マ室長の運転する車が警察署を出たのは昼をかなり過ぎた頃だった。
「示談で済んだとはいえ・・・最悪だな。」
アン社長はこの世の終わりかと思えるほど大きな大きな落胆のため息をつき、一冊の雑誌をテギョンへ渡した。
「今日出たやつだ。」
「なっ!これは・・・」
ページを捲ったテギョンが声を詰まらせる。それは昨日ヘジンがミニョへ見せた週刊誌だった。
”密会”と題した記事にはテギョンがヘジンの仕事が終わるのを待って、二人でどこかへ消えたという内容と共に、二人がキスをしている写真が掲載されている。その上今までにも何度かこっそり会っていたという事実無根の話まで。
「今朝ヘジンさんの事務所から電話があった。昨夜、彼女と一緒だったそうだな、朝まで。しかもベッドで寝てるところを撮られたって。とりあえず外に漏れないように何とかしてくれたようだが・・・不倫に暴行、警察沙汰、どれもマスコミが飛びつくネタだ。」
「ちょっ・・・待ってください、俺は何もしてない。それに殴ったのもあの男が・・・」
「言い逃れできるような状況じゃないぞ。キスも彼女とベッドにいたのも、人を殴ったのも事実なんだろ。俺たちは今までどこにいたんだ。」
「それは・・・」
怒ってまくし立てても不思議ではない状況だが、アン社長は静かにテギョンに確認をした。
否定できない事実にテギョンは唇を噛む。
雑誌に載っている写真・・・あの時スタジオの隅で突然されたキスがこんな風に報道されるとは夢にも思わなかった。その上で起きた今日の出来事。ハメられたんだといくら反論しても信じてもらえるとは思えない。
「うちとしてはノーコメントにしてあるからしばらくはじっとしてろ。事務所にも顔を出すな、家にも帰るな、あっちにも記者がうろついてる。だがそれはその記事に関してだ。暴行事件はまだ勘づかれてないようだが、ホテルでのこともバレるのは時間の問題だ。これからもっと騒がしくなるぞ。」
淡々としたアン社長の声が車内に響いた。
車が停まったのは山の中にある、こぢんまりとしたホテル。
「くそっ!」
持っていき場のない怒りを絨毯にぶつけエレベーターに乗ると、隣に並んだマ室長がチラチラと窺うようにテギョンを見た。
「俺がちゃんとホテルにいるか、監視するのか?俺だってこれ以上事務所に迷惑かけるつもりはない。」
「いや、本当のところヘジンさんとはどうなのか、気になって。テギョンがミニョさん裏切るようなことするとは思えないし・・・」
「いつもと逆のこと言うんだな。いつもならちょっといい加減な記事が出ただけで、「そんなヤツだったのかー」って大騒ぎするのに。」
「ああ、いや、あれは、別に本気で言ってる訳じゃ・・・」
ずり下がった眼鏡を指で押し上げ、ごにょごにょと口ごもるマ室長。
「俺たちみんなショックだったけど、ミニョさんはもっとすごいショック受けてた。どうしてこんなことになったのか、ミニョさんにはきちんと説明しろよ。」
部屋の前まで来ると、必要なものは先に届けておいたと言い残し、マ室長は去って行った。
テギョンはドアの前に立ったままポケットに手を突っ込んだ。家で心配して待っているミニョに連絡しなくては。しかし雑誌のことも含め、きちんと話をするには電話ではなく直接会って話がしたい。
一度家に帰ろうと踵を返したが、その足はすぐに止まった。
マンションの外には記者がいる。
テギョンが現れれば大騒ぎだろう。
だからここへ連れてこられた。
家には帰れない・・・
テギョンは天井を仰ぎ長い息を吐き出すと、携帯を握りしめたままドアノブに手をかけた。重いスチール製のドアを開け、憂鬱な面持ちで部屋へ足を踏み入れたテギョンの身体はその瞬間、物理的な衝撃に数歩後退った。
突然誰かにタックルするように抱きつかれ、目を丸くするテギョン。
衝撃を与えた主はテギョンの身体を愛おしそうに一度ぎゅっと抱きしめると、ゆっくりとその腕から力を抜いた。
「ミニョ、どうしてここに。」
「マ室長がしばらくの間、ここに泊まった方がいいって。」
部屋の中には数日分の着替えが入っているであろうスーツケースと、ソファーにはテジトッキ。
そして目の前にいるのはミニョ。
『必要なものは先に届けておいた』
「今までの仕事で一番いい出来だな。」
テギョンは口の両端をわずかに上げた。
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