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初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
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自分は発達障害です。
こういうことは出来ません。
こういうことは苦手です。
わからないことはこれこれこうです。
こういう時は助けてください。
こういう時はほっといてください。
こんな風に見えますが、本当はこうです。
「発達障害の当事者がこのように説明してくれたら、快くサポートできるのに……」
そう思うことは少なくない。
また「発達障害だとわかっていたら結婚しなかったのに……」などと思ってる人もいるだろう。
これまで、当事者には自分の状態を自覚するように訴えてきた。
それは自覚できなければ何も始まらないし、何も改善されないからだ。
そして、自覚できない発達障害者とは離れるよう促してきた。
発達障害に限らず、本人がやる気にならなければ、物事は何も変わらないから。
周りがどんなに一生懸命になってもダメなのだ。
それと相反するようだが、既に無自覚なまま大人になってしまった発達障害者が、発達障害を自覚し説明するなどということは不可能だと言いたい。
そして、それは発達障害者本人の責任ではなく、定型側の問題であるということも言いたい。
発達障害の当事者が自分のことを説明できないのは、発達障害の特性ゆえということもあるだろう。
客観視する能力が低い、つまり、自分と他人を比較して物事を考える力が弱いということも理由の1つだろう。
しかし、一番の理由はそこではないと思う。
一言で言えば、人は自分だけでは自分を知ることは出来ないということ。
特に生まれつきの感覚は、その人にとってはずっとその状態なので、そうではない状態というのを知らない。
他の人もみんな同じ感覚だと思っていることも多い。
となると、わざわざ説明することはない。
定型の人は、自分がどこがどう定型であるかということを説明してみるといい。
そもそも、そんな説明を求められたことがないという人が圧倒的に多いと思う。
ということは、考えてみたこともないということだ。
理屈だけで言えば、自分の発達に関しては考えたこともない人が、他人にそれを要求するというのは傲慢だ。
さらに、定型発達とは何かがわからなければ、発達障害かどうかもわからない。
そんな人が発達障害者の訴えを耳にしても、性格や環境、努力不足との違いを見極めることなど、出来るはずがない。
そもそも発達障害の当事者に、障害と自覚して欲しい理由はなんだろうか?
当事者の行動に周囲が迷惑しているからだ。
迷惑行動の原因を突き止め、改善方法のヒントとして障害を認識しようとしている。
もっと根源的なことを言えば、周囲の人は当事者に迷惑をかけて欲しくないと思っている。
というのも、その人と何らかの形で付き合いを続けたいと思っているからだ。
でも、迷惑行為を続ける人とは付き合っていられない。
定型はそういう人は嫌いだし、迷惑が積み重なると殺してやりたいほど憎くなる。
この状態が続くと、もう二度と迷惑をかけられた人のことは許せなくなる。
問題を起こすタイプの発達障害の人は、このことをわかっていないのだろう。
迷惑をかけると嫌われる。
嫌われると人は離れて行く。
その発達障害の人と一緒にいられるかどうかは、周りの人がその根本的なことを教えられるかどうかだと思う。
あなたは迷惑をかけられて困っていても、アスペの彼は「迷惑をかけてどうしよう」とは思っていないかもしれない。
とすれば、その間にはとても深くて長い河がある。
小さな川でも今渡れないという人もいれば、大河でもたくましくチャレンジ出来る人もいる。
カサンドラにならないためには、今のあなたがどれくらいの川なら渡れるのかを、考えてみることが大事だと思う。
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自分は発達障害です。
こういうことは出来ません。
こういうことは苦手です。
わからないことはこれこれこうです。
こういう時は助けてください。
こういう時はほっといてください。
こんな風に見えますが、本当はこうです。
「発達障害の当事者がこのように説明してくれたら、快くサポートできるのに……」
そう思うことは少なくない。
また「発達障害だとわかっていたら結婚しなかったのに……」などと思ってる人もいるだろう。
これまで、当事者には自分の状態を自覚するように訴えてきた。
それは自覚できなければ何も始まらないし、何も改善されないからだ。
そして、自覚できない発達障害者とは離れるよう促してきた。
発達障害に限らず、本人がやる気にならなければ、物事は何も変わらないから。
周りがどんなに一生懸命になってもダメなのだ。
それと相反するようだが、既に無自覚なまま大人になってしまった発達障害者が、発達障害を自覚し説明するなどということは不可能だと言いたい。
そして、それは発達障害者本人の責任ではなく、定型側の問題であるということも言いたい。
発達障害の当事者が自分のことを説明できないのは、発達障害の特性ゆえということもあるだろう。
客観視する能力が低い、つまり、自分と他人を比較して物事を考える力が弱いということも理由の1つだろう。
しかし、一番の理由はそこではないと思う。
一言で言えば、人は自分だけでは自分を知ることは出来ないということ。
特に生まれつきの感覚は、その人にとってはずっとその状態なので、そうではない状態というのを知らない。
他の人もみんな同じ感覚だと思っていることも多い。
となると、わざわざ説明することはない。
定型の人は、自分がどこがどう定型であるかということを説明してみるといい。
そもそも、そんな説明を求められたことがないという人が圧倒的に多いと思う。
ということは、考えてみたこともないということだ。
理屈だけで言えば、自分の発達に関しては考えたこともない人が、他人にそれを要求するというのは傲慢だ。
さらに、定型発達とは何かがわからなければ、発達障害かどうかもわからない。
そんな人が発達障害者の訴えを耳にしても、性格や環境、努力不足との違いを見極めることなど、出来るはずがない。
そもそも発達障害の当事者に、障害と自覚して欲しい理由はなんだろうか?
当事者の行動に周囲が迷惑しているからだ。
迷惑行動の原因を突き止め、改善方法のヒントとして障害を認識しようとしている。
もっと根源的なことを言えば、周囲の人は当事者に迷惑をかけて欲しくないと思っている。
というのも、その人と何らかの形で付き合いを続けたいと思っているからだ。
でも、迷惑行為を続ける人とは付き合っていられない。
定型はそういう人は嫌いだし、迷惑が積み重なると殺してやりたいほど憎くなる。
この状態が続くと、もう二度と迷惑をかけられた人のことは許せなくなる。
問題を起こすタイプの発達障害の人は、このことをわかっていないのだろう。
迷惑をかけると嫌われる。
嫌われると人は離れて行く。
その発達障害の人と一緒にいられるかどうかは、周りの人がその根本的なことを教えられるかどうかだと思う。
あなたは迷惑をかけられて困っていても、アスペの彼は「迷惑をかけてどうしよう」とは思っていないかもしれない。
とすれば、その間にはとても深くて長い河がある。
小さな川でも今渡れないという人もいれば、大河でもたくましくチャレンジ出来る人もいる。
カサンドラにならないためには、今のあなたがどれくらいの川なら渡れるのかを、考えてみることが大事だと思う。