カトリーヌの帰国が迫っていた。部屋の中から少しずつ彼女の荷物が姿を消していく。
「なるべく荷物を増やさないようにしてたんだけど。」
イギリスを出てから転々と各国を回りホテル暮らしをしていた頃とは違い、韓国では半年も同じ場所に住んでいた。
カトリーヌは本や雑貨などいつの間にか増えてしまった物を片付けながら、アフリカの教会で初めてミニョの歌を聴いた時のことを思い出し、ぼんやりと窓の外を眺めた。
テギョンを夕食に誘い、マンションで三人で食事をする。テギョンの仕事が忙しい為滅多にないことだったが、カトリーヌはこのひと時がとても好きだった。
「あの・・・何かついてますか?」
食事をしながら口の周りを手で触るミニョ。カトリーヌがあまりにじぃっとミニョを見ているのでついそう聞いてしまう。
「いや、今日はまだ、今のところ、何もついていないようだが・・・」
ミニョの隣に座るテギョンが真剣な顔で口を挟んだ。
「今日はまだ・・・って、私そんなにいつもいつもつけてません。」
「毎回口の周りが汚れるのはアイス限定か?」
テギョンがからかい、ミニョは頬を膨らます。
そんな二人の遣り取りを見るのが好きで、カトリーヌはクスッと笑うと二人の会話を聞きながら食事を続けた。
「私がやっておきます」と言うミニョに後片付けを任せ、テギョンとカトリーヌはリビングのソファーに座る。
キッチンからはミニョの小さな歌声が流れてきた。
『アメイジング・グレイス』
以前カトリーヌも言っていたが、アレンジの多いこの曲をミニョもその時の気分で自分なりにアレンジして歌う。
「最初はプロテスタントの歌だって言ってたのに・・・結局歌うことに宗教なんて関係ないのよね。」
聴こえてくるミニョの歌声からは楽しさが溢れている。
「それでもミニョは・・・カトリック、ですよね。」
テギョンの確認する様な話し方にカトリーヌは小首を傾げながら、その真意を読み取ろうとじっとテギョンを見た。
テギョンはカトリーヌの視線から逃れるように壁に掛けられたカレンダーを見る。
「もうすぐですね・・・今までありがとうございました。」
「こちらこそ、部屋を貸してもらって助かったわ。テギョン君はいつ引っ越してくるの?すぐ?」
「いえ・・・まだ、考えているところです。」
「あら、意外ね。てっきりすぐに越してくると思ってたのに。忙しいの?」
テギョンは目の前のテーブルへと視線を落とした。
「仕事は、まあいつも通りです。」
「じゃあどうして?事務所の社長から反対されてるの?」
「・・・アン社長は関係ありません。俺個人の問題です。」
「そう・・・まあテギョン君が何を考えてるのか判らないけど・・・って、ミニョのことしか考えてないわよね。二人がうまくいってない訳じゃなさそうだし。」
カトリーヌは絶え間なくキッチンから聴こえる歌声の主へとチラッと視線を向ける。
「結婚式は?ちゃんとミニョの意見も聞いてあげてね。たいていの女の子は多かれ少なかれ結婚式に夢を抱いているものよ。」
テギョンはミニョの歌声に耳を傾けながら「はあ・・・」と小さく返事をした。
後片付けが終わったミニョがリビングへ来た時にはカトリーヌは自分の部屋へと行ってしまった後で、そこにはテギョンの姿しかなかった。
「私、観光が目的の旅行って初めてなんです。修道院にいた時もアフリカへ行った時もボランティアがメインでしたから。」
テギョンの隣に座りガイドブックをパラパラと捲るミニョはずいぶん楽しげに見えた。
「知らない土地へ行くってドキドキしますね。知らない場所を歩いて、知らない景色を見て。」
「俺だって旅行くらい連れて行ってやれるぞ。・・・と言っても、国内くらいしか連れて行ってやれないが・・・」
楽しそうにイギリスのガイドブックを見ているミニョに口を尖らせ「旅行に連れて行ってやる」とは言ったが、忙しいテギョンには『旅行』で海外に行く暇などない。
「本当ですか?嬉しいです!場所はどこだって構いません、オッパと一緒に行けるなら。」
ミニョは開いていたガイドブックを閉じるとテギョンへと笑顔を向けた。
行ったことがない街。テギョンと歩く初めて見る風景を思い描きながら、ふとミナムの代わりにA.N.JELLにいた頃、街の中で道に迷ったことを思い出した。
頼りにしていたテギョンは思いの外当てにならず、タクシーで帰るのも道を聞くのもテギョンの意地のお陰で却下され、それでも「俺を信じろ」と言うテギョンについて行き、ずいぶん歩いてやっと事務所まで辿り着いた。
そういえば・・・オッパって、方向音痴・・・よね?
テギョンは認めないだろうが今までにも何度かそれらしい行動を見ているミニョは普段のカッコイイ姿とのギャップが何だか可愛く思えてきた。
ミニョの持っていたガイドブックを手に取り、ページを捲っているテギョンの顔をチラリと覗いてクスクス笑うミニョ。
ミニョの笑みに、「そんなに俺と出掛けるのが楽しみなのか?」と口元を緩めるテギョン。
道に迷った時に見せる気まずい表情も、平気なフリをして焦っている姿も、ちょっと楽しみかも・・・と思い、二人で出掛けるのがとても楽しみなミニョだった。
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