携帯の着信音が鳴っている。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。部屋の中は真っ暗で、ミニョはカバンの中で鳴っている音を頼りに電話に出た。
『今どこにいる?』
突然のテギョンの声。
嫌われてしまったんじゃないかと不安になっていたミニョには、その声はいつもより低く冷たく響いて聞こえた。
「家、ですけど・・・」
『今、マ室長が下にいるから、すぐに出て来い。』
それきり何も言わない携帯を見つめていたミニョは、ハッとしたようにバタバタと出かける準備をし、玄関を出た。
「いやー良かった、ミニョさんがマンションにいてくれて。」
マ室長はテギョンに頼まれ、ミニョがどこにいるか確認をする前にマンションの前の道路に車を停めていた。
「あの・・・どこに行くんですか?」
ミニョは泣いて赤くなった目を隠すように俯きながらマ室長に声をかけた。
「今日収録したテレビ局。」
車がテレビ局に着くと、マ室長と一緒に中へ入って行く。誰もいないスタジオの中へ入ると今日テギョンに言われた場所にミニョを立たせ、マ室長は帰って行った。
客席は薄明かりがついており、ステージの上はライトに照らされたグランドピアノが黒く光っていた。
「ミニョ、俺の歌が終わるまで一歩もそこを動くなよ。」
ステージ脇から現れたテギョンがピアノの前に座り、鍵盤に長い指をのせた。
ドラマの挿入歌。昼間テギョンが歌った歌だが、ミニョの為だけにアレンジされていた。
ミニョの立つ位置からテギョンが見える。昼間は見えなかったテギョンの姿がしっかりと見える。
テギョンの位置からもミニョの姿がはっきりと見えた。
ステージの上とスタジオの端。
距離は少し離れていたが、互いの存在はすぐ近くに感じられる。
テギョンは微笑みながら歌い、ミニョは流れる涙を手の甲で拭いながら聴いていた。
歌が終わってもその場に立ちすくんでいるミニョを見て、テギョンは指先だけをクイクイッと曲げミニョを呼ぶ。
ミニョはゆっくりと歩き出し、ステージの上へと上がりテギョンの横にちょこんと座ると鼻をズズッと啜った。
「何で泣いてるんだ?」
テギョンは困惑した顔でミニョの頬に伝う涙を親指で拭った。
「歌が素敵で・・・感動したんです。」
大きな瞳に涙をいっぱいに溜めニッコリと笑うミニョに、テギョンは口の両端を上げるとさっきまでミニョが立っていた場所を見つめた。
「去年のコンサートを憶えているか?あの時は 『オットカジョ』 を歌いながら必死でお前の姿を捜していた。一万五千人の観客の中からお前を見つけることが出来たのに・・・今日の俺は、あそこに立っていると判っているのにお前の姿を見ることが出来なかった。本当はここから皆の見ている前でお前だけを見つめて歌う筈だったのに・・・。上手くいかないもんだな。」
ありがたくないサプライズだったと口元を歪める。
「でもそのおかげで今私はこんな素敵な場所で、ファン・テギョンさんの歌を独り占めできるんですよね。」
スタジオには二人だけ。頭上からはライトが二人を照らしている。
ミニョはポケットから月のネックレスの入った箱を取り出し、テギョンへと手渡した。
今日の出来事を、結局は良い事があったとプラスに考えられるミニョを少し羨ましく思いながら、テギョンは再び鍵盤に指をのせ曲を奏で始めた。
その後テギョンはミニョの為だけに数曲歌い、スタジオを出た。
「私、嫌われちゃったかなって思ってたんです。」
車の中でミニョがポツリと言った。
「あ?何でそうなるんだ?」
「だって、オッパ怒ってて・・・帰りの車の中でも黙ったままでいたから・・・」
「さっきお前のことをプラス思考だと思ったが、今度はマイナス思考だな。」
「だって、今日のオッパ・・・何か少し変だったから・・・」
ミニョに伝えなければという思いが、いつも以上にテギョンをピリピリさせていたのだろうか。
思うように事が運ばなかったことがテギョンを余計に苛立たせていた。
テギョンは車を小さな公園の駐車場に停めた。
寒空の下、身体をピッタリとくっつけるように二人並んでベンチに座る。テギョンはミニョの手を握ると自分のコートのポケットへと入れた。
「あったかいです。」
夜空を見上げると下弦の月が浮かんでいる。
「もうすぐ新月ですね。」
これからどんどん細くなっていく月。
「ミニョ、ドラマの事なんだが・・」
「もうすぐ撮影も終わりなんですよね。結局一度しか見に行けませんでしたけど。」
テギョンの少し緊張した声にミニョは何となく嫌な予感がし、テギョンの言葉を遮るとわざと明るい声を出した。
テレビで見ているだけでは判らない撮影中の様子。見たいと思っていたドラマの撮影も、ミンジの話を聞かされた後では見なくて良かったのかもと思ってしまう。
テギョンがミンジと一緒にいる・・・そう思っただけで胸の奥がチクチクとする。そのチクチクも撮影が終わればきっとなくなる。
テギョンは月を見上げているミニョの横顔を見つめると、ポケットの中で繋いでいる手に力を込め、すうっと大きく息を吸った。
「ドラマの延長が決まった。それと・・・キスシーンがある・・・」
「・・・・・・」
テギョンの低く静かな声はミニョの耳にしっかりと届いている。
聞き返したくはなかった。
同じ言葉を聞きたくなかった。
ミニョは雲に隠れた月を見上げたままテギョンの視線を感じていた。
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