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「バカだね」


俺の口癖がうつったのか、母親は最近、よくこの言葉を口にする。

でも、母親が「バカだ」と言うとき、そこに愛情が感じられない。

嘲笑という表現がぴったりで、本気でバカにしてるだろと思うこともしばしば。


とても不快だ。


いや、きっと、本気でバカにしていいと思っている。

その人や、その事をバカにされて不快に思う人が目の前にいることを読み取れないから、言っていいものだと勘違いしていると思う。

これも、表面だけ真似るアスペルガーの特徴なのかわからないが、汚い言葉を、子供みたいに状況を考えずに使う。


それはただの悪口だ。


きっとうちの親は、愛のあるダメ出しとただの悪口の区別がついていない。

両者の違いは、一つには発する人の立場の違いがあるだろう。

その事に精通してる人間が批判するのと、よく知らない人が決めつけるのとでは、響きが違う。

だが、そもそも立場を理解できないアスペルガーにとって、同じ言葉で表現されるものの違いは、非常に難しいのかもしれない。






話は、野球のちょっとしたネタだった。


プロ野球のテレビ中継。

横浜の大田亜斗里という投手が投げていたので、「確か拳士の高校の先輩だよ」なんて、母親に話していた。

当時の帝京と言えば、この大田投手と一年生から遊撃手のレギュラーに座っていた杉谷拳士。

そして、智辯和歌山との試合を思い出す。


第88回全国高等学校野球選手権大会智辯和歌山対帝京


俺はどちらのファンでもないが、すごい試合だったので記憶している。


9回に壮絶な打ち合いになり、大田を降ろし投手のいなくなった帝京は、内野手をマウンドに上げた。

投手経験はないというこの選手に注目したが、全くダメですぐ降りることに。

結局、9回表に大逆転した帝京は、その裏にまた大逆転されてサヨナラ負け。

ただの野次馬で見ていた俺も、何だかどっちも可哀想になってきて、気がついたら涙ぐんでいた。




その後、杉谷拳士はファイターズへ。

プロになってから甲子園の思い出を聞かれたときに、この試合のことを語っているのを聞いて、おぼろ気だった記憶が繋がった。


『あぁ、あのとき投げた内野手は拳士だったか』


投手がいなくて困っている監督に、自分から「行きます」と言ったようで、拳士らしいなと思った。


いい意味で上下関係を無視した懐っこさと、うるさいくらいの元気が彼の売り。

元プロボクサーを父親に持つところから拳士と名付けられ、その明るさは母親譲りだと言う。


結果は初球が死球となり、一球で交代。

すぐ代わったイメージはあったが、一球だったとは。


その事を母親に話した時だった。




「投手がいなくなって、拳士が『俺、投げます』って言ったらしいよ。

だけど、いきなりぶつけちゃってさ……(苦笑)」


「バカだ(笑)」


「いや、投手いなくなったから仕方ないんだって。それで一球で降りて……」


「バカだね(笑)」




しつこい。

拳士はバカじゃない。

いい加減にしろ。




全く野球を知らないなら仕方ない。

それにしても言い様はあるが。


だが、母親はファイターズファンだし、拳士も嫌いな選手ではない。

もちろん、彼が野手ということも知っている。

高校野球と言えど、投手経験のない選手がいきなり甲子園のマウンドで投げるというのは、緊急事態だ。

母親にはその知識もある。


それでも俺は説明した。

投手がいなくなって、野手の拳士が急に投げることになったと。

だから、仕方ない。

寧ろ、「行きます」と言った拳士の勇気を評価してあげたい話なのに、聞きもせず嘲笑いながらバカを連呼。


マジ、うるさい。


面白い場面だったのは確かだが、バカだと言うには何か違和感があった。






ちょっと冷静に分析してみる。


どうも、アスペルガーの人間は、複数の情報が入ってくるとダメなようだ。

情報を整理して全体像やポイントを掴むことが出来ず、部分にとらわれてしまう。

