世界精神の栄養分である「欲望」「欲情」は世界精神自身を肥大化させる。
世界精神は善を「強者の戯言」すなわち「創造する想像力」によって規定させる。そしてその強者の戯言にそっと薄いベールをかぶせる。悪を「弱者のいいわけ」すなわち「物乞い、売春」によって規定させる。勿論、そのいいわけにも薄いベールをかぶせる。しかし、最も重要なことはそれらの薄いベールを世間一般ははぎ取ろうとしないことである。
もう一度言う。世間一般はそのベールをはぎ取ろうとはしない。まさに「臭いものにはフタ」である。世間一般は拡声器を使って大声で「生命の誕生こそ真理である」と叫ぶことで、その臭いもののフタにすら目を背ける。
「生命の誕生は人間の人知を超える神の領域であり、それは命のリレーというとても美しい愛である。
この生命の神秘こそ真理であり、これに反すること、例えば自分の欲望、情欲を満たすだけの売春は
忌み嫌うべきものであり、醜い」
と世間一般は叫んでいる。
世界精神の真理は実はドリアン並みに臭い。ベールがないとその臭さで我々個々人は死んでしまう。臭いが故に我々個々人は口に出してはならない。何故なら世界精神の真理は世界精神自身から発せられる真理だからであり、我々ちっぽけな個々人の真理ではないが故に、例えば「売春は人類発展に必要であった」などといったことを個々人が口にすると、瞬く間に世間一般から袋叩きにあうのである。
ドリアン並みに臭い真理は、その気配だけで気付くべきものであり、口から発せられるべきものではない。
拡声器を使って発せられるのはもっぱら「きれいごと」のみである。