運が良かったんだと思う。
事故に遭って記憶がなくなったり、好きになった人には恋人がいたり、と今まで私って運が悪いなって何度も思ったことがあったけど、今日この時に関しては、絶対に運が良かったと思う。
私の乗ったタクシーの運転手さんは、何だかあやふやな私の説明を一生懸命聞いてくれて、はっきりとしない目的地を一緒に探してくれた。
あの時車に乗っていた時間と、あそこからみた景色を話すと、ここじゃないかな・・・って場所へ連れてってくれて。
切れかかった電灯がチカチカと光る薄暗い駐車場に見覚えのある青い車を見つけた時は、大声で「ここですっ!」って叫んじゃった。
何度も頭を下げて、何度もお礼を言うと、タクシーのおじさんは「彼氏と仲直りできるといいね」って。
”ケンカした彼氏と仲直りする為に捜してた”って思ったのかな?
はぁ・・・それ以前の問題です。彼氏じゃないし、テギョンさんには恋人がいるし・・・
私は苦笑いを浮かべながら、去って行くタクシーに頭を下げた。
会いたいっていう勢いでここまで来ちゃったけど、もしかしたら彼女と一緒かも・・・って思うと、ちょっとだけ足がすくんだ。
でも、どうしようって戸惑いながらも私の足はどんどん先へと進んで行く。
以前連れてこられた時は、テギョンさんの背中を追いかけながらも周りの木々や街灯に目を向けていた。でも今はテギョンさんがいるだろう頂上を目指して、前だけを見て坂道を歩いて行く。
どんどん上って行き、急に視界が開けると、前に私が柵を握りしめ立っていたところと同じ場所に一つの人影が見えた。
鼓動が速くなる。
目頭が熱くなる。
胸が苦しい。
会いたいと思っていた人が、ほんの数メートル先にいる。
堪え切れずに溢れた涙を拭いながら、大きく息を吸うと私は更に近づいた。
「テギョンさん!」
私の声に振り向いたのは、ずっと会いたかった人。
「な・・・どうしてここに・・・」
すぐ傍まで行くと、驚くテギョンさんの顔がよく見えた。
「どうしてじゃありません!テギョンさんこそどうしてここにいるんですか、ここで何をしてるんですか?倒れたって聞いて、病院からいなくなったって聞いて・・・みんな心配してるのに!」
会えて嬉しい筈なのに、そんな想いは一瞬でどこかへ吹き飛んでしまったみたい。
気がつくと私は大きな声で怒っていた。
「お前も・・・心配したのか?」
「当たり前です!」
心なしか顔に笑みが浮かんでいるように見えるテギョンさんに腹が立った。
どうして涙が出るんだろう。私は怒ってるのに。
でもやっぱり会えたことが嬉しくて。
居ても立ってもいられないくらい心配で、じっとしていられないくらい会いたくて。
ここくらいしか思いつくとこがなくて、いなかったらどうしようって不安になって。
車を見つけても、彼女と一緒だったら・・・って。
心配、動揺、不安、怖れ、憂い・・・
様々な想いとなって流れていく涙を、私は何度も拭った。
「病院にはいないし携帯がつながらないってジェルミが慌ててました。早く連絡してください」
「携帯なら車に置いてきた、電話ならお前がしておけ」
「私は携帯持ってません。アフリカで事故に遭った時に無くしました」
「はあ?・・・ったく・・・ならほっとけばいい。病院にはちゃんと許可をもらってあるし、社長も知ってる。ジェルミが勝手に騒いでるだけだ」
「でも倒れたって・・・安静にしてなきゃいけないって」
「ちょっとした過労だ。点滴打ってベッドで安静にしてたぞ、二時間ほどな」
テギョンさんの片方の口元が少し上がる。
「じゃあ身体は・・・大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。社長は二、三日ゆっくりしろと言ってたから、ホテルでのんびりするつもりだ」
私はへたへたとその場に座り込んだ。
ぴんと張りつめていたものが緩んでしまったみたいで、すぐには立ち上がることができない。
そんな私の様子を見下ろしていたテギョンさんは、私の腕を掴むと無理矢理ぐいっと上へ引っ張り上げた。
「今度は俺が質問する番だ。どうしてお前がここにいる?」
「それは・・・だから・・・テギョンさんが心配で、捜して・・・」
私はテギョンさんに腕を掴まれたまま、おずおずと彼の顔を見上げた。
「どうしてこの場所に来た?」
「月を見てるのかなって思って。今日は新月じゃないし・・・」
「今日は曇ってて月は見えないぞ。他の場所にいるとは思わなかったのか?」
「だって・・・ここしか思いつかなかったし・・・」
「もしここにいなかったらどうしてたんだ?」
ここにいなかったら・・・
「さっさと諦めて合宿所に帰ってたか?」
矢継ぎ早にされる質問に、私の顔は徐々に俯いてしまう。
諦める?
ううん、違う。たぶん私は・・・
私は下を向きながら首を横へ振った。
きっと私はずっと捜してたと思う。あてなんか全然ないけど、それでもずっと捜してたと思う。
「どうしてそこまでする必要がある?」
そんなの・・・そんなの決まってる。
胸が痛い。まるで今まで閉じ込めておいた想いが出口を求めて暴れてるみたい。
「・・・だって・・・会いたかったから・・・」
涙が頬を伝って流れ落ちた。
呟くように答えると、唇を噛み、俯けていた顔を上げてテギョンさんの顔をまっすぐに見た。
「会いたかったんです。テギョンさん合宿所から出て行ったきりずっと帰って来ないし、テレビだけじゃ物足りなくて・・・寂しくて・・・ずっとずっと、会いたかったんです!いけませんか?」
私はテギョンさんの目をじっと見ながら、自分の気持ちを彼にぶつけた。
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