事務所へ戻って来た二人はそのまま作曲部屋へと向かう。
ミニョは黙ったまま、前を歩くテギョンの背中をじっと見つめていた。
車の中でミニョを抱きしめていたテギョンは暫くしてその手を離すと、何事もなかったように車を走らせた。
「何か・・・あったんですか?」
いつもとは様子の違うテギョンにミニョは不安気に声をかける。
「いや、ちょっと疲れただけだ、何でもない・・・。俺のことよりお前はどうなんだ?」
テギョンは額に手を当て息を吐くとミニョへと視線を向けた。
「私は・・・大丈夫です。この間オッパに私の気持ちを聞いてもらったからでしょうか。今日はこの前みたいなシーンはありませんでしたし、それに・・・時々オッパと目が合ってましたから。」
今日のテギョンはミニョの横にジェルミがいることが気になり、何度もミニョの方を見ていた。
「皆さん一生懸命お仕事しているのに私は・・・本物のマネージャーでもないのにオッパの傍にいて、何だか申し訳ないです。」
「お前だって普段は施設と歌で忙しいじゃないか。今日は休みだろ?休みの日に何したって悪くない筈だ。それに俺の傍にいることだって立派な仕事だ。お前が事務所に顔を出すだけで助かったと言って小躍りする奴がいるくらいだからな。」
ミニョはマ室長を思い出しクスッと笑った。
廊下を歩くテギョンの背中を見つめながらミニョは撮影現場を思い出していた。
皆ミニョをテギョンのマネージャーだと思っている。
初めの頃はただテギョンの傍にいられることが嬉しかった。並んで歩けることが嬉しかった。
でも今は・・・
いくらアン社長の許可をもらっているとはいえ、偽の肩書で周囲に嘘をついていることが後ろめたい。いつまでもこのままの状態でいる訳にはいかない・・・
そんなことを考えているミニョの歩みは遅くなり、いつの間にかテギョンとの距離が開いた時にドンッと何かにぶつかった。
「きゃっ!」
ミニョの声にテギョンが慌てて振り向くと、数メートル後ろでジュースで服を濡らしているミニョの姿。
「すみません、私がボーっとしてました。」
ミニョがペコペコと頭を下げている。
「ごめん、これ使って。」
紙コップを持った男性スタッフがポケットから取り出したハンカチをミニョに渡そうとしたのをテギョンが手で制した。
「大丈夫だ。」
テギョンはミニョの手首を摑むとズンズンと廊下を歩き出す。
「本当に事故多発地帯だな。」
小さな声ですみませんと呟くミニョにテギョンの顔に笑みが浮かぶ。
「そういえば俺もお前にジュースをかけられたことがあったな。」
ミニョの父親、コ・ジェヒョンの墓参りに行く途中、ミニョが買ってきた缶ジュースの詮をテギョンが開けた途端、中身が勢いよく噴き出した。
「マ室長の服を借りたんでしたね。」
あの時の姿を思い出しクスクスと笑うミニョをテギョンが軽く睨む。
「取り敢えず着替えだ。ワン・コーディに頼めば何とかなるだろう。それにしても残念だな、これが合宿所だったら・・・」
― 服もズボンも脱がせて俺のシャツだけ着せてやるのに・・・
テギョンは腕組みをするとミニョの頭のてっぺんから足のつま先までゆっくりと視線を動かす。
ミニョには大きいテギョンのワイシャツ。
長い袖は少し折り曲げ七分袖くらい。
ボタンは首元から二つ外し、胸の谷間がチラリと見える程度。
裾から覗く白い太腿。
足はもちろん素足で・・・
ミニョの艶めかしい姿を妄想し、口元を緩めているテギョンにミニョはキョトンと首を傾げていた。
着替えを済ませたミニョはテギョンのいる作曲部屋のドアを開けた。
「何だその恰好は・・・」
テギョンが顔をしかめる。
ワン・コーディに着替えを頼んだが、事務所には生憎女物の服がなく男物の服でミニョのサイズに合うものを探し、ぶかぶかのズボンはベルトで調節して、着替え終わった結果・・・
「お兄ちゃんになっちゃいました。」
へへっと笑うミニョ。
ワン・コーディはミニョに合うサイズを探していると、「やだ、すっかり忘れてたわ、ミナムの服があるじゃない。」とミナムの服を着せ長めの髪は後ろで束ねて縛り、おまけと言ってキャップを目深に被せた。
「遊ばれたな・・・」
「この恰好、お兄ちゃんみたいで気になるんでしたら違う服にしてもらいましょうか?」
「いや、いくらミナムと同じ恰好をしていても今のお前はミニョにしか見えない。」
テギョンはミニョを自分の横に立たせると、キーボードに指をのせる。
「ちょっと声を出してみてくれ。」
テギョンの奏でる音に声を合わせるミニョ。
ミニョの声を聴き少しずつ音を変え、音符を書き込んでいく。
何度も同じ作業を繰り返し、書き上げた楽譜を最初から弾き、少し手直ししてまた弾いて・・・
全ての作業が終わった頃にはミニョは部屋の隅のソファーで眠っていた。
「どこででも寝るヤツだな。まあ、俺の前だから許してやる。」
テギョンはミニョの隣に腰を下ろすと大きく息を吐いた。
「本当にミナムに似ているな。他の奴が見たら間違えそうだ・・・ということは、ミナムに女の恰好をさせたらミニョになるのか?」
自分の考えに思わず噴き出しそうになってしまう。
ソファーにもたれ気持ちよさそうに眠っているミニョを見ていると何だか心が落ち着く。
しかし、ミニョの顔を覗き込むように自分の顔を近付けると急に速さを増してくる鼓動。
長いまつ毛、柔らかそうな唇。
その唇の柔らかさを確かめるようにそっと指で撫でる。
いくらミナムの恰好をしていてもミナムには見えない、見えないが・・・
「今度どこかに 『しるし』 でも付けておくか・・・」
テギョンはフッと笑うとミニョの柔らかな唇にそっと口づけた。
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テギョンの最後の一言。
数か月後には実行されています。
番外編のあのお話です。
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