突然肩を掴まれビクリと身体を震わせながらミニョが振り向くと、そこには背の高い金髪の男。
「行くな。」
命令口調の低い声音がミニョを引き止めた。
サラサラとした金髪に大きな黒いサングラスをかけた男の口元は、不機嫌そうに歪んでいる。
ミニョは驚きつつもその顔をまじまじと見つめ、首を傾げた。それはこの人物が誰だか判らないからではなく、なぜこんなところに、しかもそんな恰好でいるのかという疑問からだった。
「オッパ、どうしてここに?それにその頭・・・」
テギョンはこの前スンウが部屋に来た時、二人が何やらこそこそ話していることに気づいていた。ミニョに何の話をしていたのかと聞いても「何でもありません」と答えるだけ。しかし、いかにも何か隠してますと言わんばかりの不自然な態度と、今日出かける時のそわそわとした様子に何かあると睨んだテギョンは、変装用に用意してあった金髪のかつらをかぶり、ミニョの後を尾けてきたのだった。
「そんなことはどうでもいい、帰るぞ。」
ソファーに座り大きなサングラスで覆った顔を、更に広げた新聞で隠していたテギョンは、時折チラチラとミニョの様子を窺っていた。
ミニョがこのホテルに来た理由は察しがついていた。しかしなぜかミニョの前にはハン・テギョンがいる。
テギョンの手はミニョの手首を掴んだ。
「オッパ、待って・・・」
「ちょっと待ってください、ミニョちゃんが何の為にここに来たか知ってるんですか?」
「だいたいな。」
「だったら勝手に連れて行かないでください。まだ用事は済んでないんです。」
「必要ないから連れて帰るんだ。」
ミニョの小さな抵抗を無視し、ずんずんと歩いて行くテギョンの前にハン・テギョンが立ちふさがった。
「ミニョちゃんに知られちゃマズいようなことでもあるんですか?モデルの彼女とは何でもないと言っておきながら、本当は浮気してたんじゃないですか?以前から何度も二人でここに泊まってたとか、従業員にしゃべられちゃマズいようなことがあるんじゃないですか?」
普段は温厚な顔の男が険しい目でテギョンを責める。
「オッパはそんな人じゃありません。」
「だったらミニョちゃんの邪魔する必要ないだろ、ミニョちゃんは彼の為にってこうしてここに来たんだから。それが判ってるのに邪魔するなんておかしいよ。」
二人の間に割って入り厳しい顔をした男の正面に立つミニョの後ろ姿に、テギョンは以前のことを思い出していた。
いつだったか、それは事務所の前での出来事。あの時もこうしてミニョは背中を向けて立っていた。目の前には険しい顔をしたこの男。彼の口から出る非難の言葉はテギョンに向けられているのに、傷ついたのはミニョの方。
テギョンは二人の遣り取りに顔をしかめると、ミニョの手を引っ張った。
「オッパ、待ってください、私どうしても調べたいことが・・・」
外へ連れて行かれると思い抵抗するミニョをテギョンは近くのソファーに座らせた。そして向かい側に腰を下ろすとサングラスの奥からじっとミニョを見つめた。
「調べてどうするつもりなんだ。」
「ヘジンの言ってることがウソだって、証明したいんです。」
レストランへ行き、従業員の話からテギョンがヘジンをホテルまで送ったというのはウソだということがはっきりした。次はホテルの件。ぐったりと眠ったまま車に乗せられたテギョンが自力で部屋まで行ける筈もなく、それが証明できればテギョンが強引に部屋へ入り込んだというヘジンの言葉が真っ赤なウソだったということになる。
「どの記事を見てもヘジンの言ったことが本当のことみたいに書かれてて・・・だから私、それは違うってことをみんなに判って欲しいんです。」
「どうやって。」
「えっと、その・・・・・・調べたことを記者さんにお話しして、記事にしてもらいます。」
信じてもらえるか、記事にしてもらえるかは判らない。それでも何もしないでじっとしていることはミニョにはできなかった。
その気持ちは十分テギョンにも伝わっている。しかし傍にいる男の顔を見ると、どうしても眉間にしわが寄ってくる。
テギョンは苦虫を大量にかみつぶしたような顔をした。
「・・・何であの男がいるんだ。」
「お手伝いしてくださるそうです。」
「きっと役に立つと思いますよ。」
ミニョの後ろから自信満々の笑みを覗かせるハン・テギョン。
飲料メーカーに勤めている男がホテルでの聞き込みにどう役に立つのか。このホテルと取引があり仕事上の付き合い程度でそう言っているのなら、自分のことを過大評価しすぎじゃないのかとテギョンは心の中で笑う。
とっくにフラれて、しかもミニョは結婚までしているのに、今更少しでもいいところを見せようとしているのか。もしそうなら健気を通りこして滑稽だなと口の片端をわずかに上げたテギョンは、だったらそれを見せてもらおうじゃないかと立ち上がった。
「え?オッパも一緒に?」
「あたり前だ、あいつと二人でなんて、許せる訳ないだろ。」
二人が従業員と話している間、テギョンはその少し後ろで口をムニムニと歪ませていたが、金髪のかつらと顔を隠す大きなサングラスのおかげでファン・テギョンだと気づかれることはなかった。
従業員に話を聞いて判ったことは、テギョンがこのホテルに泊まったことを知っている人間が誰もいないということ。早朝はテギョンが男を殴ったことで多くの従業員がテギョンを見ていたが、それ以前の時間帯は、全く誰にも目撃されていない。テギョンが運ばれているのを見たという目撃者がいなければヘジンの発言をくつがえすことができず、「自信満々だった割には役立たずだな」とテギョンは口の端で笑ったが、ハン・テギョンはそんなテギョンの態度を一向に気にした様子もなく、落ち込むどころか逆にハハハと可笑しそうに笑った。
「テギョンさんて意外と存在感なかったんですね。」
小馬鹿にしたように笑っていたテギョンの口がひくひくと小刻みに震える。
何も情報を得られずミニョがため息をついていると、その肩を励ますようにポンとハン・テギョンが叩いた。
「人間は見てなくても機械なら見てる筈だよ。」
ミニョの前を歩くハン・テギョンは、『関係者以外立ち入り禁止』 と書かれた金属製の重いドアを開けた。
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