ヘジンからミニョへ電話があった。
テギョンとのことを話してから連絡の取れなかったヘジン。
ミニョはヘジンと会う約束をした。
穏やかな音楽が流れるカフェ。
偶然会ったあの日、この店で笑顔だったヘジンの瞳は、今は冷たい光をミニョへと放っている。優しい曲を聴きながら、ゆったりと過ごす周りの客とはまるで空間を隔てたように、緊迫した空気はミニョとヘジンを無音の世界で包んでいた。
「私のことバカだと思ったでしょ。それとも優越感でいっぱいだった?自分の夫のこと好きだって告白する女、目の前にして。」
「そんな・・・そんなこと思ってない。」
「いいわよ別に、どう思われても気にしないから、ミニョも私のこと気にする必要ないわ。それよりもミニョはテギョンさんのこと気にしたら?ああ、他にも気になる男の人、いっぱいいるか。シヌさんとジェルミさんの記事、見たわよ。あれって、ミニョでしょ?大胆よね、浮気するなんて。」
呆れたように笑うヘジンの冷たい視線がミニョに突き刺さる。
「え?あれは違う、全然そんなんじゃなくて・・・」
今日はテギョンのことをもっと早く説明しなかったことを謝るつもりで来た。しかし予想外の話をされ、ミニョはうろたえながら首を横に振った。
「テギョンさんずいぶんショック受けてたわよ。」
「本当に違うの、オッパだってそれは判ってくれてる。」
「そういうフリをしてるだけでしょ、本心は判らないわよ。あんな記事が出て、あそこに写ってるのが自分の妻だっていつ世間にバレるか判らない。もしバレたらマスコミはテギョンさんのとこに押し寄せるのよ。そんな面倒なこと、誰だって嫌でしょ。軽はずみな行動がテギョンさんに迷惑かけるって判らない?」
テギョンも言っていた。「お前の周りに記者が押し寄せることはない」「シヌを家に入れたことは許せない」と。自分のせいでテギョンに迷惑をかけ、嫌な思いをさせているのは事実。
ミニョは反論できなかった。
言葉を詰まらせたミニョに、ヘジンは畳み掛けるように言葉を続けた。
「テギョンさんに愛されてるからって、テギョンさんの優しさに甘えていい気になってたんじゃないの。そのうちテギョンさんに捨てられるわよ。ううん、もう捨てられてるかも。」
ヘジンはおもむろにバッグの中から一冊の雑誌を取り出した。
「これ、明日発売の週刊誌。出版社に知り合いがいて特別に一冊くれたんだけど・・・」
ヘジンがパラパラとページを捲り、ミニョに見せたのはテギョンとヘジンがキスしている写真。
「お仕事じゃないわよ、完全にプライベート。こないだテレビ局のスタジオ出たらテギョンさんが私のこと待ってて。話があるっていうからついてったら、ひと気のないスタジオの隅で・・・」
ヘジンに不意打ちのキスをされた後、テギョンはまるで汚れた唇を拭うかのように手の甲で擦っていたのだが、記事は”密会”というヘジンに都合のいいことしか書かれていない。
「まさかこんなとこ撮られるなんて思ってもみなかったから困ってるの。ホント、気をつけなきゃいけないのは私も同じね。」
困っているという言葉とは裏腹にヘジンの顔はにこやかに笑っている。
「テギョンさん今日、公州でしょ。私も後からそこに行くの。夜二人で食事することになってるわ、もちろんプライベートで。知らなかった?ま、いちいち言うことじゃないわよね、仕事だって言えばミニョ素直に信じそうだし。テギョンさん私のこと離してくれなかったらどうしよう。明日のお仕事、朝早いのよね。」
はっきりとは言わなくても、それがどういう意味なのかミニョにも判る。
開かれたページを見つめ、息を詰まらせているミニョをヘジンは楽しそうに眺めながら、ストローでグラスの中身を吸い上げた。
「それ・・・目障りね・・・」
笑みを浮かべていたヘジンがスッと真顔になると、小さく呟いた。そして軽く腰を浮かせ、ミニョの襟から覗く銀色のチェーンに手を伸ばし、指を引っかけた。
「これ、テギョンさんからのプレゼントでしょ。」
無表情のまま、くっと引っ張ると、チェーンがミニョの首から離れていった。
「あ、ゴメンね切れちゃった。でも私、ちょっとよく見せてもらおうとしただけなのよ。すごく軽く引っ張っただけで切れちゃうなんて、あっけないわね。それって、テギョンさんの心がミニョから離れたがってる証拠じゃない?もう必要ないでしょ、私が処分しといてあげるわ。」
ヘジンはゆらゆらと星を揺らしたまま、チェーンを握りしめた。
「返して!」
いつも自分の胸元で光っていた星が他人の手に渡り、ミニョは咄嗟に立ち上がった。
ネックレスを取り返そうとするミニョ。取られまいと手を高く上げるヘジン。
その手が後ろから何者かに硬く掴まれた。
「あんた子供の頃からいじめっ子だったろ、そんな匂いがぷんぷんする。」
突然現れたハンチング帽をかぶった男はヘジンの手首を掴んだまま、もう片方の手で自分の顎に生えた短い髭をすっと撫でた。
「ソンジェ君!」
そこに立っていたのは幼馴染のソンジェ。
「それはミニョの大事な物だろ、返してもらうよ。」
そう言うとソンジェはヘジンの暴挙を制している手に力を込めた。
ヘジンの顔が微かに歪む。
「ミニョの周りって、本当に男ばっかりね、呆れるわ。きっとテギョンさんも同じ思いよ。」
きつく握られた手首の痛みからネックレスを手放すと、ヘジンは捨てゼリフを残し、ミニョの目の前から去って行った。
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