下がバタバタと騒がしい。 聞こえてきたのはお兄ちゃんとジェルミの声。
帰ってきたんだなって思ったけど、どうやら騒がしいのはそのせいだけじゃないみたい。
なぜか大声でテギョンさんを呼ぶ声が聞こえる。
やがて下で走り回っていた足音は階段を上ってきた。
「テギョンヒョーン・・・あ!シヌヒョン、ミニョ。テギョンヒョン帰ってない?」
ひどく慌てた様子で青い顔をしたジェルミがおろおろとシヌさんと私の顔を見る。
「テギョンならホテルだろ?何を騒いでるんだ?」
「それが・・・テギョンヒョン、ドラマの撮影の後で倒れたって。病院に運ばれたって聞いたから、俺仕事が終わってから様子見に病院に行ったんだけど、テギョンヒョン病室からいなくなってて・・・安静にしてなきゃいけないらしいんだけど、どこにも姿が見当たらないんだ。ホテルにも寄ってみたんだけど、そこにもいなくて・・・携帯は繋がらないし、どこ行ったか判んなくて。もしかしてこっちに帰ってるんじゃないかと思ったんだけど・・・」
シヌさんが私の方を振り返る。
私はずっと合宿所にいたから、テギョンさんが帰ってくれば気づいた筈。でもテギョンさんはここへは来ていない。
私はシヌさんの顔を見ながら首を横へ振った。
「テギョンヒョン人混み好きじゃないし、こんな時間に開いてる店なんてそんなにないから心当たりは全部捜したんだけど・・・あ~~、テギョンヒョン、どこ行っちゃったんだろ。失踪?どっかで倒れたり事故に遭ってなきゃいいんだけど・・・」
心配そうな顔でうろうろとその場を歩き回っていたジェルミは爪を噛むと、バタバタと階段を下りて行った。
「どこ行ったんだ、テギョンのヤツ・・・」
眉間にしわを寄せたシヌさんがため息をつく。
倒れた!?安静にしてなきゃいけないのに、そんな身体で一体どこへ・・・
「あの、もしかして、彼女の家・・・ってことはないですか?」
「ああ、いや・・・それはないな」
もしかしたらその人のところへ・・・と思うと、胸がズキンと痛んだけど、可能性としては充分考えられると思う。でもなぜかシヌさんはそんな私の考えを一蹴するようにあっさりと否定した。
「まあ、連絡が取れないなんてことよくあることだし、病院だってきっと居心地が悪いからとかそんな理由で勝手に出てきちゃったんだと思う。あいつ、そういうとこあるし。ジェルミはああやって大騒ぎしてるけど、心配しなくても大丈夫だよ」
不安に揺れる私の瞳を覗き込むと、シヌさんは私を安心させるようにそう言って背中をさするように軽く叩いた。
そうかも知れない。
携帯なんて、出たくないだけかも知れないし、充電切れかも知れない。
私なんかよりもずっと長い間テギョンさんと一緒にいて、私なんかよりもずっとテギョンさんのことを知ってるシヌさんがそう言うんだから、大丈夫なのかも知れない。
でも・・・
頭でそう思っても、私の心はいうことを聞いてくれないみたい。
ずっとずっと心の奥の深いところに埋めてあった私の心は、今では心の中全体に広がって隅々まで浸食してしまったように、テギョンさんへの想いで埋め尽くされている。
会いたい・・・
抑えられない想い。
会いたい――
そう思うと居ても立ってもいられなかった。
そわそわと落ち着かない気持ちでいっぱいになり、じっとしていられない。
でもテギョンさんがどこにいるのか判らない以上、どうしようもない。
私はザワザワと騒がしい胸を抱え、唇を噛んだ。
「ミニョ、テギョンのことなら大丈夫。明日になればきっと何事もなかったように事務所に顔出すだろうから、そしたら教えてあげるよ。今日はもう遅いから休んだ方がいい」
シヌさんの温かい手が私の頭の上に乗せられる。
でも・・・
「シヌさん・・・今日って、月、出てました?」
「月?さあどうかな・・・曇ってたような気がするけど・・・」
突然月の話をしだした私をシヌさんが訝しげな顔で見る。
何の根拠もなければ確信なんて微塵もない。
ただ何となく、月を見てるんじゃないかと思った。
というか、私にはそれしか思いつかない。
暗い夜空を眺め、月しか見えないと言ったあの人の声が忘れられない。
寒空の下、嬉しそうに月を見上げていたあの人の横顔が忘れられない。
会いたい――
その思いが私の身体をつき動かす。
「ミニョ、どこに行くつもりだ?」
私はシヌさんの声を背中で聞きながら、合宿所を出た。
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