テギョンの車が地下駐車場から出て来た時には茜色に染まっていた西の空も今ではすっかり暗くなり、前を走る車のテールランプが夜の街に赤く光って見えた。
テギョンの車は事務所へ着くことなく走り続けている。ミニョはテギョンの隣で黙ったまま窓の外の流れる景色を眺めていた。
どこを走っているのか判らない。
どこへ向かっているのかも判らない。
ただテギョンが事務所へ行こうとしている訳ではないことだけは判った。
車が走り出してから二人は言葉を交わしていない。
前方を一点に見つめ、ハンドルを握り続けるテギョンにミニョは声をかけられずにいた。
どのくらい走り続けたのだろうか。テギョンは小さな公園の駐車場へ車を停め、ハンドルに顔を伏せると目を腕で隠し大きく息を吐く。
ミニョはドアを開け車から離れたがすぐに小走りで戻って来た。
「オッパ、口を開けて下さい。」
言われるがままミニョの言葉に従ったテギョンの口に何かが放り込まれる。
「ん?何だ、甘い。」
「チョコレートです。」
身体を起こしたテギョンに微笑むと、ミニョは自分の口の中にもチョコを放り込んだ。
「すぐ近くのコンビニで買ってきました。はい、お水もありますよ。」
もぐもぐと口を動かしながらテギョンに水のペットボトルを渡すともう一粒口の中へ入れる。
「疲れた時には甘い物が一番です、食べて下さい。」
差し出された小さな箱にきれいに並ぶチョコレート。
テギョンが 「あ」 と口を開け催促すると、ミニョは一粒つまみテギョンの口の中へ放り込んだ。
「うまいな。」
「はい、おいしいです。幸せの味がします。」
本当に幸せを食べているようなミニョの笑顔に顔を緩ませると、テギョンはシートにもたれ目を瞑って口の中で溶けていく甘い幸せを味わっていた。
不意にテギョンの冷たくなっていた手が柔らかく温かいミニョの手に包まれた。
隣を見るとミニョもシートにもたれテギョンの手を握りながら瞳を閉じている。
夕方、ミニョに馴れ馴れしい見知らぬ男が現れ、ミニョに声をかける男達の存在を知り、ついカッとなってアン社長と話をつけると車を走らせたが、苛立ちの原因は他にもあった。
昼間テギョンの出演するドラマの撮影があった。少ない筈のテギョンの出番は撮影の直前に手直しされた台本により、大幅に増やされていた。女性との絡みもある。
一度引き受けた以上断る様なまねはしないが、予想外の出来事にテギョンの機嫌は悪くなる。
滅多にドラマ出演しないテギョンが珍しくOKした。制作者側はテギョンが出演依頼を受けた時から秘かにセカンドシーズンも視野に入れていた。
まだ撮ってもいないドラマに気の早すぎる話かもしれないが、ファン・テギョンが出るというだけで話題になり必ず視聴率が取れると疑わなかった。
次の出演交渉に繋げる為にもあまり無理な要求をするつもりはなかったが、スポンサーは違う。金を出せば口も出す。脚本を読んでテギョンの出番を増やすよう要求してきた。
慣れないドラマ、纏わりつく女優・・・
平静を装ってはいるが、自己をアピールするように身体をすり寄せてくる相手に、またかと嫌気がさしてくる。
引きつる頬を隠し、振り払いたくなる腕を押さえ、今日の撮影は終了した。
『疲れた時には甘い物が一番です。』
何も言わずに車を停めたテギョンに、何も聞くことなくチョコを口へと放り込んだミ
ニョ。
チョコの甘味が口の中に広がるように、ミニョの優しさもテギョンの心の中に広がっていく。疲れていた身体と苛立っていた心が徐々に癒されていくのを感じた。
「あのハン・テギョンという男・・・」
そう呟いたきり黙ったままのテギョンにミニョはクスッと笑うとテギョンの方に身体を向けた。
「私アフリカでオッパに会えるって凄く喜んでたんですよ。 「ファン・テギョンさんが来る」 ってボランティア仲間から聞いて。オッパに会えると思ったら凄くドキドキして、オッパのことで頭が一杯になって、夜も眠れないくらいに・・・。そしたら新しく来たボランティアの人が言ったんです。 「ハン・テギョンです」 って・・・・・・。あの時の私の気持ち判ります?まるで雲の上から地面に叩きつけられた気分でした。ハン・テギョンさんには悪いですけど、あんなにがっかりしたこと今までにありません。」
その時のことを思い出したのか大きくため息をつくミニョに、テギョンはプッと噴き出した。
「私はもうオッパの恋人ではありません、オッパの婚約者です。私は・・・オッパが好きです。オッパだけが好きです。」
暗い公園の駐車場で電灯に照らされたミニョの顔はテギョンにもはっきりと判るほど真っ赤になっている。
ミニョちゃんと呼ぶハン・テギョンに苛立っていたが、必死に自分の気持ちを伝えようとしているミニョの言葉でテギョンの心に少し余裕が出来た。
「疲れた時には甘い物がいいんだったよな。」
フッと笑い穏やかな表情を見せる。
「はい、チョコレートまだありますよ。」
ミニョはチョコレートの並んだ箱をテギョンへ手渡す。テギョンは一粒指でつまむと何か考えるようにチョコを見つめ、ミニョに口を開けるように促した。
「オッパが食べて下さい。」
「チョコならまだある、俺も食べるから。ほら、口を開けろ。」
テギョンは口元に何やら含んだ笑いを浮かべ、ミニョの口の中へチョコを入れる。
ミニョが口の中で溶けていく甘味に笑顔になるとスッと目の前が暗くなった。
重なる唇・・・
「こっちの方が甘いな。確かに疲れがとれそうだ。」
ペロッと唇を舌で舐めると、驚くミニョの顔を見て満面の笑みを見せるテギョン。
「ほら、まだあるぞ。」
チョコをつまみニンマリと笑うテギョンの顔は何を考えているのかミニョにもハッキリ判っているのに、その笑顔には勝てなくて・・・
ミニョは真っ赤な顔のまま差し出されたチョコに控え目に口を開け、瞼を閉じた。
甘いチョコと甘い口づけ。
チョコが溶けてなくなってしまった後も、二人の唇が離れることはなかった。
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ああ~~~~、そこに食いつくのね・・・
昨日の記事に頂いたコメントを読んだ時の私の心境です。
皆さんアン社長をどうやって説得するのか気にしてる・・・
ごめんなさい。皆さんの期待(?)通りの展開にならなくて・・・
テギョンはアイドルならオープンに出来ないこともあるということを理解してます。
ミニョとの交際を反対されている訳ではありません。
もし二人のことを秘密にしていることで、ミニョが傷ついたり苦しむようなことがあれば、きっとテギョンはどんな手を使ってでも公表したと思います。
しかし、今回のことは完全にテギョン一人の心情による行動です。
その場の感情でアン社長と話をつけると言ったテギョンですが、運転しながら徐々に冷静になっていき、車を走らせ続け気持ちが落ち着いたところで車を停めました。
ですから、テギョンはアン社長のところへは行きませんでした・・・ごめんなさい。
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