帰国するテギョンを出迎えるためミニョは空港へ来た。いつもなら騒ぎになるからと家で待っているのだが、昨日のミナムの言葉が気になってじっとしていられなかった。もちろんミナムも本気で言ったわけではないだろうし、ミニョもそれは判っている。疑っているわけでもない。だけど胸の奥がざわざわとして気がついたら空港にいた。
どこから情報を手に入れてくるのかテギョンを待ち構えるようにファンの団体がミニョの前を陣取っている。やがてテギョンが姿を現すと辺り一帯は黄色い声に包まれた。しかしそのファンの声はいつものように憧れのスターに対して最大限の愛情を示すものとは少し違い、動揺や戸惑いの色が混ざっている。そのことに気づいたミニョはファンの集団をかき分けると前に進み出た。
そして目の前の光景に息をのんだ。
そこには色の濃いサングラスをかけわずかに口元に笑みを浮かべるテギョンと、同じように大きなサングラスをかけた髪の長い女の姿があった。テギョンの手は女の腰を抱き、二人はぴったりと寄り添うように歩いていた。
彼女に向けられる微笑み、それは今まで自分に向けられていたものと同じに見えたミニョは、心臓をわしづかみにされたように胸の痛みと息苦しさを感じた。
「ミニョ、来てたのか」
ミニョに気づいたテギョンが目の前で止まりサングラスをはずす。そこには恋人のミニョを前にしながら親しげに他の女の腰を抱いている後ろめたさも、気まずさもまったく感じられない、普段通りのテギョンがいた。
一瞬、もしかしたらこれは何かの撮影なのかもしれないと思い辺りを見回してみるが、スクープを狙う記者のカメラしか見あたらない。冗談だと思っていたミナムの言葉が再びよみがえり、ミニョの声が震えた。
「あ、あの、オッパ、そのひと・・・」
「後でゆっくりって思ったがちょうどいい。こないだ電話で言っただろ、帰ったら話があるって。つまり、こういうことだ」
テギョンが腰を抱いていた女に顔を近づけ唇を合わせた。キャーッという複数の悲鳴がバックミュージックとなって流れる。
「話すよりこっちの方が判りやすいだろ、これ以上説明は必要ないよな。お前はただのメンバーの妹だから、もう俺には近づかないでくれ」
ショックで固まるミニョを残し、テギョンはざわめきとカメラのフラッシュとともに遠ざかっていく。
「オッパ、待っ・・・」
もう俺には近づかないでくれ
テギョンの言葉が頭の中に響き目の前で起こったことに縛りつけられ、ミニョはその場から一歩も動けなかった。
ぼんやりとした目に映っているのは見慣れた天井。ミニョはゆっくりと身体を起こすと辺りをぐるりと見回した。
「・・・夢・・・?」
今いる場所が自分の部屋のベッドだと判り、ミニョは大きく安堵のため息をついた。
カーテンを開けるとすっかり昇りきった太陽が眩しい。
テーブルに置いてあった携帯には寝ている間にテギョンからメールが来ていた。
『今から飛行機に乗る。着いたら連絡する』
短いメッセージはいつもと同じなのに、やけに素っ気なく感じた。
「いやな夢だったな」
暑い季節でもないのにべったりと寝汗をかいている。身体を伝う汗は運動をした後のものとはまるで違い不快感しかない。ミニョは汗とともに悪夢も洗い流そうとシャワーを浴びた。
どうしてあんな夢を見たのか。それはもちろんミナムの言葉が原因だった。浮気してると言われ、そんなことはないと思っていてもいやな方へいやな方へと考えが流れてしまう。しかしそこには、どうしてテギョンは自分なんかを好きでいてくれるんだろうという後ろ向きな疑問がいつも心の奥底にあったから。
芸能界という華やかな世界をほんの数か月だけでも経験したミニョには、自分よりもテギョンにふさわしい素敵できれいな女性は山ほどいると実感していた。(性格の悪い女がいることも痛感しているが)
テギョンと一緒にいる時には楽しくて忘れている自信のなさが、一人でいるとふとした拍子に広がっていく。
「ああ、こんなんじゃダメよ」
ミニョはマイナス思考を追い払うように頭を振り、両手でほっぺたを軽く叩くとバスルームから出た。すると待ち構えていたかのように携帯が鳴った。もしかしたらテギョンからかもしれない、そう思い濡れた身体にバスタオルを巻きつけ慌てて電話に出たが、相手はテギョンではなくミナムだった。
「もう、お兄ちゃんが昨日変なこと言ったせいで、いやな夢見ちゃったじゃない」
とりあえず文句を言っておく。人に話すと正夢にならないと聞いたことがあるから。
電話に出るなりいきなり文句を言ってくるミニョに、何のことだよといつものミナムなら返すのだが今日はちょっと様子が違っていた。
「さっきから何度もかけてるのにどうして出ないんだよ!」
やけに慌てたような、いらついた声が響く。異変に気づいたミニョは、シャワー浴びてたのよという言葉をのみこんだ。
「何かあったの?」
答えはすぐには返ってこなかった。そしてその沈黙がミニョを緊張させた。
汗とともに排水溝に流したはずのいやな夢が脳裏によみがえった。
「お兄ちゃん!」
「テギョンヒョンが・・・テギョンヒョンの乗った飛行機が・・・墜ちた・・・」
一瞬ミナムが何を言っているのか判らなかった。言葉は耳に入っていたが、まるで知らない国の言葉を聞いているかのように、脳の中には入ってこない。
テギョンヒョンノ ノッタ ヒコウキガ オチタ・・・
しばらくしてその意味を理解すると、ミニョの声は震えた。
「え?・・・やだ、お兄ちゃん・・・・・・変な冗談、言わないで」
「冗談なんかじゃない、冗談でもこんなこと言えるか」
苦しげに絞り出された声が、ミニョの思考を停止させた。