星の輝き、月の光 -29ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

シヌのにおいがする。

その言葉に対するミニョの反応は、強い衝撃を受け落ち込んでいるように見えた。


「何なんだ、ったく・・・」


シヌの名前ばかり聞かされ落ち込みたくなるのは俺の方なのに。


「だいたい危ないところを救ってやったのは俺なのに、礼のひとつもないとは」


俺はいらいらとひとしきり部屋の中を歩き回ると、どすんと椅子に腰を下ろした。

ミニョがシヌを好きでも俺の気持ちは変わらない。そうは思っても傷つくものは傷つく。

俺はため息をつきながらシャワールームに目を向けた。

少しでもシヌとの繋がりを断ちたくてあんなことを言ったが、ミニョが出てきたら俺はどうするのか。あれこれ文句をつけて電話できないようにするか、それとも・・・


「そうか、ミニョが出てこなければいいんだ。服もタオルも何もなければミニョはあそこから出られない」


言った直後、俺はさっきよりも大きなため息をついた。

名案というより迷案だな。自分の発した言葉なのに情けなくなってくる。そんなことをしても何の意味もないのに。




じりじりと時間だけが過ぎていく。

10分経ち、20分経ち。

そろそろ出てくるだろうかとシャワールームの方をちらちら見ながら、更に時間は経ち。


「おい、もう1時間だぞ、いくら何でも遅すぎるだろう」


いつまでたっても出てこないミニョが気になり、俺はシャワールームの前に立った。


「俺は別に覗こうとしてるんじゃないからな。なかなか出てこないから心配で様子を見に来ただけだ」


誰に聞かせるわけでもないが、口に出して言ってみる。

半透明の扉は中がよく見えず、俺は耳をそばだてた。

シャワーの音は聞こえない。


「ミニョ?」


声をかけてみるが返事もない。

さっき少しふらついていたし、クスリの影響で中で倒れているのかも。

そう思った俺は急いで扉を開けた。


「キャッ!」


小さな叫び声とともに振り向いたミニョと俺の目が合った。俺の視界に飛び込んできたのは全身泡だらけのミニョ。そして泡は身体だけでなく、床にも大雪が降ったように積もっていた。


「お、起きてるなら返事をしろ、倒れてるかと思ったじゃないか」


うずくまるもこもことした泡のかたまりの隙間から肌が見え隠れする。裸を見られているという恥ずかしさも加わっているせいか、ところどころ見える上気した肌は濃いピンク色に染まっていた。


「私なら大丈夫ですから、早く閉めてくださいっ!」


顔を真っ赤にしながら見られている部分を少しでも少なくしようと、しゃがんでいるミニョは更に縮こまる。


「あ、ああ・・・」


そう返事をしながらも俺の目はミニョに釘付けになっていた。

白い泡を柔肌にまとい羞恥に顔を赤く染める姿は美しく、今すぐにでも手に入れたいという衝動に駆られる。ひと呼吸おいて拳を握りそれを思いとどまると、俺は扉を閉めようとした。しかし、泡から覗いている肩が上気しているだけとは思えないほど赤く、泡もピンク色に染まっていることに気づくと、俺は閉めかけた扉を再び大きく開いた。





        1クリックお願いします

        更新の励みになります

                     ↓


にほんブログ村




 

目覚めたミニョが辺りを窺いながら上半身を起こした。そして椅子に座って腕組みをしている俺を見て、自分のいる場所が見憶えのある部屋のベッドの上だと判ると、着衣に乱れがないかを確認するような動きを見せ、飛び出すようにベッドから出た。


