会いたかった。
恋人のいるテギョンさんにそんなこと言っても迷惑なだけかも知れないけど、私にはこれ以上自分の気持ちを抑えることはできなかった。
「会いたいって・・・それは人を睨みながら言うような言葉なのか?」
テギョンさんの片方の眉が上がる。
睨んでるつもりはない。ないんだけど、感情的になっている今、少しでも気を抜いたらとめどなく涙が溢れてきそうで、それを堪えようとぐっと力を入れれば入れるほど睨んでるように見えてしまうみたい。
「だいたいお前は俺が嫌いで避けてたんじゃないのか?」
「あの、そうじゃなくて・・・」
確かに私はテギョンさんを避けていた。でもそれは決して嫌いだからじゃなくて、むしろ好きだから避けていたんであって。
あの時の私はシヌさんのことを恋人だと思ってたし、シヌさんを裏切るようなことはできないし、テギョンさんのことを忘れようとなるべく近づかないようにしていて・・・
「だから、それは・・・」
「言いたいことがあるならハッキリ言え、聞いてやるから」
フンと口の片端を上げたテギョンさんは腕組みをした身体を柵にもたれさせ、私の方をジロリと睨んだ。
さあ、納得のいく説明をしてみろ!とでも言わんばかりのその様子に私は少しひるみながらも、心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
「合宿所に来て少し経った頃、物置で古い新聞を見たんです。そこにはシヌさんのことが書いてあって・・・」
記憶にはない出来事に私の頭は混乱した。
自分がシヌさんの恋人だって思ったこと、好きにならなきゃいけないって思ったこと、でもずっとテギョンさんが気になってたこと、テギョンさんを避けてた理由。
あの記事を見てから今日までのことを全部話した。
「恋人だった筈なのに、私の心の中にはずっと他の人がいたことをシヌんさんに謝りました。その時に、あの記事の内容は本当のことじゃないって知ったんです」
違ってた。
私はシヌさんの恋人じゃなかった。
恋人として好きになれなかった罪悪感のようなものから解き放たれた気がした。
そして、お兄ちゃんの言葉が蘇る。
『思うようにすればいい』
「シヌさんのことがあったから、ずっと言えなかったことがあるんです。あの・・・」
ドクドクと速い鼓動が苦しくて、私は一度大きく息を吸い、テギョンさんの目をじっと見た。
「好きになっても・・・いいですか?」
私の言葉は正しくないのかも知れない。これから好きになるんじゃなくて、もうとっくに好きになってるんだから。
でも、テギョンさんのことを好きになっちゃいけない人だと思っていた私が、ずっと言いたかったこと。
顔が熱い。暗いからテギョンさんには見えないと思うけど、私の顔は真っ赤になってると思う。
テギョンさんは何も言わない。少し口元を歪めたまま、じっと私の方を見ているだけ。
その沈黙が怖かった。
「迷惑だ」・・・とあっさり言われてしまうような気がして、その言葉を聞くのを少しでも遅らせようと、私は言葉を続けた。
「テギョンさんに恋人がいるのは知ってます、新聞にも雑誌にもコンサートの告白のことがたくさん載ってたのを見ました。世界で一番大切にしたい人だって。・・・私の方を見て欲しいなんて言いません、だから・・・好きになっても・・・好きでいても、いいですか?」
どんな言葉が返ってくるのかと考えると、私の顔は段々と俯いてしまう。
こんなにも人を好きになったのは初めてで、でもその人にはもう好きな人がいて。
苦しくて・・・それでもどうしようもない想いは心の中で大きく膨らんで。
私には精一杯の告白だったと思う。
それなのに・・・
「その程度か?」
私の告白に対するテギョンさんの声は冷たかった。
「俺を好きだという気持ちはその程度なのか?」
いつの間にか降り出した雨は、暗い闇に吸い込まれるように、静かな音を立てながら消えていく。
その冷たい雨よりも、私に向けられているテギョンさんの視線の方が、ずっと冷たく感じられた。
「ただ好きでいるだけで満足なら、ファンと変わらないな。お前は俺のファンになりたいと言っているのか?いや、ファンだって自分に気づいてもらいたくて、自分を見て欲しくて、必死で手を振るぞ。お前はそれすらしないで見てるだけでいいと、ただの自己満足で終わらせると言うんだな」
冷たい雨が降る。
言葉という名の、冷たい雨が、私の心に降り注ぐ。
「そんな・・・じゃあどうしたらいいんですか?テギョンさんには彼女がいるんです、私はテギョンさんに迷惑かけたくない。どうしようもないじゃないですか。それなのに・・・好きでいることもいけないんですか?」
シヌさんを恋人だと思っていた時、テギョンさんのことをファンとしてなら好きになってもいいのかな?って思ったこともあった。
でもダメだった。
ファンとしてじゃなく、テギョンさんに見て欲しい、テギョンさんの傍にいたいって。
でもテギョンさんには彼女がいる。特別な人がいる。
私が今、ここにこうしていられるのは運が良かっただけ。お兄ちゃんの妹だから。じゃなかったら、直接会うこともなかった遠い遠い存在。テレビの中でたくさんの歓声に包まれて光り輝く星のような人。
そんな人を相手にファンじゃ嫌だって思ってしまった私は、どうしたらいい?
「そうじゃない。俺の恋人がどうとかそんなの関係ない。お前がどう思ってるのか、どうしたいのか、本当の気持ちを聞いてるんだ」
テギョンさんの額にかかった前髪の先端から滴が落ちた。
あれは雨。
でも私の頬を伝っているのは雨だけじゃない。瞼から溢れるものを止められない。
「言いたいことがあるんだろ?言えなかったことがあるんだろ?だったらちゃんと全部、自分の気持ちを俺に言え!」
テギョンさんが私を見つめる。
そこにはさっきまでの冷たい感じはどこにもなく、真剣な目で私の心を探ろうとしているみたいに見えた。
私は流れる涙を拭うとテギョンさんを見上げた。
「私は・・・私はテギョンさんが、好きです。テギョンさんが誰を好きでも、この気持ちは変えられない。シヌさんのことを好きにならなきゃって思ってた時も、ずっとずっとテギョンさんが心の中にいて・・・。ファンじゃ嫌です、遠くから見てるだけなんて嫌です。ずっと傍にいたい、私だけを見て欲しい、私だけを好きになって欲しい。でもそんな風に思う自分が嫌で・・・でもやっぱり好きって気持ちはどうしようもなくて・・・」
!!
一瞬、何が起こったのか、判らなかった。
なぜそうなったのかは、もっと判らない。
「遅いっ!三ヶ月だって言ってたのに、いつまで俺を待たせるつもりだ。・・・ったく、お前が好きになってもいいのは俺だけだ、二度と忘れるなよ」
テギョンさんの声が耳元で聞こえる。
耳に息がかかるくらい近くで、テギョンさんがしゃべってる。
私の頬に触れているのは雨で濡れたテギョンさんの上着。
身体が痛い。
それくらい強い力で、私はテギョンさんに抱きしめられていた。
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