アラームの音で目を覚ましたテギョンはベッドから身体を起こし、一度大きく伸びをするとシャワールームへと向かった。
熱めのシャワーを頭から浴び、まだ少しぼんやりとしていた頭をスッキリさせるとシャワーを止める。
軽く頭を振ると漆黒に濡れた髪の先端から滴がキラキラと光って飛び散った。
首から下がった丸いムーンストーンを右手の指で摘み暫く眺め、フッと口元を緩めるとバスローブをはおり頭からタオルを被る。
歩きながら少し乱暴に髪を拭きミネラルウォーターで喉の渇きを潤すと、どさりとソファーに身を沈め時刻を確認し、携帯を手にすると電話をかけた。
『もしもし、オッパ。えーっと・・・おはようございます、ですよね。クスッ、何だか変な感じです。こっちは夜なのにおはようございます、だなんて』
耳に当てた携帯から元気のいいミニョの声が聞こえる。
それだけでテギョンの心は浮き立った。
朝起きて、他の誰よりもまずミニョの声が聞きたくて今日も朝から電話をする。
遠く離れているせいだろうか。少しでも愛しい人の存在を近くに感じようとテギョンは携帯を押し当てるようにして耳に入るミニョの声をじっと聴いていた。
ミニョがイギリスへ行って三日。
テギョンは忙しいだろうからと電話ではなくメールを送ることにしているミニョだが、夜かかってくるテギョンからの電話を内心心待ちにしていた。
今日もカトリーヌにロンドン市内を案内してもらったというミニョは、見てきたもの全てを説明するつもりなのか出掛けた先を順に話し出した。
楽しそうなミニョの声にテギョンの顔にも笑みが浮かぶ。
『今日はライブですね、頑張って下さい』
「ああ、ミニョも事故を起こさないように頑張れよ。」
『私は今日はもう寝るだけですから事故は起こしません。それに頑張れって変じゃないですか?気をつけろって言うなら判りますけど』
「気をつけてても事故を起こすからな。頑張って気をつけろ。」
からかうテギョンに『そんなにいつも事故を起こしてないのに・・・』と小さな声で反論するミニョ。
たわいない遣り取りだが心が休まるひと時。
温かな気持ちで電話を終えると、テギョンは窓にかかったカーテンをサーッと開けた。
窓の外は一面の海。
窓際に腰掛け、朝陽を反射してキラキラと輝く海の水面を眺めながらルームサービスで軽く朝食を済ませるとライブ会場へと向かった。
「あ~あ、せっかく俺が完璧な演奏したのにミニョに見てもらえなくて残念~」
ライブ終了後、ひと息ついてから簡単な取材を受ける為に別室へと移動しているとジェルミが大きなため息をついた。
「ライブは今日だけじゃないだろ?ミニョが帰って来てからでもライブはあるんだから。」
「シヌヒョン、それは甘いよ。今日みたいなジェルミは二度と見られないかも知れない。」
ジェルミを慰めるシヌにミナムは真顔でそう言うとジェルミの方に顔を向け、べぇっと小さく舌を出した。
走って逃げるミナムの背中にジェルミはお返しとばかりに大きく舌を出して見せる。
まるで子供としか言いようがない二人の遣り取りに、シヌはやれやれとため息をついた。
「確かに今日ほど完璧な演奏は今までになかったかもな。ライブ前の練習、ミニョが来てくれた甲斐があったな。」
「シヌヒョンまでそんな・・・俺今までだって頑張ってたのに~。あ、でもミニョ効果はあったかも。また今度ミニョ来てくれないかな~」
廊下を歩くジェルミの足取りが軽くなる。
ジェルミとミナムの会話。
ジェルミの発言。
いつもならこんな風に騒いでいると「煩い!」とテギョンが一喝するのだが、今日は何も言わずに歩いている。
「テギョンが黙ってるなんて珍しいな。」
シヌと同じことを思っていたジェルミが窺うようにテギョンを見た後、テギョンの耳へ手を伸ばした。
「何聴いてるの?」
スッと片方の耳からヘッドフォンを取ると素早く自分の耳に嵌める。
「なっ、ジェルミ、やめろっ。」
「あ~っ、テギョンヒョン、ずるい~っ!俺も~、それ俺も欲しい~~っ!!」
あっという間にテギョンに取り返されてしまったが、少しだけ聴こえたのはミニョの声。
静かなピアノの音に合わせ、高く澄んだ歌声がジェルミの頭の中でこだまする。
「いつの間にこんなの録ったの!?」
「練習に役立つから」と今までに何度かミニョの歌を録音していた。もちろん伴奏はテギョン。
テギョンのピアノに合わせて歌うミニョの姿を思い浮かべながらジェルミは「ずるい~、いいな~」を連呼しつつテギョンの周りをウロウロと歩き回る。
「テギョンヒョン、俺も欲しい。」
「嫌だ、やらない。」
テギョンは耳からヘッドフォンを外すとサッとポケットへ入れた。
「ええ~、いいじゃん。」
「ダメだ。」
「テギョンヒョンのケチ~ッ!」
膨れるジェルミを尻目にフフンと口の片端を上げるテギョン。
「ミニョがいないのにテギョンヒョンの機嫌が悪くないのは毎日の電話とそれのせいか。」
テギョンの目の前に来たミナムがニヤニヤしながらポケットを指差す。
「まさか皇帝が恋人に歌わせた歌を録音してニヤつきながら聴いてるなんて、ファンは思いもよらないだろうね。」
「誰がニヤついてるって?」
「テギョン・・・悪いが俺にもそう見える。」
軽くミナムを睨み口元を歪ませるが、シヌにクスッと笑われテギョンはばつが悪そうに顔を逸らした。
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