どれくらいの時間が流れただろうか。二人は何も言わず抱き合ったまま。
テギョンはミニョの肩に顔を埋めたまま、抱きしめている腕の中の温もりを全身で感じていた。
「すまない、ミニョ・・・」
テギョンはゆっくりと身体を離すとミニョに向かって頭を下げる。
「俺はお前にひどいことをした。自分のことしか見えていなかった。俺に黙ってクラシックをやっていたことに・・・何も話してくれないことに腹を立て・・・嫉妬した。」
頭を下げたままのテギョンを見ながらミニョは胸を痛める。
「頭を上げて下さいテギョンさん、悪いのは私です。私が何も言わなかったから・・・ちゃんと説明もしないで、どうして怒ってるんだろうって思っているだけで。」
「いや、悪いのは俺だ。俺に向けてくれていた優しさに気づきもしなかった。」
「私は辛そうなテギョンさんを見て楽にしてあげたいと思うだけで、何も言わなかった。」
「おまえの気持ちも考えず、俺だけが辛い思いをしているような気になっていた・・・」
「何も説明してもらえないテギョンさんの不安なんて思いもしなかった。」
ミニョの瞳から涙が零れる。
「ごめんなさい!私がいけないんです。私の歌がテギョンさんを苦しめていると思ってました。でも違う。私が、何も言わない私自身がテギョンさんを苦しめていたんです。私が初めからちゃんと話していればテギョンさんは苦しむことはなかった筈。私がちゃんと自分の気持ちを伝えていればテギョンさんは不安に思わなかった筈。何も話してもらえないテギョンさんの辛さなんて考えもしないで、どうして苦しんでるんだろうって深く考えもしないで、私が、私が・・・」
「もういい!」
突然抱きしめられ唇を塞がれるミニョ。驚いたミニョは一瞬目を見開いたが、その瞳はすぐにゆっくりと閉じられた。
嫉妬に駆られ、独占欲だけでミニョを抱こうとしたテギョンを責めもせず、ひたすら自分を責めているミニョを見て、テギョンの胸は締めつけられるように苦しかった。
テギョンはミニョを抱きしめている腕にぐっと力を込める。ミニョはしがみつくようにテギョンの服を摑む。
お互いに傷つき、傷つけ合った心をゆっくりと癒していくように、徐々に深くなっていく口づけ。優しく…深く・・・激しく・・・・・・
繋がっていた唇が離れるとテギョンはミニョの瞳をじっと見つめ、優しく語りかけた。
「ミニョ、お前のせいじゃない。そしてもしおまえが俺のしたことを許してくれると言うなら、これからは一人で抱え込まないで、俺には話してくれ。歌声を変えようとしているなら、俺にだって何か出来ることがあるかも知れない。」
「どうしてそのことを・・・」
「カトリーヌさんから聞いた。頑固なお前は話してくれないからな。」
優しく微笑むテギョンにミニョは顔を背けると、戸惑いがちに口を開いた。
「私はアフリカで・・・カトリーヌさんに歌を教わってました。そのことを黙っていたのは、自分の力で何とかしたいというのもありますが本当は・・・・・・後ろめたかったんです。クラシックを教えてもらって、自分の歌がどんどん変わっていって、新しい歌を覚えて・・・歌うことが楽しかったんです。A.N.JELLに傷をつけないようにと思って始めたことなのに、どうして始めたのかも忘れてしまうくらいに楽しくて、それが何だか後ろめたくて・・・」
「・・・そんなことを気にしていたのか。音楽は元々楽しんでするものだろう。俺はミニョが責任感だけで歌っていると思って、そっちの方を心配したぞ。」
テギョンの言葉にミニョは少しホッとすると、今まで悩んで黙っていた自分が何だかとても滑稽に思えてクスッと笑った。
「私たちに足りないのは言葉ですね。」
「言葉?」
「はい、お兄ちゃんに言われたんです。自分から話せないことをどうか察して欲しいなんて虫がよすぎるって。伝えたいことがあるなら、ちゃんと言葉にしないとダメだって、黙ってたって後悔するだけだって・・・・・・だから・・・えっと・・・私は・・・」
ミニョはそこで一度言葉を止めると、急に速くなった鼓動を静めようと大きく息を吸った。
「私は・・・テギョンさんが・・・好きです。」
顔を真っ赤にして俯きながら、必死で想いを伝えようとしているミニョが可愛くて、愛しくて・・・
ミニョの言葉を全身で感じ取るように目を瞑ると、徐々にテギョンの顔が綻んでくる。ミニョを包んでいる腕に力を込めると満面の笑みを浮かべた。
「・・・そうだな。確かに俺達には言葉が足りなかったかもしれない。」
二人のすれ違いはいつから始まったんだろう。お互いに相手を想うが故に起こったすれ違い。
相手を想う気持ちに言葉をのせていれば・・・ここまですれ違わなかったかもしれない。
「ふぁ~、ホッとしたら何だか眠くなってきたな。ホテルではあまり眠れなかったからな。」
「もう夜中ですからね。」
口に拳を当て欠伸をするテギョンを微笑みながら見るミニョ。
テギョンがシャワーを浴びに行っている間に、ミニョはベッドからテジトッキを連れて来た。
「ごめんねテジトッキ、今日からは一緒に寝られない。私はテギョンさんと一緒に寝るから。あなたが一緒のベッドにいると、テギョンさん焼きもち妬いちゃうかも。」
椅子に座り机の上に置いたテジトッキに話しかける。
テギョンがシャワールームから出てくると、ミニョは机に顔を伏せて眠っていた。
テギョンはそっとミニョを抱き上げるとベッドへと運ぶ。ミニョをベッドへ下ろした時にミニョの胸元に光る星と月のネックレスを見つけた。
「お前が持っていたのか。」
月のネックレスを外そうと手を伸ばすが、その手を途中で止める。伸ばした手をギュッと握りしめるとミニョの横に身体を寄せ、包み込むように腕の中に閉じ込めた。
「コ・ミニョ、サランヘ。」
額にそっとキスをすると、体中にミニョの温もりと、甘い香りを感じながらいつしかテギョンも眠りについた。
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