昼過ぎには事務所へ顔を出さなければならないテギョンは、朝食を済ませるとミニョを乗せ、海辺のホテルを出発した。
海岸沿いを走る車窓からは、どこまでも広がる海が見える。
「もうちょっといたかったですね・・・」
名残惜しそうに海を見つめているミニョの横顔はどこか寂しげに見え、そんなにここが気に入ったのかとテギョンは意外に思った。
史跡や名所がある訳ではない、というよりはっきり言って海しかない海辺の町。
夏の海水浴客の為だけに建てられたようなホテルは、一体どうやったら経営が成り立つのか判らないくらいシーズンオフには客がいない。がらんとしたロビー。エレベーターでも、廊下でも、いるのかどうかも判らないが、他の宿泊客と顔を合わせることがなかったという点では、鬱陶しい視線を感じなくて済む分、テギョンには居心地がいい場所ではあった。
しかし、それがミニョにため息をつかせるほど魅力的で、離れがたい思いを抱かせているとは到底思えない。
一体ここの何がそんなによかったのか?
ミニョの顔は海に向けられたまま。
儚く消える海の泡に魅せられたのか。寂しく繰り返される波の音に心を奪われたのか。
だがテギョンにはそんなことはどうでもよかった。ミニョがここを気に入ったというのなら、また来ればいい。それだけのこと。
「また来るか?」
テギョンの言葉に、沈んでいたように見えたミニョの顔が輝いた。
「本当ですか?嬉しいです!ここのご飯、本っ当においしかったんですよね。」
あれもおいしかった、これもおいしかったと食べた料理をひとつひとつ思い出し、ご機嫌のミニョ。
海辺の町だけあって、魚介類はどれも新鮮で種類も豊富。なぜかロケではほうれん草ばかり食べさせられたテギョンも、ホテルでの魚料理には満足していた。
しかしあまりにも予想外のミニョの台詞。と同時に、あまりにもミニョらしい答えに、テギョンは込み上げる笑いを抑えることができなかった。
「じゃあちょっと行って来ます。」
帰る途中で立ち寄った一軒のコンビニ。
倒したシートに軽く伸びをしながら横になるテギョンへ声をかけると、ミニョは店の中へと入って行った。
「どれにしようかな。」
真っ直ぐに食品コーナーを目指したミニョは、お菓子の並ぶ棚の前で足を止めた。
甘いものも食べたいし、ちょっと辛いものも食べたい。ぽろぽろと食べカスが落ちると目つきが鋭くなるテギョンの横で、睨まれないようにお菓子を食べるには、ぱくりと完全にひと口で口に入るもので・・・と、どれにするかなかなか決められない。
こうやって選んでいる時間も楽しいが、あまりテギョンを待たせる訳にもいかないし・・・
「とりあえず、これと、これと・・・」
うーん、うーんと悩みつつ、二つ、三つ・・・とお菓子をカゴに入れ、最後にテギョンのミネラルウォーターと自分のジュースを手に持つと、レジに並んだ。
選ぶのに手間どり、買い物に思ったよりも時間がかかってしまったミニョは、お釣りを受け取ると急いで車へ戻ろうとし、財布をバッグにしまいながら歩き出した。
「きゃっ!」
「ごめん、大丈夫?」
視線は手元に向けられていて、完全にミニョの前方不注意。
身体に感じた衝撃は、誰かにぶつかったことを示していて、反射的に短い声を発したミニョに、頭の上から慌てたような男の声がかけられた。
ぶつかったのは自分の方なのに、先に相手に謝られてしまい「すみません」と口にしながら足元に散らばった紙を集めようと、ミニョはその場にしゃがんだ。
相手の男がファイルに挟んでいたものだろう。空のクリアファイルを片手に書類を拾っているスーツ姿の男は、大きな背中を丸め、床に手を伸ばしている。
足元の紙を集め、最後に少し遠くへ行ってしまった一枚を拾ってくると、ミニョは手に持っていた紙をまとめて男の方へ差し出した。
「すみませんでした。」
「いや、ありがとう。」
立ち上がった男は、一緒に書類を拾ってくれたミニョへ礼を言う為に顔を上げた。
その時初めて二人の視線が合った。
「久しぶり。」
申し訳なさそうに眉毛を下げていたミニョの瞼が驚きに見開かれた。
「あっ・・・」
声を詰まらせたミニョの目の前には、小さく笑う、ハン・テギョンが立っていた。
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