仕事帰りに近所のスーパーへ立ち寄ったミニョは、いつもよりかなり多めに食料品を買い込んだ。そしてマンションへ帰って来ると、さっそくキッチンに立ち料理を始める。
「で~きた♪」
鼻歌を歌いながら手提げ袋にいくつもの密閉容器を入れ、ミニョはエプロンを外しマンションを出た。
昼や夜は仕事先で食事を済ませることが多いメンバーも、朝は合宿所で食べる。
朝食のおかずにと数種類のナムルなどを作って持ってくるようになったのはいつ頃からだろう?
もちろんテギョン専用の容器にはゴマ油抜きのものが入っていて、他のものと区別しやすいように蓋の色が変えてあった。
結婚しても続けたいと思ってはいるのだが・・・
「オッパはダメだって言うかな?」
冷蔵庫を開け持ってきたものを一つずつ棚へと並べていく。
「ミニョ、来てたんだ。」
「シヌさん、お兄ちゃんお帰りなさい。」
廊下を通って姿を現したのはシヌとミナム。
「それ、いつもの?悪いね、ありがとう。」
「いいえ、私が好きでしていることですから。」
ミニョは「お茶淹れるから座って」と言うシヌの言葉に従い、キッチンの椅子にちょこんと座ると、冷蔵庫からジュースを取り出しているミナムに声をかけた。
「お兄ちゃん、ソンジェ君のこと、どうして黙ってたの?」
「ん?」
「この間ワンさんのお手伝いしてて偶然ソンジェ君に会ったの。お兄ちゃんには何度か会ってるって。お兄ちゃんだけ知ってたなんてずるい。教えてくれればよかったのに。」
拗ねた口調のミニョをミナムは少し驚いた顔で振り返った。
「ずるい・・・ってミニョ、ソンジェに会いたかったのか?」
「会いたかったっていうか、十年以上も会ってないんだもん、懐かしいし話くらいしたいじゃない。」
ミニョの返事にミナムは意外だという顔つきでミニョを見る。
「誰?男の名前だね、テギョンが聞いたら妬きそうだけど。」
口元に笑みを浮かべながらお茶の入ったカップをミニョの前へ置くと、シヌは隣の椅子に腰を下ろした。
「幼馴染なんです。同い年で、ソンジェ君は小学校卒業と同時に引っ越してっちゃったんですけど、お兄ちゃんと三人でよく一緒に遊んでました。」
「ふうん・・・」
子供の頃の話を聞くのは初めてなのでシヌは興味深げにミニョの話に耳を傾けた。
放課になっても一人で席にいることが多かったミニョにソンジェはいつも話しかけ、ミナムが隣の教室から来ると、よく三人でしゃべっていた。
ソンジェの家は二人のいる養護施設からは離れていたが、学校から帰ると自転車に乗ってやって来て、近くの公園で辺りが暗くなるまでいつも三人で遊んでいた。
いつだったかいつものように公園で遊んでいると、一匹の大きな犬が近づいてきた。白と黒のシベリアンハスキー。
初めて見る怖い顔の大きな犬にミニョは驚き、とっさに走って逃げようとした。するとその大きな犬はミニョを追いかけ走り出した。公園の隅に追いつめられ今にも泣きだしそうに身を縮こまらせているミニョの前に、ミニョを護る様に立ちはだかるミナムとソンジェ。
「あんなに大きな犬を見たのは初めてで、目つきも鋭くて噛まれるんじゃないかとすごく怖かったんです。」
目尻を指でクイッと押し上げつり目を作るミニョ。
「あの犬は目の周りがああいう模様で怖く見えるだけなんだよ。首輪してたしすぐ傍で飼い主と遊んでたんだ。たまたま目についたミニョに近づいただけなのに急に走り出したから・・・ミニョが走らなきゃ、追いかけてなんか来なかったんだよ。」
その時のことを鮮明に憶えていたミナムは呆れ顔でジュースを飲む。
とは言っても、ミナムが犬のことについて知識を得たのはもっと大きくなってから。当時まだ幼かったミナムは怖い顔の犬からとにかくミニョを護ろうと、震える足で立っていた。
「いきなりで吃驚したんだもん・・・」と言葉を濁していると、二人の様子を見ていたシヌが小さく笑った。
「へえ、意外だな。」
「でも今では大きな犬でも全然平気ですよ。ジョリーも大好きですし。」
「いや、俺が言ったのはミニョじゃなくてミナムのことなんだけど・・・」
小さな呟きと共に意味あり気にチラリとミナムへ視線を向けると、シヌはゆっくりとお茶を飲んだ。
「鉄棒にぶら下がるのはいつも私が勝ってたんですよ」と子供の頃の話をしながら懐かしさに遠い目をしていたミニョはミナムがキッチンから出ていくのを視界の端に捉えると、咎めるように口を尖らせた。
「ソンジェ君お兄ちゃんに私のこと聞いたのに何にも教えてくれなかったって。私もワンさんのお手伝いであのお店に行かなかったら、ずっと知らないままだった。意地悪なんだから。」
「あのなあ・・・人がせっかく・・・・・・」
ぶつぶつと文句を言うミニョに、人の気も知らないで・・・とミナムが呟く。
「俺は・・・ミニョがソンジェの話をされるのが、あの頃のことを思い出すのが嫌だと思ったから黙ってたのに・・・」
自分のしたことを非難されムッとしたミナムに「どうして?」と首を傾げるミニョ。
ミナムは少し言葉に詰まりながら口を開いた。
「ミニョ・・・六年生の頃、クラスの女、何人かに・・・いじめられてただろ。」
「え?」
思いがけないミナムの台詞。
幼い頃は親がいないというだけでよくいじめられていた二人。そういういじめは大きくなるにつれ、なくなっていったのだが、六年生の頃、ミニョはクラスの女子数人に無視されていた。教科書やノート、靴を隠されたこともある。物を隠した犯人は判らない。疑わしいのはその無視をしていた彼女達なのだが、ミニョは誰にも、ミナムにも何も話さなかった。
「お兄ちゃんどうしてそのこと・・・うん、なぜだか判んないけど・・・ちょこっと、意地悪されてたことも、あった。」
当時のことを思い出したのか、ミニョは俯き両手の中のカップを見つめ唇を噛んだ。
いじめる側の理由など、『何となく』というのが多いのかも知れない。ミニョも彼女達に何かしたという心当たりは全くなかった。
「なぜだかって・・・それって結局ソンジェのせいじゃないか。」
今まで誰にも話したことがなかったことをミナムが知っていたことに驚いたミニョは、想像もしていなかったミナムの言葉に更に驚き目を丸くした。
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