「一体何がどうなってるんだ・・・」
眉間にしわを寄せたテギョンは思い出せない昨日に焦りながら苦い顔をした。
『この状況でそんな言い訳通用すると思ってるんですか』
マネージャーの言うことはもっともだ、誰が見ても同じことを言うだろう。でも自分は何もしていない。
「テギョンさん、憶えてないんですか?私さっきはあんなこと言ったけど、本当はちゃんと憶えてるんです。昨夜のこと憶えてないなんて、悲しい・・・あんなに愛してくれたのに・・・」
胸を隠すように布団を抱きしめているヘジンの声が震える。
テギョンは俯くヘジンを射るように見た。
「それはウソだな。」
どうして裸でヘジンと寝ていたのか判らない。しかしテギョンは言い切った。
それは肉体的な感覚からではなく、もっと精神的なもの。
もし仮に記憶を失くすほど飲んでいたとしても、ミニョ以外の女は抱かないだろう。触れたいと思うのはミニョだけ。たとえどんなに美人でも、どんなに魅惑的なボディでも、ミニョ以外には興味がない。
ついさっきも隣に横たわるヘジンを見て、嫌悪感しか抱かなかった。
だからテギョンは断言した。ヘジンの言ったことはウソだと。
記憶がないことと今のこの状況から、他の男なら少しは焦りの表情を見せたかも知れないが、ヘジンの言ったことを否定するテギョンの顔には少しの戸惑いの色も見られなかった。
するとヘジンは俯けていた顔を上げ、けろりと笑って見せた。
「あ~あ、選択を間違えたみたい。媚薬にでもしとけばよかった。」
「まさか食事に何か・・・」
眠気に襲われたのは何となく憶えている。てっきり仕事の疲れとつまらない話の相乗効果で一気に眠くなったと思っていた。しかし今の言葉から考えられるのは ―― 睡眠薬。
「証拠はありませんよ、何も。あるのはテギョンさんと私が一晩ベッドで過ごしたっていう事実だけ。不倫だなんてマスコミが大喜びしそうなネタですよね。」
「こんなことして困るのはヘジンも同じだろ。」
「心配してくれるんですか?嬉しいな、でも私なら大丈夫です。だからテギョンさん、このまま本当にしちゃいませんか?ミニョには黙ってますから。」
妖艶な笑みを浮かべ、ベッドへと引きずり込もうとするヘジンの手を払いのけると、テギョンは即座に部屋を出た。
ヘジンのマネージャーが上手くやってくれたのか、廊下には誰もいない。テギョンはエレベーターに乗り込むと一階に降りた。
朝早いせいか、ここまでは誰にも会わなかった。ロビーをざっと見回すが、従業員以外人影は見当たらない。
テギョンはサングラスをかけ直し、なるべく気配を殺しながら俯きぎみに一歩踏み出した。その途端、腕にどんっという衝撃が。どこから現れたのか小柄な男がテギョンの身体にぶつかった。その男はまとわりつくような視線でテギョンを見上げ、ニタリと卑しげな笑いを浮かべた。
「そんなにこそこそと慌てて帰らなくても、もっと堂々と帰ればいいのに。昨夜は楽しんだんだろ、いいなぁ、俺もいろんな女、抱いてみたい。」
男はニタニタと笑ったまま。無視してそのまま通り過ぎようとしたテギョンだが、その歩みは肩を掴む男の手に阻まれた。
「あんたの奥さんも結構遊んでるみたいだね、シヌにジェルミ・・・記事になってないだけで他にも男がいっぱいいるんじゃないの?」
「何?」
どこかのガラの悪い記者なら相手にしないのが一番だとそのままやり過ごそうとしたが、思いがけず男の口から出たミニョの名前にテギョンはピクリと反応した。
「そんなに怖い顔しなくても、本当のことだろ。にしてもあんたの奥さん、俺好みだわ。綺麗なおっぱいも感度良さそうだし、俺も今度相手してもらおっかなー。あ、でもイケメンじゃなきゃ相手してくれないか・・・じゃあ拉致るか。仕事帰り、待ち伏せしてやるよ。目隠しして、手足縛って・・・無理矢理って興奮するよな、あんたの奥さん、そういうのも好きそうじゃない?」
一呼吸置く間もなくニヤニヤと笑う男の顔が身体ごと後方へ吹っ飛んだ。テギョンの右拳はきつく握られ、わなわなと震えている。
自分のことなら何を言われてもいい、我慢できる。しかしミニョのことを侮辱され、その上危害を加えるようなことを言われては我慢ならない。
カッとなったテギョンの拳は確実に男の左頬にヒットした。
女性従業員の悲鳴に警備員が駆け寄ってくる。
尻もちをついた男は顔を歪め、血のついた口元を手の甲で拭った。
テギョンは男の胸ぐらを掴んで立たせると、そのまま壁に叩きつけるように押し付け鋭く睨みつけた。
「ミニョに手を出してみろ、ただじゃおかない。」
「はっ、誰が手ぇ出すかよ、あんな色気のない女、興味ないし。」
「何?」
男はニヤッと笑うと大きく息を吸った。そして・・・
「いってぇー口ん中切れた。おーい、警察呼んでよ、け・い・さ・つ!この男に・・・A.N.JELLのファン・テギョンに、いきなり殴られたー」
大声で騒ぎ立てる男。
数名の警備員に囲まれ戸惑うテギョン。
偶然通りかかったパトロール中のパトカーがホテルの前に停まる。
「お、おい、ちょっと待ってくれ!俺は・・・」
問答無用で両脇を抱えられるようにがっちりと腕を拘束されたテギョンは、そのままパトカーに乗せられた。
宜しければ1クリックお願いします
更新の励みになります
↓