「自分で呼んでおいてその顔は何だ」
「いやー、その顔でその声ってやっぱ違和感だらけっていうか・・・」
深夜ミナムの部屋をノックしたテギョンは不審そうな顔でじろじろと見るミナムにムッと口を尖らせた。
「ぬいぐるみを期待してたから」
「悪かったなメルヘンチックじゃなくて。テジトッキがてくてく歩いてたら可愛いんだろうがあいにくあいつは動けないんだ。だいたいミナムには声も聞こえないんだろ?」
「メルヘンチック?てくてく?俺の想像では床の上をスーッと滑るように移動する無表情のぬいぐるみなんだけど・・・ホラーの間違いじゃないの?」
「どっちでもいい、そんなことより・・・話があるんだろ」
「そうなんだけどさ」
ミナムはもったいつけるようにゆっくりとシヌ(テギョン)の周りを回り、頭のてっぺんから足の先までまるで品定めでもするかのように、いろいろな角度からその姿を見ていた。そして最後は顔へとたどり着く。
「何か調子狂うんだよね」
「仕方ないだろ、この顔が気になるなら見るな、目でも瞑ってろ。声だけ聞いてればいいじゃないか」
「あーなるほど、そういうことか。こないだミニョがヒョンの方見る時やたら目を瞑ってると思ったんだけど、ヒョンの指示だったんだ。でも俺、目瞑ると余計ミニョとそっくりに見えるからやめとくよ。ヒョンにキスでもされそうだから」
「そんなことするか!」
「へえー、じゃあミニョには何もしてないんだね。ま、そのカッコじゃさすがに手は出せないか」
一瞬テギョンの頭を過ったのは初めてシヌの姿でミニョの前に現れた時のこと。
指先に感じる温もり。
抱きしめた柔らかさ。
鼻腔をくすぐる甘い香り。
目を瞑ったまま見上げるミニョはキスを催促しているように見えて、わきあがる感情が抑えられなかった。
「す、するわけないだろ」
言葉を詰まらせ目を泳がせるシヌ(テギョン)を見てミナムが上目遣いで軽く睨む。
「ヒョンってウソつくの下手だよね、顔に全部出てるよ」
空港でテギョンが生きていることを知ったミナムはテギョンがミニョを騙していると思った。どうしてそんなことをするのか、そもそもそんなことが可能なのかということはさておき、死んだとウソをついてミニョを苦しめていると腹を立てた。そのままの勢いで話があると告げたが、テギョンを待っている間に少し冷静になってきたミナムの頭に浮かんだのはこの間のシヌ(テギョン)の様子だった。
「どうやら俺は死んだみたいだ」
そう話した時の顔はウソをついているようには見えなかった。その場を誤魔化そうとか丸めこもうという思惑はいっさい感じられない顔。本当のことを言っているとしか思えない。しかしギョンセは病院にいると言っていた。昏睡状態だと・・・
アン社長からテギョンが見つかったという話はない。そのことは毎日シヌが確認しているからミナムも知っている。ギョンセの言う通りテギョンが病院にいるなら、なぜその連絡を社長にしないのか・・・
「そんなことを聞くために呼んだのか?」
「違うよ、まあ兄としては気になることの一つではあるけど、話ってのは別のこと」
自分は死んだというテギョン。
見つかったことを秘密にするギョンセ。
判らないことだらけだがその中でミナムは一つの仮説を立てた。ギョンセの不可解な行動はいったん無視をして、テギョンの意識が戻らないのはミニョのそばにいるからではないか、と。もしそうなら・・・
「テギョンヒョン、本当は“死んでないんだろ?”」
反応をうかがうように表情の変化を見る。
「・・・違うか。じゃあ、“死んでないよね”・・・いや、やっぱりこれだな、“死んでないよ”」
疑問から確認、そして断定へ。言い方を変えてはいるが内容は同じ。ミナムが言っているのは、“テギョンは死んでいない”ということ。
きっぱりと言い切り強い視線を向けてくるミナムに、テギョンは訝しげな顔を向けた。
「その顔はやっぱり自覚してないんだね・・・じゃあ教えてあげる、ヒョンは死んでないんだよ。でもこのままじゃ本当に死んじゃうかもしれない」
「何を言ってるんだ?テジトッキの声は聞こえなくても、今の俺の声は聞こえてるだろ。死んでないならどうして俺はここにいるんだ?ここにいる俺は誰なんだ?」
事故に遭い気がついたらテジトッキになっていたテギョンには、“死んでない”という言葉は本来なら嬉しいはずなのに、すぐには信じられなくて、「そうだったのか」なんて素直には受け入れられない。だいたい生きているならこんな状態でここにいるはずがない。
「そのことなんだけど・・・」
ミナムは空港での出来事を話した。