「私は嫌よ!」
それはミナムが話をしようとした時、ヘイの口から発せられた言葉。
強い瞳に見つめられ、ミナムは一瞬たじろいだ。
「俺、まだ、何も言ってないけど・・・」
「聞きたくないの、そんな話。だから先に私が言うわ、別れるのは嫌!」
きっぱりと言い切ったヘイの瞳はその口調とは裏腹に、風に吹かれたろうそくの炎のように揺れながらミナムを見つめた。
「私は意地っ張りで、素直じゃなくて・・・ミナムみたいに愛してるって言葉なかなか言えない。つい素っ気ない態度とったり、思ってることと反対のこと言ったりする。でもミナムが他の女と一緒にいるのを見るのは嫌なの。ミナムが好き、誰にも渡したくない。ミナムがあの女のことを好きだと言っても、私と別れたいって言っても、私は嫌よ!」
揺れていたヘイの瞳は最後にはしっかりとミナムを捉えていた。それはミナムの心を必死でつなぎとめようとする強い瞳。
ヘイの全身に力が入り、バッグの紐を握る手にも力がこもる。
詰め寄るような勢いに押され黙って聞いていたミナムはしばらく考えを巡らすが、一向に出ない答えを求め、疑問の表情をヘイへと向けた。
「別れるって・・・何のこと?」
「だってミアって娘と・・・」
そのまま互いに相手の顔をしげしげと見つめること数秒。
「大事な話・・・って・・・私と別れたいって・・・話じゃ・・・ないの?」
「何でいきなりそんな話になるの?」
「・・・え?」
想像していたものとは違った成り行きに、微かな脱力と大きな戸惑いを見せるヘイ。
ミナムはヘイの様子から何かを読み取ると、全てを理解したように笑みを浮かべた。
「俺・・・ヘイとずっと一緒にいたい。」
静かなミナムの視線はその言葉が嘘偽りのないことを証明するように、真っ直ぐにヘイへと向けられている。
それはヘイにとって予想もしていなかった、いや、できる筈のない言葉だった。
激しく雨の降る夜、ヘイの部屋で別れて以来、まともに会話をすることもなかった二人。ヘイを避けていたのはミナムの方。そして別の女との熱愛報道。ミナムはそれを否定することなく、テレビでハッキリと二股はできないと言っていた。
それらのことを全て合わせて考えると、今日のミナムの話というのは、ヘイには別れ話以外に考えられなかった。
「何考えてるか判らないって顔だ。」
「あ、当たり前でしょ。考え直すって言って私のことずっと避けてて、他の女とつき合って・・・」
「俺、他の女となんて、つき合ってないよ。」
「ウソ、新聞もテレビもネットもみんなミナムとミアって女のことばっかりじゃない。」
「でもつき合ってないし、好きでもない。俺が好きなのはずっとヘイだけだから。俺はヘイだけを・・・愛してる。」
その言葉にヘイの唇が震えた。
何度も聞いた・・・また聞きたかった・・・もう聞けないと思った言葉。しかし嬉しい筈の言葉もミアのことが心に影となり、素直に喜べない。
「俺、あの時ヘイの未来に俺は必要ないのかってすごくショックだった。無性に腹が立って・・・しばらくは口もききたくないって、ヘイのこと避けてた。そんな時にミアに声かけられたんだ、つき合って欲しいって。まあ正確にはつき合ってるフリをして欲しいって頼まれたんだけど。」
テレビ局のカフェでミアは相談といいつつ、ミナムに頼みごとをした。
グラビアアイドルといってもなかなか売れる気配がないミアは、名前を売る為にはどうしたらいいかと考え、有名人とスキャンダルをおこすことを思いついた。その相手に選んだのがミナム。
「・・・で、その娘に協力してあげただけだって言うの?恋人のフリしてただけだって。・・・泊まったんでしょ?」
「ちょうどうまい具合にどっかの記者がうろついてたからね。写真撮らせる為にわざと。つっても俺は一人でずーっとゲームやってただけなんだけど。」
「そんなの信じられると思う?」
「でも本当のことだし。」
「ミナムの言うことが本当だとして・・・その娘は騒ぎになってそれでいいかも知れないけど、ミナムはどうなのよ。」
「イメージ悪いだろうな~、ヘイとつき合ってんのに他の女にも手を出したって。あ、ネットじゃいつの間にか別れたことになってたな。」
「他人事みたいに言わないでよ。何の為にそんなことする必要があるのよ。何のメリットがあるの?」
それまでヘイの言うようにどこか他人事のように笑っていたミナムの顔から笑みが消えた。そして気まずそうにヘイから視線を逸らすと口を尖らせ、ポツリと呟いた。
「・・・やきもち焼いて欲しかったんだ・・・」
ヘイを避けていてもずっとヘイの様子を窺っていた。
カフェでミナムとミアが話をしているところを見たヘイは、あきらかに動揺し、イライラとしていた。それをミナムは見逃さなかった。
「五年先、十年先は判んなくても、今は俺のことが好きなんだってヘイに思い知らせたかったし、俺が確認したかった。」
子供じみた理由だということはミナム自身が一番よく判っている。それでもムキになってしまうのはヘイのことが好きだから。
「それにメリットはあったよ。ヘイは俺のことが大好きだって判ったし、プロポーズに首を縦に振ってくれない理由も何となく判った。で、こっからが本題。今日一番話したかったこと。」
ミナムは小さな咳払いをすると、コクンと唾を飲みこんだ。ステージでも感じたことのない緊張感がミナムを包む。
