日のすっかり暮れた夜の街。賑わう繁華街から少し離れた場所で明かりを灯す一軒の店。
ドアを開け店の中へ足を踏み入れたミナムはアルバイトの男性に「いる?」と声をかけた。以前にもこの店に来たことがあるミナム。バイトの男性はミナムにペコリと小さく頭を下げると、店の奥へとソンジェを呼びに行った。
「あ、今日はもういいよ、お疲れ。」
バイトにそう声をかけながら奥から出てきたソンジェは、ミナムの後ろから顔を覗かせたミニョに笑顔を向けた。
「えっと、そっちの人は・・・知り合い?」
「ああ、ヒョン?まあね、ちょっと興味があるんだって。人見知りするタイプだから、気にしなくていいよ。」
興味があるっていうか気になるのは商品じゃないんだけどね・・・と、ミナムは心の中でこっそり舌を出す。
店の入り口で中をキョロキョロと見回している男に「どうぞゆっくり見てって下さい」とソンジェは声をかけた。
幼馴染三人はレジの置いてあるカウンターで話をしている。テギョンはサングラスの奥からその様子をチラチラと窺っていた。
とても仲の良かった幼馴染のソンジェ。
ワンと行った店で偶然ソンジェと再会した時はとても驚いた。そしてつい最近ミナムから聞いた話にも。
毎日のように日が沈むまで一緒に遊び、翌日学校でまた会う。
好きか嫌いかと問われれば、もちろん「好き」ではあったが、そこに恋愛感情があったかどうかなどミニョは意識したこともなかった。
ただ漠然と一緒にいるのが楽しいとしか思っていなかった子供の頃。
十年以上会わない間に背も見上げるほどになり髭まで生やして・・・
「似合ってるのかな、それ。」
「変?俺は気に入ってるんだけど。」
ミニョの視線が自分の顎に向けられていることに気づくと、ソンジェは指で短い髭をひと撫でした。
「んー、私の知ってるソンジェ君は小学生だったからね。それが急におじさんになったみたい。」
「おじさんはないだろ、同い年なのに。そんなこと言うならミナムだっておじさんだろ。」
「俺がおじさんならテギョンヒョンも確実におじさんだな。」
ニヤリと笑うミナム。
お兄ちゃん酷い、オッパはおじさんじゃないもん!とミニョは目でそう訴えると、ミナムの靴をコンッと軽く蹴る。
ミナムは店の隅でキャスケット帽を手に取っているテギョンをチラリと見ながらプッと噴き出した。
「帽子、今でも被ってるんだね。」
「ああ、コレ?」
「子供の頃いつも被ってたよな。あの頃はずっと同じプロ野球チームの帽子だった。」
「好きなんだ帽子、ここに置いてあるのも俺好みの物ばっか。売れ残ったら自分で被ろうと思って。最近はアクセサリーよりもこっちの方が場所とってるかも。」
ソンジェは笑いながら被っていたハンチング帽を深く被り直す。
「あの人もさっきからずっと帽子見てるけど、好きなのかな。」
ソンジェはキャップを目深に被ったテギョンへと視線を向けた。
「ヒョンの場合は好きっていうより、無いと困ることがあるからね。」
プライベートでは特に騒がれるのを嫌い、帽子が欠かせないテギョン。
「それより何か話があったんだろ。」
ミニョに会いたいと何度も言ってきたソンジェ。どんな内容だか大方見当はつくが、たわいない話ばかりしているソンジェにしびれを切らしたミナムは早く本題に入れと急かす。
ミナムに促されるがソンジェはどことなく話し辛そうだ。
チラチラとソンジェの視線を感じたミナムは、判ったよとその場から離れた。
店の隅へ行くミナムを見届けると、ソンジェは意を決したように大きく息を吸った。
「俺、ミニョに謝らなきゃいけないことがあって・・・子供の頃、俺がミニョに構うことでミニョが嫌な思いをしてること・・・俺、何となく気づいてた。でもあんまり深く考えてなかった。俺が皆に注意すれば大丈夫だろうって。それに俺はミニョといるのが楽しかったし、それのどこがいけないんだって思ってて・・・考えが足りなかったんだ。」
「ソンジェ君・・・」
「十何年ぶりにミナムに会って話をした時、そのこと思い出して・・・連絡取りたかったけどミナムは全然教えてくれないし、それって俺のこと怒ってるからじゃないかなって思ったら余計ミニョに会いたくなって。でも実際会ったら会えたことが嬉しくて・・・いきなりだったし、頭の中真っ白になって、謝るどころじゃなかった。だから・・・今更って思うかもしれないけど・・・ゴメン。」
ミニョの前ではいつも笑顔だったソンジェ。こんな風にしょんぼりと落ち込んでいる姿はミニョの記憶にはない。
「そんな・・・気にしないで、子供の頃の話でしょ。私もソンジェ君と一緒にいるとすごく楽しかったんだから。それに・・・私知らなかったの、ソンジェ君が人気があるって。ソンジェ君といるから意地悪されてたなんて、この間お兄ちゃんに言われるまで全然。だから・・・謝らないで。」
ソンジェは肩の荷が下りたようにほっとため息をつくと、俯け気味の顔をゆっくりと上げた。
笑みの浮かんだその顔はミニョのよく知っている子供の頃のソンジェそのままで、ミニョもつられて笑顔になる。
「それにソンジェ君には感謝してるの。私小さい頃、自分から人に話しかけることってなかなかできなかったんだけど、中学生になって新しい環境で、ソンジェ君が私に話しかけてくれたように私も誰かに話しかけてみようって気になったの。そしたら思ってたより簡単だった。そんなに多くはないけど、仲のいい友達もできた。」
「そっか・・・ミニョも成長したんだな。」
ソンジェはそう言うとミニョの頭の上にポンと手を置き、まるで大人が子供にするようにくしゃくしゃと撫でた。
「あ、それ、昔と一緒。どうして同い年なのに年上ぶるの。」
首をすくめ抗議の声を上げながらも笑みを浮かべているミニョに靴音が近づく。
「ミニョ、帰るぞ。」
低い声でそれだけ発すると、テギョンはスツールに座っていたミニョの腕を掴み、引き上げる様に立ち上がらせた。
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