黒く輝くグランドピアノの前に司会者とミンジが立った。先程の司会者の言葉はあくまでドラマの中のことだと笑いながら話をすると、ミンジだけその場に残り、スタッフからテギョンに歌を始めるように指示が出た。
思い掛けないミンジの登場にテギョンは焦ったが、ただそこにミンジがいるというだけで何も変わらない。
自分がこの場所からミニョを見ながら歌うということに変わりはないのだと思い、ピアノを弾き始めた。
鍵盤に長い指をのせ、ゆったりとバラード調の曲を奏でる。
ところが実際にピアノを弾き、ミニョがいる筈の場所に目を向けようとしたが、ミンジが邪魔でミニョの姿が見えない。
― おい、邪魔だ、そこをどけ。
テギョンは心の中で呟きながら歌い始める。
少し身体を揺らしてピアノを弾き、ミニョの姿を捉えようとするが、どうしてもミンジの身体が邪魔をして見えない。
それならばと、今度はミンジを睨みつけるようにじっと見てみた。
― 邪魔だ!どけ!判らないのか!?
そんなテギョンの心の叫びがミンジに伝わる筈もない。それにまさか歌いながら自分を睨みつけているとは思わないミンジは、自分の方をじっと見つめているテギョンにドキドキとしながらうっとりと歌を聴いている。
ミンジを睨みつけるテギョン。
テギョンを見つめるミンジ。
二人の姿は客席からはどうしても見つめ合っているようにしか見えなくて。
テギョンにとってはミニョを見つめ、ミニョの為に歌う筈だった曲が、サプライズという名の下にミンジに向けて歌う羽目になってしまった。
収録が終わり、控室に向かう廊下を歩くテギョンの足音は誰の耳にも荒れているように聞こえた。
実際に不機嫌オーラ全開のテギョンは怒りのこもった足取りで、ドスドスとリノリウムの床を踏みつけるように大股で歩いている。
「俺はこの番組には二度と出ないぞ!」
「まあまあテギョン、少しは落ち着け。」
両手の拳を握り頬を引きつらせているテギョンの顔は必死で怒りを抑えているように見える。
マ室長はそんなテギョンの後ろを短めの足を素早く動かし必死について歩いていた。
「テギョンヒョン、そんなに怒んなくても・・・」
「気持ちは判らなくもないが・・・」
今回のテギョンのソロ曲を、ミニョに聞かせる筈だったとマ室長から話を聞いたメンバー達は、先頭を睨みを利かせながら歩いているテギョンの後ろから声をかける。
ジェルミはなだめようとし、シヌは理解を示し、ミナムは・・・
「番組としてはテギョンヒョンへのサプライズのつもりだったんだろうけど、テギョンヒョンにしてみればとんだハプニングだよね。」
クスクスと笑っていた。
テギョンは思いもよらない出来事には変わりないが、全くありがたくない、余計なことをしてくれたと、このサプライズを企画したのは誰だと怒りに震えていた。
「それにしてもミニョも驚いただろうな。わざわざテギョンヒョンに言われて立ってた場所から、まさかテギョンヒョンの姿が見えないなんて。何かわざと見えない場所に立たせたみたいじゃない?」
ミナムの言葉にテギョンの足が止まった。
「何?」
「だってそうだろ、テギョンヒョンのとこからミニョが見えなかったんなら、ミニョがいた場所からだって見えない筈だ。テギョンヒョンが動くなって言ったんなら、ミニョはテギョンヒョンの姿が見えなくても絶対に動かないよ。そういうとこあいつめちゃくちゃ真面目だから。」
テギョンは眉間にしわを寄せる。
そう、ミニョの姿が見えなかったのはテギョンが場所を指定し、自分が歌っている間は一歩も動くなと言ったから。もしも、いつものように邪魔にならない場所にいろと言っただけなら、きっとミニョはテギョンの姿が見える所に移動していただろう。
テギョンはチッと舌打ちした。
自分がミニョに言った言葉も、それを真面目に受け止めるミニョも、目の前で邪魔をしたミンジも、サプライズを用意した番組も、全てが思うように事が運ばなかった要因だと思うと、一体どこに怒りをぶつけたらいいのか判らなくなってきた。
それでも苛々とした気分がなくなる訳ではなく。
テギョンは複雑な表情のまま控室へと再び歩き出した。
ミニョは先にA.N.JELLの控室に戻ってきていた。
他のアーティスト達の演奏も素敵だったが、やっぱり一番はA.N.JELLだったとワン・コーディにステージの様子を話しているミニョの瞳はキラキラと輝いている。
久しぶりにステージで見るA.N.JELLはとても輝いて見えて、ほんの僅かな間でも自分があそこにミナムとして立っていたのが信じられないくらいだった。
そしてテギョンの弾き語り。
テギョンの姿はミニョの位置からは見えなかったが、目を瞑って聴いているとテギョンの姿が瞼の裏に浮かんで見える様だった。
緩やかなピアノの音。普段の低い声とは違って少し高く感じる声。
テギョンのすぐ傍で聴いているミンジが羨ましく思えた。
ミニョがテギョンの歌を思い出し、顔に笑みを浮かべているとドアをノックする音がした。
そろそろテギョン達が戻って来る頃だと思っていたミニョは笑顔でドアを開けると、そこには・・・
「テギョンオッパ、いますか?」
ニッコリと笑っているミンジが立っていた。
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