テギョンはアン社長によく呼ばれる。
作曲の依頼やライブの構成など仕事のことがほとんどだった今までに加え、最近はミニョとのことで小言を言われることも多くなった。
こうして部屋で待たされている時は決まってアン社長は入って来ると渋い顔をしてミニョの話をする。
今は離れていったファンを少しでも取り戻したい、気を付けてくれ、と。
テギョンにとってスキャンダルで離れていくファンはどうでもよかった。本当に自分の音楽を愛してくれるファンがいればいい。
だがアン社長はそうはいかない。会社にとってマイナスになる要因は少しでも遠ざけたいのが本音だ。
昨日は荷物を届けにミニョのマンションへ行った。用心して事務所の車を借りたが、車内でキスもした。
誰かに写真でも撮られ、またアン社長に煩く言われるのかもと思うとため息が出た。
「オー、ソーリーテギョン、待たせたな。」
テンションが高い時のアン社長は英語混じりの変な言葉になる。声のトーンから何か良いことがあったのだろうということは判った。
― 昨日の事じゃないのか?
「構いません、楽譜のチェックならどこでも出来ますから。」
テーブルの上に広げていた楽譜を集めながら、向かい側にのソファーに座ったアン社長を見る。ニコニコと笑っている顔から文句を言われるのではなさそうだと判るが、逆にとんでもないことを言われそうでテギョンは少し身構えた。何も言わずに笑顔のままテギョンを見ているアン社長に気味の悪さを感じた時、ドアのノックの音と共にマ室長が顔を出した。
「お、来たか、早く入って。」
アン社長に促され、マ室長の後ろから姿を現したのは・・・ミニョ。
「ミニョ!何でここに。」
マ室長に軽く背中を押され部屋の中に入って来たミニョはアン社長に笑顔で迎えられた。
「ウェルカム!コ・ミニョさん。初めまして、アン・ソンチャンです。」
テギョンの驚く声を無視してアン社長はミニョと握手を交わす。
「初め・・・まして・・・コ・ミニョです。」
ミニョにとっては初めてではないのだが、アン社長に合わせ初対面の挨拶を交わした。
「いやー、双子とは聞いていたが本当に似ているな。何だか初めて会う気がしない。」
アン社長の言葉にドキリとしながらミニョはペコリと頭を下げるとテギョンの隣に腰を下ろした。
「どうしてミニョがここに・・・。まさか俺達のことを公表してもいいという話ですか?」
ミニョの登場に驚いたテギョンだがアン社長の機嫌の良さにいい話を期待してしまう。
アン社長はテーブルに新聞を広げると、一つの記事を指差した。
やっぱり昨日の事かと渋い顔をしながら新聞に目を遣るが、写真はミナムの顔で、ソロアルバムの売れ行きが好調だという記事が目に入る。それが何か俺達に関係あるのかと記事を読み進めていくと・・・
「何だ、これは!」
テギョンは思わず大声を上げた。
記事の最後にほんの付け足しのように書かれた文章に、ミニョのことが載っていた。
『ネットで話題の歌姫、その歌声はその場所にふさわしく、まさに聖母マリアを思わせる。』
聖堂での歌のことから始まり、ミナムの双子の妹であること、芸能界デビューはしないのか、と短い文章ながらも人々の興味を引くには充分な内容だった。
「何でミニョのことが・・・ミニョは一般人ですよ、こんな、芸能欄に!」
記事を書いたのはもちろんキム記者。
テギョンはキム記者の下卑た笑いを思い出し、テーブルをバンッ!と叩いた。
「名前は出てないんだ、それに悪い事が書いてある訳じゃない、文句は言えないだろう。」
確かにミニョの名前は載っていないが、聖堂で歌っているのがミナムの双子の妹だと判れば、更に騒ぎが大きくなることは目に見えている。
不安げに瞳を揺らすミニョの手をテギョンは力強く握った。
「ジェルミのラジオを聴いた時はプロの歌手が歌っていると思ったが、まさかミニョさんだったなんて。テギョン、何で黙ってたんだ水くさいじゃないか。コ・ミニョさん、うちの事務所に入りませんか、うちに所属して歌を出しませんか?」
思いがけないアン社長の言葉に不安そうに揺れていたミニョの瞳が大きく見開かれた。
「アン社長、何言ってるんですか、ミニョにこの世界は合わない。」
「まあ、落ち着けテギョン、今だって大勢の人の前で歌ってるんだろ、だったら構わないじゃないか。それにうちに所属すれば、テレビ、ラジオだって一緒に出られる。二人が一緒にいられる時間だって今よりぐんと長くなるぞ。その方がテギョンだって嬉しいだろう。」
アン社長はミニョの手をしっかり握っているテギョンを見てミニョが事務所に入ることのメリットを並べ上げた。
「二人の関係はすぐには公表できないが、時期を早めてもいいと思ってる。取り敢えずはA.N.JELLの妹的な存在として・・・まあ、実際に妹なんだが、うちの事務所に入らないか。」
アン社長は真剣な顔でミニョを見る。
ミニョは縋る様な瞳でテギョンを見つめ、テギョンはミニョの手を摑んだまま眉間にしわを寄せアン社長をじっと見ていた。
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