星の輝き、月の光 -31ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

静かでうす暗い店内はオレンジ色の照明が馴染んで見える。棚には色とりどりの酒の瓶が並べられ、カウンターではバーテンダーがシェイカーを振っていた。

店に入った俺の目にまず映ったのは、そんなどこのバーでもよくある光景だった。

店の中は思ったより広く、客の入りは半分ほど。カウンター以外にもテーブルが幾つかあり、運がいいのかそれとも俺のカンが冴えていたのか、そのひとつにミニョが座っているのが見えた。

ミニョは誰かと一緒ではなく、1人で座り携帯をいじっていた。

やっと見つけた。


どうして電話に出ない?

仕返しのつもりか?

本気で俺を避けてるのか?

泊まったのは見舞いだけが理由か?


聞きたいことは山ほどある。

俺は急く心を落ち着かせるために深呼吸をしてから足を踏み出した。

ミニョまであと数メートル。

しかしここで思わぬ邪魔が入った。

ミニョの横をウェイターが通りかかった時、奥から歩いてきた男の客が酔って足がよろけたのか、ウェイターにぶつかった。そしてその衝撃でウェイターがトレイにのせていたグラスが倒れ、中身がすぐ横にいたミニョにかかり、びっくりしたミニョがはずみでテーブルの上にあったグラスを倒し・・・


「おっと」


「うわっ!」


「きゃっ!」


「あっ、すいませんっっ!!」


その瞬間の3人の発した声はだいたいそんな感じだろうか。

それまで落ち着いた大人の雰囲気に包まれていたであろう店内は、一瞬でその一角だけドタバタとしたコメディーに変わった。

ドミノのような一連の流れは見ていて思わず感心してしまうほど。

さすが事故多発地帯だ、座ってるだけで事故がやってくる。

俺がすでにミニョに近づいていればあの事故に俺も巻き込まれていたかもと思うと、なかなかミニョを見つけられなかったのも運がいいと言えるだろう。

そして賢明な俺はすぐにはミニョに近づかない。

まだドミノの続きがあるかも知れないと、少し離れた場所で腕組みしながら事故処理が終わるのを待つことにした。


ウェイターは何度も大きく頭を下げ慌てておしぼりを取りに行くとミニョに手渡し、テーブルの上を片づけはじめた。その間にぶつかった男の連れらしき男がミニョのテーブルへ来て、謝っている。

その様子から、「すいません、こいつ酔ってて」「大丈夫ですよ、気にしないでください」とでも言っているんだろう。

しばらくミニョと男2人が何やら話し、やがてぶつかっていない方の男がカウンターへ行くと、グラスを持って戻ってきた。それはミニョのテーブルに置いてあったものと同じに見えた。そして男2人が再びミニョに話しかけ、もとのテーブルに戻って行ったのを見届けてから、俺は歩き出した。


「ミニョ」


「テギョンさん、どうしてここに」


突然目の前に現れた俺に驚き、ミニョは目を大きく見開いた。

どうして?

それは会いたかったから。

話がしたかったから。

ミニョの心が知りたかったから。

いろんな言葉が俺の口から溢れ出そうとしている。でも今はそのすべてを飲みこんだ。なぜなら先にやるべきことができたから。


「それ・・・飲むなよ」


俺はミニョの前にあるグラスに視線を向けると、それを持ってきた男たちの方へと向かった。





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加速度のついた太陽は、ゆっくり沈むことを知らないのか、少し前まで赤く染めていた世界をあっという間に暗闇へと塗り替えていった。

バスは走り続け、その後をつけている俺の車も走り続けている。


ミニョはどこまで行くんだろう。そもそもあれは本当にミニョだったのか・・・


車を走らせながら俺は徐々に不安になってきた。

病院の駐車場で待っていた時はまったく現れなかったのに、店に来た途端30分もしないうちにミニョを見つけるとは。


他人の空似か?それとも会いたい気持ちが見せた幻か・・・

どっちでも構わない、バスが停まってミニョが降りればはっきりとする。


俺はバスを睨みつけるように見ながら、どこへ行くのかも判らないままハンドルを握っていた。





田舎の暗闇を走っていたはずだが、いつの間にか街へと近づいていたらしい。道端の街灯の数は増え、家の灯りも多く見えてきた。しばらくすると道は大通りへと繋がり、繁華街が現れた。

