それは月明かりのきれいな夜だった。
冴え冴えとした月が辺りを照らし、暗闇に立つ二人の姿をくっきりと浮かびあがらせている。事務所のテラスは他に人影もなく、二人きりで秘密の話をするにはうってつけの場所だった。
といってもわざわざ夜が来るのを待っていたわけではない。朝から言おう言おうと思っていたがなかなかチャンスがなく、こんな時間になってしまっただけ。しかしシヌはちょうどよかったと思った。夜盲症のテギョンに今の自分の顔をはっきり見られなくてすむから。
「話って何だ」
わずかに緊張感をまとった低音が闇にとける。細かい表情は読めなくても雰囲気や仕種でシヌの様子がいつもと違うということはテギョンにも判っていた。その上こんな時間にこんな場所へ呼び出すにはそれなりの理由があるんだろうと、何だか嫌な予感がした。
「明日、正式に発表することになったからその前にテギョンには自分の口から伝えたくて。俺・・・ミニョと結婚することにした」
それは衝撃的な告白だった。
「ミニョ・・・と?」
あまりにも予想外の言葉にテギョンの表情は固まった。
テギョンが別れたのは半年前。その後二人がつき合っているらしいという話はうわさ程度には耳にしていた。しかし直接本人に確認したわけではないし、そんなことあるわけないと信じていなかった。いや、信じたくなかったからあえてその話題に触れないようにしていたというのが正しいか。
「結婚?ミニョと?・・・・・・冗談だろ。ミナムならまだ判る、でもミニョは女だぞ」
テギョンは耳を疑った。半年前まで愛しあっていた目の前の男がいきなり女と結婚すると言い出したんだから無理もない。
「他に好きな人ができたって言ったよな、だから別れてくれって。俺はてっきりミナムだとばかり・・・でもそれってミニョのことだったのか?俺は女におまえを取られたのか?俺の何がいけない?何が足りなかった?俺は別れてからもずっとシヌだけを見てきたのに!」
今まで抑えこんできた感情が弾けた。
テギョンはシヌのシャツをつかむと引き寄せ強引に唇を合わせた。そのまま後頭部に手を回し荒々しいキスをする。差し入れた舌でシヌの舌を探り、荒ぶった感情のまま絡みつかせた。
「んふっ・・・」
乱暴なキスをしているテギョンの口から甘い息がもれる。
片方の手が頬を包み首筋をたどって、胸を撫で回した。
久しぶりに触れた身体。
すぐそばにいながらいつも見ていることしかできなかった。服の下に隠されたたくましい肢体を思い出し、テギョンの身体は熱くなる。ベッドで、バスルームで、ソファーの上で過ごした二人だけの密かな時間。燃えさかる炎のように激しく、ねっとりとしたハチミツのように甘くとろけた瞬間を思い出せと、テギョンの指先はシャツのボタンを一つ二つと外し、シヌの六つに割れた美しい腹筋をなぞりながら更に下へと向かった。そしてキラリと光る汗を流しながら何度も何度も二人の身体を熱くつなげたモノに指が触れそうになった瞬間、テギョンの暴挙はシヌの手によって阻まれた。
「テギョン、やめてくれ、俺たちはもう終わったんだ」
「結婚なんてウソだろ?ミニョは女じゃないか。俺へのあてつけにそんなこと言ってるだけだろ。俺がジェルミと寝たから・・・」
「ああ、あれはショックだったな」
「でも一回だけだ。あの時俺はひどく酔っぱらってて・・・自分でもどうしてあんなことしたんだろうってずっと後悔してる」
「ショックだったけど、別にあてつけなんかじゃない。俺はミニョを愛してる。ずっと男しか愛せないと思ってた俺に、それは違うと気づかせてくれたのはミニョなんだ」
「そんな・・・ウソだ。あいつより俺の方がおまえのこと判ってる。男同士、心だって、身体だって!」
テギョンはシヌの手を取ると自分の胸に押しつけた。
「ほら、よく俺のこと焦らしてただろ。こうやって撫で回して、舐めて・・・俺の感じてる顔が好きだって、ゾクゾクするって言ってたじゃないか」
「やめてくれ、悪いが俺はもうテギョンには何も感じない。どんな顔されても、抱きたいと思えないんだ」
氷のような言葉が鋭いナイフとなって胸に突き刺さる。プライドを捨てて縋っても、その手を冷たく振り払われ、絶望の淵に立たされたテギョンはそれでも納得いかないと、捨てられた子どものような目を向けた。それは傷つけられながらもひたすら愛を請う哀しい目。しかしテギョンが必死につなげようとした糸をシヌは容赦なく断ち切った。
