夜カトリーヌはテギョンからの電話の内容をミニョに話した。ミニョはカトリーヌの話にじっと耳を傾け、微かに震える手で服の上から胸元の星を握りしめた。
「そうですか・・・キム記者がそんなことを・・・」
「行動を起こすなら早い方がいいわ。」
「何か考えがあるんですね。・・・それで私は何をしたらいいんでしょう。」
「ミニョは今まで通りでいいわ。施設へ行って子供達の世話をして、歌を歌ってちょうだい。その代り、歌うときは日時と場所をあらかじめ教えて、後はこちらで動くから。」
「判りました。明後日に大聖堂の外で歌うことになってます。」
「そう、丁度いいわね。」
カトリーヌはテーブルに置かれたカップに手を伸ばし、少し冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
「ミニョ・・・これが上手くいけば、もしかしたらあなたの周りが騒がしくなるかもしれないわ・・・それでもいい?」
カトリーヌの問いにミニョは服の中から星のネックレスを取り出すと輝きを放つ星の一粒一粒をじっと見つめた。
「私は今まで皆さんに助けられてきました。オッパにも迷惑ばかりかけて・・・。新聞の記事も毎日私の所に来て下さっていたから撮られちゃったんですよね。毎日会えるのが嬉しくて・・・本当は断るべきだったんです。アン社長にも言われていたのに・・・」
手の中で輝いている星を愛おしそうに両手で包み込むと真っ直ぐにカトリーヌに顔を向ける。
「やっとオッパのお役に立てるんです。今の私に出来ることを精一杯やります。後のことは後になってから考えます。」
ミニョは心配そうに見つめるカトリーヌに笑顔を見せると、すっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲んだ。
「なあ、俺だって暇じゃないんだけどな。」
「私だって忙しいんだから、さっさと撮って帰るわよ。」
「こんなことしてるのがアン社長にバレたら・・・」
「何言ってんのよ、元はといえばミニョを巻き込んだあんたの責任でしょ。」
「ぐえっ・・・」
よく晴れた秋の日の午後。明洞聖堂の大聖堂の後ろに位置した石畳の広場に、観光客に紛れてオドオドと挙動不審なマ室長と、その横で肘鉄を食らわしているワン・コーディ。
「何でワンまでついて来るんだ。俺一人で十分だろう。」
マ室長がワン・コーディの肘がめり込んだお腹を左手でさすりながら見上げると、今度は背中を平手でバシッと叩かれた。
「アンタ一人だと頼りないから私がついて来てるんでしょ。」
マ室長は首をすくめながら右手に持ったビデオカメラで撮影の準備を始めた。
今この時間はミサは行われていない為、ここにいる人達は観光客の方が多いだろう。
大聖堂を見ている人々はゴシック建築の聖堂の荘厳な造りに目を見張り、赤色と灰色の煉瓦によって表された建物の陰影の美しさに見惚れているが、大聖堂の後ろに位置するこの広場にはそれ程人がいない。
マ室長とワン・コーディは少ない観光客に紛れ、広場の隅に待機する。
「あー、せっかく久しぶりにミニョの姿が見られるのにゆっくり話も出来ないなんて残念ね。」
「しょうがないだろ、アン社長に内緒でこっそり来てるんだから、さっさと撮って帰るぞ。」
「判ってるわよ。フニこそ絶対に顔が写らないようにしなさい。テギョンの指示なんだから。」
「大丈夫だ。ミニョさんが出て来たらさり気なく後ろの方に回るから。」
二人でこそこそと話しながら辺りをキョロキョロ見回し、マ室長はカメラを準備しながらミニョが現れるのをじっと待っていた。
ミニョが広場に姿を現すと、周りにいた人達の中の数人がミニョの近くへ集まって来た。
「ミニョ、綺麗になったわねぇ。」
笑顔でお辞儀をするミニョを見てワン・コーディが感慨深げに呟く。
髪を短く切りミナムになり、A.N.JELLのメンバーとして歌を歌っていたとはとても思えない今のミニョの姿。
ピンクベージュのニットワンピースにキャメルのショートブーツ。ダークブラウンの髪は大きめの内巻きカールで肩の上で揺れている。
マ室長はミニョの斜め後ろの位置でカメラを構えると撮影を始めた。
ミニョの高く透き通った歌声が広場に響く。
一つ一つの言葉に想いをのせ、ゆっくりと口から紡ぎ出される旋律は聴いている者の心を揺さぶり、温かな気持ちにさせる。
歌声に誘われるように広場に集まって来た人達で、ミニョの周りに人垣が出来た。
マ室長は徐々に集まりつつある人達に押されながらも何とか撮影を終え、ワン・コーディと二人で明洞聖堂を後にした。
「テギョン、撮ってきたぞ。」
テギョンはマ室長からカメラを受け取ると早速モニターを見ながら映り具合のチェックを始めた。
「よし、顔は写っていないな。」
マ室長の撮った画像はミニョの斜め後ろから、完全に後ろ姿だけが映っていて顔は誰だか全く判らないようになっていた。
「それにしても驚いたわよ、ミニョ綺麗になったわね、それにあの歌声。一体どうやったらあそこまで歌えるようになるのかしら。アン社長が聴いてたら絶対スカウトしてたんじゃない?」
「ああ、それは俺も思ったよ。初めて聴いたけど、鳥肌立った。」
マ室長とワン・コーディは聖堂の広場で聴いたミニョの歌声に驚き、興奮しながら話している。
「なあテギョン、このままミニョさんを聖堂だけで歌わせておくのは勿体ないんじゃないか?ここにはクラシック歌手なんていないけどミニョさんの声なら絶対に売れると思うんだが。もしミニョさんがデビューすれば同じ事務所なんだし、一緒にいられる時間が多くなるぞ。テレビとかラジオとか一緒に出られるじゃないか。それにミニョさんを見つけてきたのは俺なんだから俺の株も一気に上がるかも・・・」
ニヤニヤと笑い、丸い眼鏡の奥の小さな目をキラリと光らせるマ室長をテギョンは一睨みで黙らせるとカメラの電源を切った。
「ミニョをデビューさせる気はない。あいつにはこの世界は合わない。アン社長には絶対にミニョの歌のことは言うなよ。」
マ室長の言うようにアン社長にミニョの歌を聴かせればうちの事務所からデビューさせると言い出しそうだ。
ミニョの話によると、聖堂で歌っていると回数を重ねるごとに聴衆の数は増えているらしい。
平日はそれほど人は多くなかったが、それでもミニョの歌を目当てに聖堂に来ている人もいるらしく、次はいつ歌うのかと聞かれることもあるという。休日になればその数は更に増し、広場には多くの人が集まっていた。
ただでさえ大勢の男の目に触れる今のミニョの仕事にあまりいい顔をしていないテギョンが、ミニョをこれ以上人目に・・・特に男の目に触れさせたいと思う筈もなく。
マ室長にしっかりと釘をさすと、カメラを手にしたままその場を後にした。
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