その端にある停留所。

降りたのは男が3人と女が4人。そのうちの1人が横断歩道を渡るのを見て俺は思わず「いた!」と叫んでいた。

ミニョだ。

俺は慌てて車を路肩に停めミニョの後を追おうとしたが、信号が赤に変わってしまいすぐに追いかけることができない。

その間もミニョはどんどん遠ざかっていく。


「ミニョ!」


俺は叫んだがその声は目の前を走る車の音にかき消されてしまった。

普段ならそれほど気にならない信号の待ち時間が今はとてつもなく長く感じる。いらいらしながら赤信号を睨み、青へと変わった瞬間、俺は走り出した。

急いで横断歩道を渡り反対側の歩道へ。衣料品や雑貨店など様々な店が立ち並ぶ前をキョロキョロと辺りを見回しながら足早に進むがミニョの姿は見当たらない。

人通りはそれなりにあるが姿をかき消されるほどじゃない。それなのに見つけられないのは、ミニョが俺に気づいていて、わざと隠れたんじゃないかと勘ぐってしまう。シヌが言っていたように、本当に俺のことを避けているのかもと。

どうも俺はこの間のシヌとの遣り取りで少々ナーバスになっているようだ。やけに自信たっぷりだったシヌの態度が俺を焦らせる。

ここは繁華街なんだから、歩道を歩いていなければ隠れたというより、ただどこかの店に入ったと考えるのが普通なのに。

カフェ、ケーキ屋、寿司屋・・・飲食店を中心に、ミニョが入りそうな店を覘いていくことにした。

俺が選んだ店は比較的若い女性客が多く、中に入ると俺に気づいた客が騒ぎ出す。無遠慮な輩にカメラを向けられ、いつもなら眉間にしわを寄せるんだが、今はそんなものを気にしている余裕がないくらい、ミニョを捜すことに神経を集中させていた。

ミニョがいるかと見回し次の店へ。それを何軒もくり返したが、なかなかミニョは見つからない。


「どこにいるんだ」


相変わらず出ない電話をかけながら舌打ちをしていると、ふとある店に目がとまった。

そこはドアと、入り口に置かれた小さな看板に薄暗いライトが当てられているバー。特にこれといって目を引く外観ではないが、なぜか妙に気になる。

俺はドアを開けた。




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「ヒョーン!」


事務所の廊下をジェルミがスキップしながらやって来る。

あいつはいつも楽しそうで浮かれた性格は俺とは合わないが、悩みとは無縁そうな顔をしているからそこだけは時々うらやましく思う。


「ねえねえ、俺今晩ラジオあるんだけど、テギョンヒョンゲストで出てくんない?予定ではシヌヒョンだけなんだけど、テギョンヒョンはサプライズゲストってことで」


この間俺とシヌが妙に深刻な顔でジェルミの前から消えてから、ジェルミは事あるごとに俺とシヌを近づけようとする。

俺たちが喧嘩していると思い、仲直りさせようとしているのか。だとしたら余計なお世話だな。喧嘩とかそういうレベルの問題じゃないんだから。


「しゃべるのは苦手だ」


俺は忙しいからと手の先でジェルミをあしらい、事務所を出た。




俺は病院へ行くのをやめた。それは仕事が忙しくなったせいもあるが、シヌの言葉が大きかったかも知れない。


『ミニョは迷惑してるんだ、避けられてるのが判らないのか』


ミニョが病院へ見舞いに通ってるのは知ってるが、時間までは判らない。俺も1日中そこにいるわけじゃないから会えなくても仕方ないと思ってた。でも何度電話しても出ないし、メールの返事もないというのは、シヌの言った通り、避けられてるとしか思えない。

それでもミニョが好きだという気持ちに変わりはない。だがもしも俺のことを心の底から迷惑だと思ってるなら話は違ってくる。

今度こそ自分のことだけじゃなくミニョのこともしっかりと見たい。

だから知りたい、ミニョの心を。

合宿所に泊まったのは、見舞いだけが理由なのかを。






夕陽が世界を赤く染めている。赤といっても真っ赤ではなく、そこに黄金色を混ぜたような、ねっとりとした赤い蜂蜜のような色。

その中を、右へ左へと緩やかにハンドルを切りながら、俺は車を走らせていた。


目的地を決めていたわけではないが、俺の車はミニョに会いたかったらしい。気がつくと、この間まで通っていたカフェに着いていた。

人の気配のしない小さなカフェ。

店の南側に面した庭には芝生と小さな花壇がある。

店が休みになってからもミニョが手入れをしているからか、花は鮮やかな色彩を見せ、葉は青々と生命を主張していた。

よく見るとそこには水滴がついていた。土を触るとしっとりと湿っている。

ここに来る途中、雨は一滴も降っていない。

この花壇はついさっきミニョが水を撒いたことを示していた。


「ミニョ」


俺は辺りを見回し、店の入り口へ回った。

ドアノブを掴むが鍵がかかっていて扉は開かない。

もう帰ってしまったのかと地面を蹴った時、ほとんど車の通らない道に、大型車のエンジン音が響いた。

振り向くと田舎道を1台のバスが通っていく。

俺はその窓にミニョの姿を見つけた。


「ミニョ!」


叫びながら俺の足はバスへ向かって走り出していた。しかし声は届かず、バスは無情にも走り去っていく。

俺は車に飛び乗ると、エンジンをふかしてバスの後を追った。

 




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