「来年、子どもが生まれるんだ。俺はミニョと幸せな家庭をつくる。だからもう俺に何も期待するな。俺がテギョンのもとに戻ることは二度とない。俺にテギョンは必要ない、俺のことは忘れろ」
夜の冷気がテギョンを包む。
吐き捨てられた言葉が心を凍らせる。
「シヌ・・・待ってくれ・・・シヌ・・・・・・シヌ!」
魂の叫びのような声も冷たい背中にはね返された。
足もとがガラガラと音を立て崩れ落ちる感覚。
深い深い闇の中に、なすすべもなくテギョンは落ちていった。
―――― Fin ――――
「ええーっ、終わり!?そんなぁ・・・テギョンヒョンと別れたシヌヒョンがミニョと結婚、しかも子どもができたなんて衝撃的な展開なのに、ここで終わり!?」
パソコンでファンフィク(BL)を読んでいたジェルミは目を見開いて驚いた。
ジェルミのお気に入りのファンフィク。テギョン、シヌ、ジェルミの三角関係からミナムの登場で四角関係に発展し、最近はミニョも加わって、まったく先が読めない展開に、ドキドキワクワクと心躍らせていたのに、突然訪れた終幕は話の内容よりも驚きだった。
「ああ、それ、二部が終わって、来月から三部が始まるらしいよ」
しかしそれ以上に驚いたのは、いつからそこにいたのか後ろからミナムに声をかけられたこと。
「ミ、ミナム!?」
BL小説を読んでいるという秘密の趣味を知られたとジェルミは一瞬振り向くと、大慌てでノートパソコンをパタンと閉じた。
「そんなに慌てて隠さなくていいって、俺も読んでるから」
「へ?そうなの?」
思いもよらないミナムの言葉に、まさかこんな身近に同志がいたなんてとジェルミの顔が少し緩んだ。
「ああ、つい最近ファンフィクってのを知って、いろいろ検索してたら見つけたんだ。この作者すごいよな、俺に双子の妹がいるっていうのは別に隠してないけど名前は知らないはずだろ。でも俺がミナム(美男)だから妹ならミニョ(美女)にしようって理由でその名前にしたっていうんだから。偶然だろうけどズバリそのものだろ、びっくりだよな」
「あ、うん、そうだね。どんな人が書いてるんだろ」
「さあな。だけどまさか俺の妹が本当にミニョって名前で、メンバーの一人とつき合ってるなんて思いもしないだろうな。しかも相手がテギョンヒョンだなんて」
「だよね。あーあ、小説の中だけでも俺とミニョ、くっつけてくれないかなぁ。コメントでそれとなく頼んでみようかな」
「やめとけって、どうせ無理だって。それより俺たちがベッドインする可能性のが高い」
二人はそれぞれ頭の中でその場面を思い浮かべると、うへぇ~と嫌そうに顔をしかめた。
コンコンコン。
ドアがノックされスタッフが顔をのぞかせた。
「そろそろスタンバイお願いします」
スタッフの後ろから入ってきたワンが軽くメイクを直し、わいわいとしゃべりながら楽屋を出て行く二人を見送る。
「・・・三部はあの二人をくっつけようかしら・・・・・・」
ワンは遠ざかる背中を見ながらポツリと呟いた。
―――― Fin ――――
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こんなお話でごめんなさい~(^_^;
突然降ってわいた妄想。
きっかけはネットニュースで読んだ、シネちゃんの結婚&妊娠記事でした。
いやー、驚きました。
それほど韓ドラは観てないんで、お相手の俳優さんの名前も知らなくて「誰?」って感じです(すみません)💦
テギョミニョファンの私はグンシネ推しなんで、相手がグンちゃんじゃなかったことがちょっとショックだけど、しょうがないよねー
せめて私が書くお話の中では幸せな二人を書きたい!
シネちゃん、お幸せに♡
そして、シネちゃんの結婚記事で一人で盛り上がった私の妄想の結果がコレです💦
何だかしょうもないお話ですが、こんなに短期間で書き上げたのはずいぶん久しぶりでした。
集中したー
ミニョが他の男と結婚、妊娠という話をテギョンが聞きショックを受けるというのが書きたかったんですが、こんな風になってしまいました。
ま、所詮書いてるのが私ですから、大目にみてやってください<(_ _)>
次の更新は「ひとりの夜はうさぎを抱きしめて」になります。
前回の記事の最後に「うさぎ・・・」と書きましたが、「ひとり・・・」の方がよかったんじゃないかと、ずいぶん後になって気づきました。(遅い・・・)
長いタイトルは書いてるとめんどくさくなるので、略すと「ひとうさ」かな?
残りあと数話。
最後までおつきあいいただけると嬉しいです(^▽^)