「おい、あんまりなあいさつだな」


俺は頬をひくひくと引きつらせた。


「私、どうしてここに・・・」


しかし目が覚めたといってもまだクスリが身体に残っているのか、足元がふらつくようで、俺は慌てて近寄るとバランスの崩れた身体を支えてやった。


「バーで飲んだジュースに睡眠薬が入ってたんだ」


「テギョンさん・・・が?」


ったく、声は控え目だがひどい質問だ。


「さっきから俺を何だと思ってる。俺じゃない、グラスを運んできた男だ」


「どうして、そんな・・・」


不安な表情をしているミニョのバッグの中で携帯が鳴った。

たぶんシヌだろう。結局ミニョはシヌに連絡をする前に寝てしまったから、またこの間のように連絡が取れないと慌てているかも知れない。

俺は電話に出ようとするミニョの手を掴んだ。


「放してください、たぶんシヌさんです。私、電話に出ないと」


寝る前もシヌ。

寝言もシヌ。

起きてからもシヌ。

ミニョの口からシヌの名前が出るたびに俺の心はキリで突かれたように痛む。あいつの名前を口にするなと叫びそうになるのをぐっと堪え、拳を握った。


「さっきから何度もかかってきてる、ほっとけばまたかかってくるだろう。そんなことより、まずはそのにおいを何とかしろ」


「におい?」


「俺がにおいに敏感なのは知ってるだろ。お前からはシヌのにおいがする。俺はあいつの香水のにおいが嫌いだ。お前がシヌのにおいをさせてるせいで、俺のベッドが臭くなった。この部屋もだ。そのにおいを何とかするまでは電話には出させない。電話に出たかったら今すぐシャワーを浴びてこい」


本当は違う。

においがするのは確かだが、それはシヌではなく酒のにおい。

バーで酒が服にかかったせいだろう。ミニョからは酒のにおいがする。

しかしミニョがシヌの名前を口にするたび、シヌのことを気にするたび、ミニョからシヌの移り香がする気がして。

ミニョのすぐ横にシヌがいるような気がして俺は苛立った。

ミニョは俺の言葉に一瞬、え?と驚いたように目を見開いた直後、なぜかとても暗い表情を見せた。


「シヌさんの・・・におい?」


「ああ、だからさっさとシャワーを浴びてこい」


俺はシャワールームのドアを指さす。

においが気に入らなければ部屋から追い出せばいいだけなのに、においを消せというのは強引な話だと思う。当然「でも」とか「あの」とか抗議の言葉を口にすると思っていたが。

ミニョは唇を噛み、沈んだ顔で「判りましたと」呟くと、素直にシャワールームへ向かった。





        1クリックお願いします

        更新の励みになります

                     ↓


にほんブログ村



 

「テギョンさん、お願いです、降ろしてください。私、シヌさんを待ってないと」


「ダメだ、とにかくすぐにここから離れるぞ」


俺はドアをロックすると車を発進させた。

走り出してからも「降ろしてください」と何度も訴えていたミニョ。そんなミニョの様子がおかしいと感じたのは、それからすぐのことだった。

目の辺りを手で押さえ、何かを振り払うようにしきりに頭を振っている。


「どうかしたのか」


「・・・何だか急に・・・すごく、眠くなって・・・」


「まさか、さっきの店の・・・飲んだのか!?」


「少し、だけ・・・」


「バカ!飲むなって言っただろ!」


「でもあれ、お酒じゃなくて、ジュース・・・」


「そういう問題じゃない、あれには・・・おい、ミニョ!」


俺との会話の途中でうなだれるように眠ってしまったミニョ。どう考えてもグラスに入れられた睡眠薬が原因だろう。

さっきの2人組の男とそいつらに依頼したというヤツに俺はあらためて強い憤りを覚えた。






合宿所に着いても目覚める気配のないミニョを抱き上げ、俺の部屋へと運び込む。ベッドに寝かせると、ミニョの服からはウェイターがこぼした酒の匂いがした。

横たわるミニョの傍らに腰かけ顔を覗き込む。

柔らかな寝顔。これが自然に眠っている顔なら穏やかな気持ちで眺めていられるんだが、そうではないと知っている俺の心は怒りと不安が入り乱れていた。

顔にかかっている髪を指ですくい上げ横へと流す。こんなに間近でゆっくりとミニョの顔を見るのはどれくらいぶりだろう。

俺は前髪から覗く額に唇を押しつけた。


「ん・・・」


覚醒が近いのか、ミニョがわずかに動き出した。


「ミニョ?」


しかし声をかけても目は開かず、返事は寝息だけ。再び名前を呼びながら軽く身体を揺すると、今まで穏やかだった表情がこわばり、眉間にしわが寄った。


「ん・・・違う・・・シヌさん・・・ごめんなさい・・・」


どんな夢を見ているのか・・・

会えなかったことを詫びてるのか?

危ないところを助けたのは俺なのに、きっとミニョはそんなこと気づきもしないで頭の中はシヌのことでいっぱいなんだろうか。

どうしても会わないといけない大事な用とは何なんだ?


眠っていてもシヌの名前を口にするミニョを見ながら、俺はやるせない気持ちでいっぱいだった。





        1クリックお願いします

        更新の励みになります

                     ↓


にほんブログ村