とらわれる内容は、最初の言葉だったり、自分が気になることだったりのようだが、それに夢中になると他は頭に入らない。




例えば、極端な場合だと、「Aスーパーに行ってくるけど、何か買ってくる?」と聞かれたアスペルガーが、「どこに行くの?」と聞き返す例がある。

買うという情報は頭に入ったが、Aスーパーという場所は頭に入っていないのだと思う。


うちの場合、ここまで極端なことは少ないが、ちょっとでもこみ入ると理解できていない。




今の野球の例も、母親が「バカだ」と面白がったのは、部分的にしか情報を拾えていないからだ。

恐らく母親は、『死球』と『一球で降りた』という結果だけが頭に入り、面白くなってしまった。

それも、その投球内容をプロのエース級と比較しているから、エース投手を叩くのと同じトーンで批判する。

高校生が急遽登板という状況や、投手経験がないということは、母親の頭では整理されていない。


しかも、口頭で俺が説明しているだけ。

これは、アスペルガーには難しいらしい。

俺の言葉を母親は映像化出来ていないから、どんなに説明しても場面の理解に繋がらない。




それにしても、話ぐらい聞けないもんかね。

違うと言ってるのに、立ち止まって考えようとしないし。

まだ話の途中なのに、割って入ってまでしゃべる。


そりゃ、噛み合うわけないよね。


こっちが腹立ってにらみつけても、表情読めないからヘラヘラしゃべり続けるし。

興味があると思ったから話したエピソードなのに、1ミリも理解してないと思う。

近いうちに同じ話をしても、間違いなく全く覚えていないだろう。




自分は早とちりしやすいとか、理解力が低いとか、自覚しようとさえしないんじゃ、話にならない。

自覚出来ない障害と言われればそうなのかもしれないが、だとすれば、こんな致命的な障害もない。


何か言葉を投げかければ、勝手に連想ゲームを始めてしまうのだから。

アスペルガーはこれを会話と思っているのかもしれないが、相手とやり取り出来ていないものは会話じゃない。






対照的に、「バカ」などと言っても嘲笑した言い方にはならない時もある。

上手く表現できないが、ちびまる子ちゃんのお母さんが、まるちゃんを「おバカ!」と叱るときのような感じを思い浮かべて欲しい。

バカと叫んでいるし、時には本気で怒っていることもあるが、厳しく接しても実はまる子を心配している。


うちの母親の言葉には、この温かさがない。


何が違うのか。

それは、状況を把握しているかと、「バカ」なことをしてしまった人の気持ちを理解しているかだと思う。


通常、親が子に向かって「バカだね~お前は」と言っても子が傷つかないのは、親が子の気持ちをちゃんとすくい上げているからだ。

ふざけてやりすぎた。知らなくて変なことになった。

そんな子供の失敗を可愛いとか、おバカな子供を愛らしく思っていれば、「バカだな」も共感の言葉だろう。

叱りながら、親も一緒に反省している。




うちの親は、我が子でも常に他人事だった。

だから、「バカだな」は侮蔑のこもった突き放した言い方だ。

今回のも、それと同じ。


子供が覚えてたの言葉を連呼してるようなものだから、ふざけているようにも聞こえるし、状況的にも言い過ぎにしか思えない。




しかし、これが直ることはないだろう。

他の言動を見ていても、説明してわかるようになるとは思えないから。


俺が出来るのは、ガキが変な言葉を覚えないように、俺自身の表現を気をつけるだけ。


皮肉や愛情の裏返し、冗談、照れ隠しなどはわからないので、ストレートかつ簡略化して喋ることを心がければいい。

もちろん、言葉は丁寧に。


当然、頭で変換が必要だから疲れるけど、好きなものをバカにされるより数倍マシだ。
食欲はまだ戻ってはいないが、昨日は割りと美味しく食べられた。

カシスオレンジが良かった。

カシスの小さい原液を買ってきて、温州みかんジュースと炭酸で割った。

じゃあ、カシスみかんか?(苦笑)


