだ。




☆関連
FtM嫡出子問題⑩ この裁判が問うもの
FtM嫡出子問題・続① 中部地方のFtMが嫡出訂正
FtM嫡出子問題・続③ 親子関係確認訴訟も棄却