下にあるカフェへ誘われ、ミナムはエレベーターへ向かった。
「あ、すいませーん、乗りまーす。」
ちょうど下へ行こうとしているエレベーターを見つけ、ミアは大きな声をあげた。そしてミナムの腕を掴んで走り出す。
「おい、わざわざ走らなくても、次のに乗ればいいだろ。」
「予定が詰まってるなら少しでも早い方がいいでしょ。」
少し混んだ中へ入り込んだ。
一応彼女なりに気を遣っているらしい。だったら最初から声をかけるなと思いながらミナムは狭い空間の中で隣に目を向けた。
グラビアアイドルというだけあって、目鼻立ちは整っている。スタイルも悪くない。だがいまいち印象に残らない。初めて声をかけられた時も、その日同じスタジオで何度か顔を見ている筈なのに、共演者だということを思い出すのに少し時間がかかったくらい、印象が薄かった。
「おとなしく女子大生だけやってりゃいいのに。」
そうすればそれなりに人気があったんじゃないのかとミナムは思ったことをポロリと口にした。
競争の激しい芸能界では多少顔がよくても印象に残らないというのは致命的だ。良くも悪くも顔を憶えてもらえないことには何も始まらない。
「ほんと、グラビアのお仕事もほとんどこないし、ドラマのお仕事も同じ事務所の先輩が病気になって、偶然私に回ってきただけだし。」
ミアはオレンジ色のグラスを持ち上げストローを口に含むと、ちゅーっと液体を吸い上げた。
「ヘイさんはいいなぁ、ドラマも映画もいっぱい出て、みんなの妖精って呼ばれてちやほやされて。仕事一つとってくるのにも苦労してる私なんかとは大違い。羨ましいなぁ。」
「ヘイが努力してないとでも思ってんのか?睡眠時間削って台詞覚えてダンスのレッスンもして。プロデューサーは無理な要求するし、人間関係だって楽じゃない。食事も毎日気ぃ遣ってんだぞ。それにだいたいお前いつからこの仕事やってんだ。新人が偉そうな口たたくな。」
腹が立った。ヘイの画面には映らないところでの努力の積み重ねを知りもしないで。ちやほやされるのと同じくらい陰口が多いことを知りもしないで勝手なことを言う女に。
そしてヘイの一番の理解者だと思っていた自分も、結局のところ、何も判ってなかったんだと思うと、自分に腹が立った。
普段のミナムからはおよそ見られることのない鋭い視線がミアに向けられる。しかしそんな視線に臆することなくミアはオレンジジュースをごくりと飲んだ。
「でもやっぱり一番羨ましいのはミナムさんの恋人ってことですよね。ミナムさんってカッコいいし、優しいし・・・あっちの方も良さそう・・・」
ミアの口元が妖艶に微笑んだ。
艶のある視線がミナムへ向けられる。
ガタンと椅子が鳴った。
立ち上がったミナムは無言でその場を去ろうとしている。
ミアは慌ててその手を掴んだ。
「怒っちゃいました?」
「寝る男が欲しいんなら他をあたれ。」
「あああ、違います、今のはちょっとした冗談っていうか、反応が見たかったっていうか・・・」
「話ってのはこのことなのか?別の女を好きでも構わないから抱いてくれって?」
「だから違いますって、とにかくちょっと落ち着いてください、注目の的ですよ。」
ガタンという椅子の音が思いの外大きかったらしく、周りの客や従業員はミナムとミアの方を見ている。
ミナムは辺りを見回すと、口元を歪めながら再び椅に子座った。
「俺と寝たいんじゃないなら何なんだよ話しって。俺は暇じゃないんだからな。」
さっさと本題に入れと言うミナムに、ミアはニッコリと笑いかけた。
「あんまり大きな声じゃ言えないんですけど・・・」
そう言うとミアは周りを気にするようにチラチラと視線を店内へ巡らせ、軽く腰を浮かせると顔をミナムの方へ近づけた。
ボソボソと小声でしゃべるミアの話を頬杖をつきながら面倒くさそうに聞いていたミナムは、話し終え、楽天的な笑顔を見せる目の前の女を異質なものでも見るような目で見た。
「マジでそんなこと考えてんの?」
「はい、冗談でこんなこと言えません。」
「その場合、俺が被るリスクって考えてる?」
「いいえ、まったく、ぜんぜん。」
真剣な顔で首を横に振るミアに、ミナムはこみ上げるものを抑えきれずプッと噴き出しクスクスと笑った。
「いいねえ、そういう正直なの。俺好きだよ。」
初めて自分に向けられた笑顔と、好きという言葉にミアの顔には期待の色が浮かぶ。
「じゃあOKですか?」
「うーん・・・ちょっと考えさせて。」
短く答えるとミナムは一度奥へ視線を走らせ、店を出た。
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