アフリカの病院で目が覚めてから、記憶を失くしていたり、テギョンさんに恋人がいたり、シヌさんの恋人が私だったり、でもそれは本当のことじゃなかったり・・・と、ショックなことの連続だったけど、今のテギョンさんの言葉はその中でも群を抜いていた。
『俺がコンサートで告白した相手はお前だ』
そう言われた直後は言葉の意味がすぐには理解できなくて、キョトンとしてしまった。
テギョンさんの顔を見ながらもう一度さっきの言葉を考えて・・・て・・・
えええ――っ!!!
「俺が好きなのはお前だ」
とどめとも言えるテギョンさんのひと言。
テギョンさんの告白した相手は私?
テギョンさんの好きな人は私?
じゃあ私は、テギョンさんのことを、好きでいてもいいってこと?
しばらくの間、呆然としてしまった。
気がつくと私の顔を見ながらテギョンさんが口元に拳を当て、笑っている。クックッと堪え切れずに漏れ出た声が聞こえ、肩が小刻みに震えていた。
「お前が帰る場所は俺のところだって言っておいたのに、ずいぶんと遅かったじゃないか」
気を取り直すように小さな咳払いをすると、テギョンさんはフンと口元を歪ませた。
でもそれは機嫌が悪いっていうより、拗ねてるって感じに見える。
その顔を見てると、今まで何も知らずに悩んでいたのは一体何だったんだろうって思えてきて。
「どうして・・・どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか。私、テギョンさんには彼女がいるって・・・好きになっちゃダメだって、すごく苦しかったのに。どうして何も言ってくれなかったんですか」
胸の奥が熱い。感情が高ぶったせいか、止まっていた涙が再び頬を伝って流れ落ちた。でも今はそれを気にしている余裕はなく、私はテギョンさんに詰め寄るように一歩近づいた。
「ちょっと待て、あのコンサートのことを知ってそんな風に誤解してるなんて思う訳ないだろ」
さも当然という顔をするテギョンさん。
「一人で誤解して、勝手に俺のこと避けて・・・合宿所でお前、思いっ切り突き飛ばしただろ。傷ついたのは俺の方だったんだぞ。お前が憶えてないだけなのに、何で俺が責められるんだ」
うっ・・・そんなこと言われても・・・
詰め寄った筈の私はテギョンさんに反撃され、返す言葉もない。
悔しいんだか悲しいんだかはっきりとしない複雑な感情がぐるぐると渦を巻いていて、私は唇を噛むと、どんどん溢れてくる涙を何度も拭った。
しゅんと俯く私の姿に、今のはちょっと言い過ぎたと思ったのか、少し言葉を濁しながらテギョンさんは話を続ける。
「俺だって・・・お前が記憶を失くしたって聞いた時は、今までのこと全部話せばいい、俺が思い出させてやるって思った。でも・・・考えが変わった。思い出す必要はない、俺のことを憶えてなくても、これから好きになればいいって。気持ちを切り替えるのに多少時間はかかったけど、でも・・・何も言わなくても、過去のことを話さなくても、絶対にまた俺のことを好きになる、そう思ってた。俺よりいい男なんて、そうそういないからな」
自信に満ちた表情。
キッパリと言い切るテギョンさんに、ずいぶん自惚れてるんですねって思ったけど・・・実際にその通りになったんだから何も言い返せない。
「俺を好きになったのは義務感から、じゃないだろ?」
私の顔を覗き込むように見て得意げに笑うテギョンさん。
それってお兄ちゃんの・・・
私は最後の涙を拭い、彼を上目遣いに見ると、コクリと頷いた。
大きく広げられた腕が再び私の身体を拘束する。
さっきみたいな力強さはないけど、優しく包み込まれる感覚は何だか気持ちがいい。心臓はドキドキと速いリズムを刻んでいるけど、それすらも心地いい気がした。
何の予備知識もない、無垢な心で私はテギョンさんを好きになった。テギョンさんもそれを望んでいた。過去を思い出すんじゃなくて、今この状態の私がテギョンさんを好きになることを。
それってもしかして、私の記憶が戻らないってことを知ってたからかなって思ったけど・・・私はあえてそれを聞かなかった。
『数日中に何か少しでも思い出せなければ、この先、記憶が戻る可能性は非常に低いでしょう』
アフリカの病院を出る時、お兄ちゃんと医師(せんせい)が話してるのを、こっそり聞いてしまった。私が目が覚めた時に医師(せんせい)から聞いた内容とは違うもの。
その時は信じられなかったし、信じたくなかったけど、未だに何も思い出せないところをみると、本当のことなのかなって最近思うようになった。
記憶を失くす前、私がどんな風にテギョンさんを好きだったのか、二人で過ごした時間がどんなものだったのか。
確かにあった筈の時間が、私の頭の中からは消えている。
ごめんなさい・・・
私の想いだけじゃない、私に向けてくれたテギョンさんの想いも失くしてしまった。今の私には、前にもこうして優しく抱きしめてくれたのかなって想像することしかできない。
「ごめんなさい・・・思い出せなくて・・・」
言葉にすると、その事実を噛みしめるようで、一層哀しくなる。
でも・・・頭の中の記憶にはなくても、きっと心のどこかで憶えていることはあると思うから。
私はテギョンさんの胸に顔を埋め、そっと背中に手を回した。
「お前は悪くない、だから謝るな」
低い声が優しく響く。
想いを伝えるように、テギョンさんは私の身体をきつく抱きしめてくれた。
いつの間にかやんでいた雨。雲から顔を覗かせた月が私達を優しく照らしている。
濡れて銀色の艶を帯びたテギョンさんの髪は、その美しい顔を際立たせていた。
月明かりの下、まるでドラマのラブシーンのように見つめられると、速い鼓動が苦しくて、私は広い胸をぐいっと押した。
恥ずかしくて思わずとってしまった行動だったけど、どうもそれが気に入らなかったみたい。
テギョンさんの口が尖りだす。
「またか・・・どうして俺を突き飛ばす」
「そんな・・・突き飛ばしてなんかいません。顔が近くて・・・そんな風に見られていると、何だかすごく恥ずかしくて、緊張して・・・ちょっと離れただけです。」
テギョンさんは不満げに尖らせた唇をムニムニと左右に動かした。
「見られているのが恥ずかしいなら、目を瞑っていろ」
目を瞑る?・・・確かに目を瞑ってしまえば、どれだけ近くで見つめられても私には判らないから、少しは恥ずかしくないけど。
そう思って私はテギョンさんに言われたように目を瞑ろうとして・・・
あれ?ダメ、瞑れない。
「あ、あの、目を・・・瞑れません」
なぜだか私の瞼は私の意志に反して閉じようとしてくれない。
息がかかるほど近くに顔を寄せ、たじろぐ私の姿をまじまじと不思議そうに眺めていたテギョンさんは、やがてフッと小さな笑いを漏らした。
「もう一度ってのも・・・悪くないかもな・・・」
何だか楽しそうな顔と呟かれた言葉。
不意に目の前が暗くなり・・・
「ミニョ」
耳に残る、魅惑的な声。
闇夜を照らしていた月の光が遮断されたのは、私の目を覆うように置かれたテギョンさんの手によるものだと気づいた時には・・・私の唇は、ちょっとだけひんやりとする彼の唇に塞がれていた。
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おわり・・・のつもりでしたが、一話追加します。
いや、ここで終わっておいた方がいいような気も・・・
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