夜空に浮かんでいる雲はゆっくり、ゆっくりと流れている。少し大きめの雲が下弦の月を覆い隠していた。
冬の冷気に身体を硬くし、月が雲から顔を覗かせるのをじっと待つように夜空を見上げたまま動かないミニョ。
何と言えばいいんだろう。すぐに口を開くと否定的な言葉を言ってしまいそうで。
何も考えられない、何も考えたくない頭で、それでも一生懸命に言葉を探している。
思いの外ゆっくりと流れている雲を見ながらミニョは繋いでいる手に力を込めた。
「お仕事・・・ですね・・・」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出せたと思った。
ミニョは動揺しているのを悟られないように・・・それだけを考えていた。
自分が嫌な顔をすればテギョンはきっと困るだろう。
嫌いなドラマの仕事を一生懸命にやっているテギョンに、これ以上負担をかけたくなかった。
仕事、仕事、仕事・・・。
自分に言いきかせるように何度もその言葉を頭の中で繰り返す。
テギョンはミニョの表情を読み取ろうとじっと横顔を見つめていたが、テギョンにはミニョの表情の変化は何も感じ取ることが出来なかった。
「ああ・・・」
それ以上何も言えない自分に歯がゆさを感じながら、テギョンも夜空を見上げた。
テギョンが夜空で唯一見ることのできる月が雲に隠れて姿を見せないように、ミニョの表情からは何も読み取れない。
ミニョの心が判らない・・・
ミニョは月の隠れた夜空を見つめ、ゆっくりと大きく息を吸った。
自然に、普段通りに、いつもの自分はどんな声だった?
そのことに集中し、ミニョは口を開いた。
「えーっと、テレビでやる時はあらかじめ教えて下さい。自分から見たいって言っておきながら何なんですけど、それは、ちょっと、見られそうにないんで・・・」
声は震えていないか、笑顔は引きつっていないか・・・
細心の注意を払いテギョンの方へ顔を向ける。
引き寄せられる身体。
片手は繋いだまま、ポケットの中。
微かに笑みを浮かべるミニョを見て、テギョンはもう片方の腕で抱き寄せたミニョの耳元に唇を寄せた。
「俺が触れたいと思うのも、俺がキスしたいと思うのも、ミニョだけだから。」
甘く響く低い声。
月は雲に隠れたまま顔を出さない。
ミニョはテギョンの肩に顔を隠すように埋め小さく頷いた。
合宿所へ帰って来たテギョンは部屋へ入るとテジトッキを机の上に乗せた。
「ミニョは平気なのか?」
公園でのミニョを思い出しながらテジトッキの鼻を指先で軽く弾く。揺れるテジトッキ。
「それほどショックを受けている様には見えなかったが・・・」
もう一度鼻を弾く。更に揺れるテジトッキ。
「俺は平気じゃないぞ。」
強く鼻を弾くとテジトッキが後ろに倒れた。
暫く倒れたテジトッキを腕組みをして見ていたテギョンは、台本を手にするとパラパラとめくった。
問題のキスシーン。
「あいつに出来るのか?」
今までのミンジを思い浮かべるとため息が出てくる。
かなり減ってきたとはいえ、NGを出さなくなった訳ではない。いい加減にしてくれと思いながら怒ってもかえって萎縮して余計にNGを出されたのでは敵わない。
苛立つ気持ちをぐっと堪え、ひたすら早く終わるように祈る気持ちで相手をすることもある。
撮影で本物のウイスキーをあれほど飲ませた監督だ。キスシーンもフリでは済まされないだろう。
「チッ!」
舌打ちをすると口元を歪ませる。
だからドラマは好きじゃない。自分の思い通りにいかない。
テギョンはベッドにごろんと寝転がると胸元から月のネックレスを引き出し、丸い石をつまんで眺めた。
ミニョが相手なら悩むことなどないのに・・・
ふと、ミニョが相手のキスシーンを妄想する。
ミニョの瞳をじっと見つめ、片方の腕で腰を抱き寄せ、もう片方の手を頭の後ろに回し、ゆっくりと顔を寄せ唇を重ねる。啄むような口づけは徐々に深く激しく・・・
「いかん、カットがかかっても続けてそうだ。」
自分の妄想に顔を赤くしながらにやけた口元に拳を当てる。
「現実逃避してても仕方ないな。」
テギョンは月のネックレスを服の中へしまうと、寝転んだまま腕組みをした。
「何度もやってたまるか。」
NGの多いミンジ。いつもの撮影なら我慢もできるがキスシーンは別だ。できればたとえ一回であってもしたくはない。
どうしても避けられないのなら、一度で済ませたい。
テギョンは何とかNGを出さずにキスシーンを終わらせることができないかと、天井を睨みつけながら考えていた。
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