テレビCM 子役募集!
資格 2~5歳の男女
プロダクションと契約のない子供で・・・
そんな広告がネットに載ったのは少し前のこと。それ自体は特に珍しくも何ともないが、CMの相手役がファン・テギョンということで短期間の募集だったにもかかわらず応募が殺到。
オーディションの結果は3歳の女の子に決まった。
しかし、CMの相手役が子供だということをテギョンが知ったのは撮影当日。
「これは一体何の冗談だ?」
スタジオに入ったテギョンは隅の方でくまのぬいぐるみを抱えている小さな女の子を見て、口の片端をひくつかせた。
「おいテギョン、そんな怖い顔するな、子供がビビるだろ。」
振り向いたマ室長は不機嫌オーラ全開のテギョンを見て少し怯んだ。
「アン社長から聞いてただろ?テギョンがOKしたって言ってたぞ。」
アン社長が?
確かに子役がどうとか言ってたような気がする・・・とテギョンは数日前のことを思い出す。しかしアレンジ作業中で話の内容はほとんど頭に入っておらず、適当に返事をしていた。
以前にも有名な子役とCMを撮ったことはある。しかし数回NGを出された子役はやがてぐずりだし、疲れて動けないだの、このジュースは嫌いだから別のがいいだの、我儘放題。あまりにもイラついたテギョンはその子供を思いっ切り睨み、その結果、撮影は翌日にまでもつれこんだ。
その話は有名で、それ以来テギョンに子供と共演する話は来なかったのに、なぜ急に?と不審に思う。
「絡みがあるのはちょっとだけだ。こないだミンジュンと一日過ごしたんだから、それくらいどうってことないだろ。」
ハハハと軽く笑うマ室長に、こいつが原因か・・・とテギョンは非難を込めた視線を向ける。
たとえ数カットであろうと、感情を上手くコントロールできない小さな子供が相手では撮影がスムーズにいくとは思えない。途中で泣き出しでもしたらたまらないなと、大きなため息をついた。
そんなテギョンの考えは素直に顔に表れてしまい、マ室長はテギョンの憂鬱そうな表情を見て、大丈夫だとポンと肩を叩いた。
「あの子はすごいらしいぞ。オーディションで怒ってる顔とか睨んでる顔とか、とにかくいろんな表情のテギョンの映像を見せたらしいんだが、ずっと笑ってたそうだ。」
「そんな基準で選んだのか?」
「テギョンとのCMだ、大事なことだろ。でもそれだけじゃないらしい、他にも審査員全員一致であの子にした決定的な理由があるって聞いた。」
マ室長はその内容までは知らないと言ったが、テギョンにとってそんなことはどうでもよかった。
泣いて撮影が中断されなければそれでいい。子供の機嫌を直す間、待っていなければならないという無駄な時間を過ごしたくないだけで、どうしてあの子に決まったのかなんて、気にする必要も興味もなかった。
女の子と一緒にいるのは二十代前半くらいの若い母親だった。
募集していたのは小さな子供で、応募してきたのは子供本人ではなくその母親。そして相手役がファン・テギョンということもあり、オーディションに落ちた多くの子供の母親と同様、この母親もテギョンの大ファンだった。
「今日はよろしくお願いします。」
本物のテギョンを目の前にし、緊張しているのか母親は上ずった声で大きく頭を下げそのまま固まっている。
ファンということを強調するでもなく、控え目な態度はテギョンに好印象を与える。
もっとも今日の相手は目の前の女性ではなく、その後ろに隠れている小さな女の子なのだから、母親の印象は問題ではない。あいさつ程度の会話だけでいい。
問題は子供だ。
「よろしく。」
テギョンは母親から視線を外すと子供の目線に合わせてしゃがみ、その子に声をかけた。
くりっとした丸い目の持ち主の女の子は、恥ずかしいのか母親にしがみついている。
それでも母親に促されると、おずおずと言った感じでテギョンの前に立ち、お辞儀をした。
子供と関わることが滅多にないテギョンにとって、小さな子供とは以前一緒にCMを撮った子役のように小生意気で、マ室長の甥っ子のようにバタバタと騒々しいイメージしかない。それに比べ、スタジオの隅でぬいぐるみを抱えている子供はおとなしくテギョンの撮影している姿を見ている。
子供にとって、興味を引くものがたくさんあるスタジオで、ニコニコしながらテギョンだけを見ている姿は、テギョンに「もしかしてあの子供も俺のファンか?」と思わせるほどだった。
撮影は思いの外スムーズに進んでいき、後は数カットを残すのみ。
「緊張しなくていいからね、笑顔で元気よくやればいいよ。」
監督にそう言われた女の子はコクリと頷いた。
スタートの合図で女の子は、タタタッ・・・とテギョンの方へ走っていく。そして・・・
「パパ!」
叫びながら駆け寄ってきた子供をテギョンがよいしょと抱き上げた。
「どこでも好きなとこ、連れてってやるぞ。」
台本に書いてある台詞だが、小さな目を覗き込むテギョンに女の子は、まるで本当に今から父親と出かける子供のように、満面の笑みを浮かべた。
撮影は無事終了。それは子供と共演するのは苦手だとずっと思ってきたテギョンが拍子抜けするほど、あっさりと終わった。
マ室長の言っていた審査員が全員一致でこの女の子に決めた理由とは、テギョンに向かって『パパ』と言うことで、オーディションでテギョンの映像を見ながら一番自然な感じでそう呼べたのがこの子だった。
「テギョンも少しは子供に慣れてきたみたいだな。やっぱりミンジュンと一日いたのがよかったんだな。」
「この前の・・・まさか、わざとじゃ・・・」
ホッと息をつきミネラルウォーターを飲んでいたテギョンは、このCMの為にわざとあの子供を預けたんじゃないかと勘ぐる。
「誤解だ、あれはいきなり妹に押しつけられて、俺も仕事が忙しくて・・・」
慌てて否定するマ室長を横目で見ながらペットボトルを傾ける。
「あー、でも今回はいい経験だろ。そのうちテギョンも子供ができたら、今日みたいに「パパ」とか呼ばれるんだぞ。」
確かにあの時はミニョにべったりくっつくミンジュンがほんの少し気に入らなかったが、今日は小さな子供にパパと呼ばれ、何だかくすぐったいような不思議な気持ちがした。
自分もいつかは本当にそう呼ばれる日が来るだろう。
「パパか・・・悪くないな。」
小さな声で呟きながら口の両端をわずかに上げたテギョン。
その上着の裾を小さな手がギュッと掴んだ。
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