食欲がないときは酒もダメで、気分を変えようにもむしろアルコールが気持ち悪くなる。

普段飲まないから、なおのこと消化吸収が悪そう。




この期間は、トレーニングも気が進まなくなる。

まず、朝スッキリ起きられないので、スムーズに筋トレに移れない。

寝付けないでいたかと思えば朝4時とかに目が覚めて、そこからダラダラと二度寝して、ダルいまま起床する。


本当は、このダルさをリセットする意味でも、朝、筋トレするのがいいんだけど、気分が乗らない。

やれば、翌日には程よい筋肉痛が残って気持ちいいのだが、始動に至らない。


夜のジョギングも、面倒くさくなって外に行きたくなくなる。

走ったら走ったで気持ちいいのだが、そこに行くまでが腰が重い。


色々考えてしまうんだよな。

トレーニングを続けたところで何になるんだとか。


ダイエットし始めの頃は気持ちも乗ってるし、結果も出やすい。

しんどくても覚悟があるからそこそこ乗りきれた。

それが、数字に表れにくくなり、大きな目標もないと、モチベーションが上がらない。

太ると自分を嫌いになってくるから、最低限、今の状態を維持したいが、それもしんどいときがある。




特にトレーニングは、休むと体力が低下してるのを実感するから辛い、というのもある。

筋トレはパワー不足やキレのなさを感じる。

元の負荷でやると、次の日は疲れすぎて、別の部位のトレーニングさえやる気がなくなってしまう。


ジョギングでは肺活量が落ちていること、それから下半身がたるんでいることがわかる。

もちろん、続ければ間違いなく戻るのだが、もう一踏ん張り出来ない。




まぁ、5年くらい前のダイエットを始める以前なら、自分のどこがどれだけたるんでいるかも分かっていなかったから、それよりはずっとマシだろうな。

知識を得て、実践して、そのおかげで、自分の体がなぜ今の状態なのかがわかるからこそ、色々考えてしまっているとも言える。

体絞るのが大変なのがわかってるから、嫌になってしまってるのかなぁ。




前回の記事で皆に励まされて、もう少し、弱ってることを素直に認めてもいいのかなと思ったよ。

うちだと、それを言っても見当違いの対応されて余計ストレスだから、諦めてた。

でもきっと、体の方は正直に反応してるのかもな。

こんなに心配してもらえるとは思ってなくて、嬉しいけどちょっとビックリだった(苦笑)


摂食障害の可能性は考えたけど、鬱とは少しも思ってなかった。

親が発達障害のストレスというのも、そういやそうだったと気づかされたくらい、毎日のことで忘れていた。

実は、日々当たり前にアスペルガーに対応していることが、ボディーブローのように効いていたのかもしれない。




こんな状態ですということを、見守ってくれる人がいるとわかって、ちょっと楽になった。

今日の夜は時間もあるので、何とかジョギングに行こうと思う。
ここ数ヵ月?いや一年以上かもしれないが、不定期に無気力状態に陥る。


どんなかというと、まず食欲がない。

何も食べたいものが思い浮かばないし、何を食べても満足できない。

朝はしっかり食べるようにしてるが、昼からは何も食べたくない感覚に襲われる。

当然、お腹は空くのだが、何を食べていいかわからない。


比較的低カロリーなものにすれば、物足りないと感じたり。

かといって、こってりしたボリュームのあるものにすれば、重すぎて食べきれない。

さらに、直後に胃もたれしたり。

食べたくもないのに、高カロリーなものを摂取してしまったという罪悪感にも駆られる。


晩飯は出されるから無理矢理食っているが、本当は食べたくない時もある。

食べないと言えないストレスもある。

味がわからないような時もある。

あまり美味しく見えない。


晩飯のあと、母親がお菓子を出してくるのにもイライラする。

これも、出さないでと言えない。

言うとさらに面倒なのがわかるし。

そして、つい食べてしまう自分を責めてしまう。

昨日も晩飯後のポテチに気持ち悪くなり、食べたことを後悔した。




これは何なんだろうか。