テギョンは帰りの車の中で隣に座ったミニョに一度も声をかけることはなかった。
静かな車の中、ミナムだけがいつも通りしゃべっているが、いつも相手をするジェルミが今日は黙り込んでいる為次第に静かになっていく。
気まずい空気の中、マ室長は緊張してハンドルを握る手に汗をかいていた。
テギョンは事務所へ戻ると無言のまま作曲部屋へと姿を消した。
ダンッ!!
部屋へ入りドアを閉めると一度だけ大きく床を踏み鳴らした。
「くそっ!」
両手の拳を握り、奥歯をぐっと噛みしめるとテーブルの上に置かれた台本をギロリと睨みつけた。
次回撮影するドラマの台本。それを受け取りパラパラと中身を読んだ時、テギョンは目を疑った。
ミンジとのキスシーン。
『冗談じゃない!』
監督と脚本家に変更は出来ないのかと何度も食い下がったが無駄だった。
テギョンは頭が痛かった。ミニョにどう伝えよう・・・
ミニョもテギョンのドラマをテレビで見ている。テギョン自身は見せたくなかったが 『ドラマに出ているオッパを見るのは初めてです。』 と瞳をキラキラと輝かせ、どうしても見たいと頼むミニョに反対は出来なかった。
ミンジとのシーンをどんな気持ちで見ているのだろうか?
ミンジとのキスシーンをどんな気持ちで見るのだろうか・・・
今日のソロ曲を皆の見ている前でミニョだけを見つめて歌い、その後でキスシーンのことを話すつもりでいた。
最近何となく様子が変だったミニョのことを思うと、電話で話すのも、メールで伝えるのも嫌だった。
直接ミニョに話したかった。たとえ言い辛いことでも、ちゃんと言葉で伝えたかった。
ミニョがどんな反応を示すかは判らないが、黙ったままで撮影に臨むことはしたくなかった。
気まずいままミニョを家へ帰したことに後悔しつつ、テギョンはもう一度奥歯を噛みしめた。
ミニョはどうしてあんなにテギョンが怒っていたのか判らないまま玄関のドアを開けた。
のそのそとスリッパに履き替え、自分の部屋へ行くとストンとベッドに腰を下ろした。
「返しそびれちゃった・・・」
ポケットに手を入れると小さな箱の存在を指先に感じる。
いつも仕事の前にテギョンから受け取っている月のネックレス。今日は返しそびれてしまった。
ふうっとため息をつくとそのまま後ろに倒れ、部屋の天井を見つめる。何故だかぼやけて見える天井の模様。
手の甲を目の上に乗せると目尻からツーっと涙が零れた。
― 帰りの車の中でも一言もしゃべってくれなかった・・・
― 喧嘩?
― ううん、喧嘩じゃない。オッパが怒っていただけ・・・何故?
― 私が電話しなかったから?
― メールの返事が短かったから?
― ・・・嫌われた?
― ・・・どうして?
ドラマの中でウイスキーを飲んだテギョンがその後ミンジを抱きしめているシーンを見た。
酒には強いテギョンが泥酔するほど飲んだということは、それだけNGが続いたということで・・・それはつまり、何度もミンジを抱きしめたということで・・・
マ室長が言っていた 『ミニョさんには見せたくなかったんじゃないかな』 ・・・
― オッパは見せたくないと言っていたドラマを私がどうしても見たいと言ったから?
テギョンは一生懸命仕事をしている。一言も文句を言わずに嫌いなドラマの仕事をしている。
それなのに自分は撮影とはいえ、テギョンが何度もミンジを抱きしめたと思うと胸が苦しくて。自分から見たいと言っておきながら思わず目を逸らしてしまった。
頭の中がもやもやする。
ミンジの言葉をフッと思い出す。
『好きだって囁かれた時は撮影だと判ってても凄くドキドキしました。』
胸が痛い。
息が詰まる。
ミナムのフリをしていた頃、テギョンがヘイと恋人同士だと思うと哀しかった。
アフリカにいる時、ネットに女性との写真が載った話を聞いた時は不安だった。
それとは違う今の感情。
・・・嫌だ・・・・・・
テギョンは仕事をしているだけ。
ミンジは仕事の相手。
そう思っても何故だか嫌だという感情が湧いてくる。
テギョンに近づいて欲しくない。
テギョンに触れて欲しくない。
そんな風に思ってしまう自分だから嫌われた?
テギョンの仕事を理解できてない?
色んな思いが頭の中をグルグルと回っている。
― 嫌われちゃったのかなぁ・・・
口に出すと本当にそうなってしまいそうで、震える唇を噛みしめる。
ミニョの瞳からは次から次へと涙が溢れ出していた。
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