俺の言葉に反応したのは、シヌよりもミニョの方が先だった。
「えっ!」という声とともに、ずっと俯いていた顔が勢いよく上げられた。
「テギョンさん!どうして急に!そんな・・・」
大きく見開かれた目が不安げに揺れている。
「見ての通り、俺たちの関係は最悪だ。こんな状態でバンドが続けられると思うか?」
「でも、A.N.JELLにはテギョンさんがいなきゃ」
「ボーカルならミナムがいる。それに・・・ギタリストは必要だ。そう考えれば俺が抜けるのが妥当だろう」
俺はシヌに視線を向けた。
「テギョン、何を考えてる?」
「知ってるだろ、俺は自分勝手で、わがままなんだ」
皮肉を込めて、口の片端を上げた。
俺の突然の宣言に、シヌの顔からは優越的な笑みも苦々しい表情も消え、訝しむようにしわの寄った眉間と、細められた目だけが残っていた。それは ”どうせ本当にやめる気なんかないくせに” と疑っているようだった。
「社長への連絡は早い方がいいな」
俺はシヌの持っていた携帯に目を向け、ちょうどいいからとシヌに電話をかけさせた。そして社長が出ると、シヌの手から携帯を奪い、周りにも声が聞こえるようにした。
「アン社長、俺です」
「ん?何だテギョンか。どうした、こんな時間に」
「急な話で申し訳ないんですが・・・俺は今日でA.N.JELLを抜けます」
「・・・・・・は?・・・・・・ハハハ、テギョンでもそんな冗談を言うんだな」
「冗談じゃありません」
「ちょっと待て!急に何を言い出すんだ!?」
「それと契約の件ですが、更新はしないことにしたので事務所も辞めます。詳しい話は、また後日」
「おい、ギョン!」
俺は一方的に用件だけ言うと、電話を切った。
シヌの手に戻った携帯は、社長からだろう、呼び出し音が鳴り続けているが、シヌは電話に出ることなく、理解できないといった目で俺をじっと見ていた。
「正気か?」
「ああ、至ってな」
「辞めてどうする。別の事務所に移籍するのか」
「いいや・・・・・・俺は芸能界をやめる」
「テギョンさん!」
おろおろと何か言いたげに揺れていたミニョの目が、驚きに震えた。
「俺はシヌと勝負をした憶えはないし、したいと思ったこともない。それでもまだそんなものに拘るなら、今度は相手をしてやろう。A.N.JELLをやめ、事務所も辞めた俺と勝負したいならな。でもミニョは関係ない、お前のくだらない感情にミニョを巻き込むな!」
俺はシヌに向かって語気鋭く言い放つと、不安そうな顔をしているミニョに手を伸ばした。
「ミニョ、そんなとこで何をしてる。お前のいる場所はそこじゃないだろ」
何かを訴えるようなミニョの目。
そして俺の差し出した手に、ピクリと反応する。
そろりと上がる手を掴むと、俺はぐいと引き寄せた。
「今あるものを・・・これから手にできるすべてのものを放棄するつもりか?」
「ああ、ファン・テギョンはな。それは俺の望む世界じゃない。これからの俺は”皇帝”じゃない、ただの一人の男として輝いてやる」
俺の言葉の意味が判ったのか、シヌの表情が険しくなった。
「ずいぶん簡単に言うんだな」
「簡単に言ったつもりはないんだが・・・これから社長を説得しないといけないし、考えることも山ほどある。でも、今俺が一番に考えてるのは、ミニョのことだ」
歯噛みしているのか、シヌの表情は強張っている。
ミニョを腕の中に閉じ込め、俺は身体の横で拳を握るシヌに、静かな目を向けた。
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