競争というものを実存哲学的に考えてみる。競争とは目の前に広がる自己と無関係な「ゲーム」ではない。それは自己自身が直接世界と関わる関係そのものである。その関係を否定も肯定もする以前に、自己自身の精神の内奥で既に起きている関係性である。
競争の本質は「それぞれの自己が手慣れている世界がガラッと変わる」点にある。今まで自己の身近に存在した「近い存在」が遠ざかったり、今まで身近でなかったものが「近い存在」として急接近したりすることである。例えば、或る者が普通のサラリーマンから物乞いに落ちたとしよう。サラリーマン時代に、その者は普通の家を持ち、普通の同僚、部下、上司を持ち、普通の服を着ていた。「競争」によって、そういった身近な存在が瞬く間に遠のき、ブルーシートと段ボールが身近な存在事物となる。
この実存哲学的視点は、「競争は自己と時々関係したりしなかったりするマグレなもの」という巷の勘違いを言っているのではない。あらゆる実存的事象の根底に「競争」があると言っているのだ。
物の考え方、善悪の思想、常識、非常識、羞恥心といった人間(ここでいっている人間は、あくまで普通の世間一般の人間、という意味での人間)の根幹にその「競争」が関わっているといっているのだ。そして(ここが最も重要だが)普通の人間は「人間精神の根幹は、実存的競争によって決定させられている」ということに全く気付いていないのだ。