チャイムが鳴る。
テギョンがドアを開けるとそこにはマネージャーのスンウがいた。
「おはようございます。」
「ったく、俺は病人の筈なんだが。」
テギョンの片方の眉がピクリと動いた。
スンウの用件は彼が何も言わなくてもテギョンには判っていた。ドラマから降ろされ、アン社長に病人に仕立て上げられたテギョンはホテルから出られなくなっていたが、作曲の仕事は残っている。その進み具合を確認してくるように言われたのだろう。申し訳なさそうに立っているスンウを見てテギョンは中に入るよう促した。
「まだ最後のチェックが済んでない、あと少しだからちょっと待っててくれ。」
「もう出来上がってるんですか?」
テギョンはこのホテルに来て数日後にはキーボードを運び込んだ。鉛筆とお気に入りの鉛筆削りも揃っている。こうなることを予想していた訳ではないが、暇つぶしにとしたことが結果として大いに役に立っていた。
「時間だけはたっぷりあるからな。」
皮肉を含んだ言葉だが、それが全てという訳ではなかった。もともと意味もなく一人でぶらぶらと出歩く方ではないテギョンには、今のこの閉ざされた空間での生活はそれほど苦ではない。その上ミニョもいる。
しかし、だからといっていつまでもこの理不尽な状況に甘んじているつもりもない。テギョンがアン社長の指示に従い、おとなしくしているのはそれなりの理由があるからだった。
「奥さん、ミナムさんから聞きました。レストランとホテル、調べに行くって。」
「そのことオッパには内緒なんです。オッパは私には何もするなって、でも私じっとしてられなくて。」
ミニョはしぃーっと人差し指を口の前に立て、作業をしに奥へと姿を消したテギョンに気づかれないようにと声を小さくした。それにつられるようにスンウも小声で話しだす。
「そうなんですか、判りました、テギョンさんには黙っておきます。あと、ホテルの方なんですけど、俺の兄さんが力になってくれると思います。」
「お兄さんが?」
「従兄なんですけど一応例のホテルの関係者なんで。事情を話したら協力してくれるって。」
「本当ですか、助かります。」
ミニョはスンウの申し出を喜んで受けることにした。
ホテルのロビーでミニョはスンウに指示されたソファーに座り、スンウの従兄が来るのを待っていた。
顔も名前も判らない相手を待ち、控え目に辺りを窺う。しばらくすると、こんにちはと後ろから一人の男に声をかけられた。
「あの、すみません、今日は変なお願いをしてしまって。」
ミニョは相手の顔を見る前に立ち上がりそう言うと、ペコリと頭を下げる。
「久しぶりだね、ミニョちゃん。」
「テギョンさん!?」
再び顔を上げるとそこには穏やかに微笑んでいるハン・テギョンが立っていた。
「こんにちは、偶然ですね、こんなところでお会いするなんて。」
「偶然じゃないよ、スンウに頼まれたんだ。」
「じゃあスンウさんの従兄って・・・」
「そう、僕。」
ハン・テギョンはニコニコ笑うとミニョの向かい側のソファーに腰を下ろした。
「でもホテルの関係者だって・・・あ、もしかしてお仕事変わったんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・まあとにかく役には立てると思うよ。」
HSグループは食品会社以外にも事業展開していて、ホテル経営もその一つ。彼が直接ここで仕事をしている訳ではないが、多少の力は使えた。
「ずいぶん騒がれてるね。」
ハン・テギョンはゆったりとソファーに座り、熱いコーヒーをひと口含むとミニョへ視線を向けた。
「でもあれは本当のことじゃないんです。」
「僕も映像見たけど、どう見ても浮気現場にしか見えないよ。それでもミニョちゃんは彼のこと信じるの?」
「はい。」
日々、本人の意志とは関係なく情報は入ってくる。テレビをつければワイドショー、店の棚には週刊誌が並び、会社では他の社員が噂する。さすがに今回のことはミニョのことが気になり、自分から情報へと手を伸ばしたが、そこから得られたものはテギョンに不利なことばかり。
「もしかしたら知らない方がよかったって思うことになるかも知れないけど、それでもいいの?」
「大丈夫です、そんなことにはなりませんから。」
夫であるテギョンを信じる瞳には不安な色など一筋も見受けられず、ハン・テギョンの質問に対し、ただただ真っ直ぐな意思を向けるミニョ。
ハン・テギョンは手にしていたコーヒーカップをカチャリと置いた。
「判った・・・じゃあ行こっか。」
ハン・テギョンが立ち上がるとミニョもそれに続き、彼の後をついて行く。そのミニョの肩が後ろからがしっと掴まれた。驚いたミニョが振り向くと、サングラスをかけた金髪の男が立っていた。
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