「本当はレストランで言うつもりだった。でっかいバラの花束も用意してたのに・・・こんな場所じゃ、ムードがないってまた怒るかも知んないけど、俺、すぐにはここ出られそうにないから。」
思うように動かせない身体を横たえたまま、ミナムは真剣な眼差しをヘイに向けた。そして心を落ち着けるために大きく吸った息をゆっくりと吐き出す。
「ユ・ヘイさん、俺と、結婚してください。」
ヘイの心を探るように驚きに見開かれたその瞳をじっと見つめる。
「あれは思いつきなんかじゃない、俺、パーティーのずっと前からヘイにプロポーズしたかった。でもミニョが結婚するのを見届けるまではってずっと我慢してて。だからブーケが飛んできた時、もういいんだよって神様に背中押されたような気がしたんだ。あの時は、今だ!って思ったけど、みんながいるから何だか恥ずかしくて・・・あんな風な言い方しかできなかった。」
『結婚しよっか』
冗談だと思われても仕方ないような言い方をしてしまったと悔やんだ。
「家族のことまで気が回らなくてゴメン、俺そういうの疎くて。でも子供の頃に育った環境は俺にはどうしようもないんだ。親がいたらって思ったこともあったけど、よく考えたらあそこで育ったから今の俺がいるんだし、ヘイにも会えたんだと思う。だから俺、何言われても胸張ってヘイの両親、説得する。」
ミナムには話していなかった、両親に反対されていることとその理由。どうしてそのことを知っているのかとヘイの瞳が驚きに揺れた。
「こないだワンコーディーと飲みに行ったろ、あの時俺、ヘイの後ろのテーブルにいたんだ。そこで全部聞かせてもらった。ヘイの気持ちとヘイが俺に言えなかったこと。返事をしない一番の理由がそれなら、大丈夫、俺にまかせて。だから今度こそこれを受け取って欲しい。」
痛みを堪え、わずかに顔を歪ませたミナムが布団から出した左手。手の甲に貼られたガーゼには血がうっすらと滲み、手首から肘にかけて巻かれた包帯が痛々しい。その手に握られていたのは白いレザーのリングケース。
左手だけで蓋を開ければ、中にあったダイヤの指輪がキラリと輝いた。
「もしかしてあの日、ミナムが家まで連れてってくれたの?」
どうやって帰って来たのか記憶になかったあの日。気がついたらベッドの中で、身体を起こしたらガンガンと頭が痛かった。
「ヘイすごく酔ってたし、俺しか家開けれないだろ。久しぶりにヘイに触ったのに、キスだけで我慢して帰るの、辛かったんだぞ。」
茶化したようにミナムが笑う。
ヘイの返事は決まっていた。それは、本当はずっと前から。
「・・・・・・私のパパは、怖いわよ。」
「攻略のしがいがあるな。」
ミナムの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
ベッドの端に腰かけ、控え目に出されたヘイの左手に、ミナムが指輪をはめた。そして痛みを堪え、顔へと伸ばした指先でヘイの目尻に浮かぶ涙をそっと拭いとる。
「ヘイ・・・キスしたい。」
「・・・・・・」
ミナムの手はヘイの頬を穏やかに包み、ヘイは引き寄せられるようにゆっくりとミナムに顔を近づけた。
そっと触れた唇は、互いの想いを確かめ合うように優しく何度も重なり続ける。
「・・・ヘイ・・・飲んだな。」
ミナムの口内にふわりとアルコールの香りが漂った。
「一時間も待たされたんだからね。」
「俺は半年以上も待たされた。」
勝ち誇ったように口の端で笑うミナムにヘイは何も言えない。
「既成事実、作ろっか。子供ができたって言えば、俺のこと認めない訳にはいかないんじゃない?」
「ミナム・・・パパに殺されるわよ。」
思いもよらないミナムの提案にハァ~とため息をついたヘイだが、心の片隅でそれもありかも・・・と考えると、微笑む唇で今度は深く口づけた。
。.:*゜゜*:..☆ 。.:*゜゜*:..☆ 。.:*゜゜*:..☆ 。.:*゜゜*:..☆ 。.:*゜゜*:..☆
すっかり遅くなってしまいましたが・・・
あけましておめでとうございます。
ずっと書きたかったミナムとヘイのお話。
何とか書きあげることができました。
『いつの間にか結婚してた~』 ということも可能ですが、この二人はお気に入りキャラなのでプロセスをちゃんと書きたかったんです。
ふぅ~・・・やれやれって感じ(´▽`)
ってまだ結婚はしてませんが(笑)
テギョンもミニョも全然出てこないお話におつき合いくださり、ありがとうございました。
もう思い残すことはありません。
あ、ミナムとヘイに関しては、ですけど(;^_^A
本当は12月中にキリをつけたいと思ってたんですがずるずると年を越してしまいました。あとちょっとだけ下書きのストックがあるので、それをアップしたら予告通りしばらくお休みをいただきたいと思います。
その間にクリスマスに受けたダメージを完全回復し(笑)、ラストに向けて突っ走る!
・・・予定ですσ(^_^;)
そして、今年こそ本編を終わらせるぞーっ!
(ああ、何だか毎年同じことを言っているような気が・・・)
のんびりな更新ですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
本年もどうぞよろしくお願いしますm(_ _ )m
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