カトリーヌに聞きたいことは他にも色々あった。結局彼女の正体は依然として謎に包まれている。
だが今はミニョが何をしようとしているのか、それさえ判ればいいとテギョンは思った。
何故ミニョがあれ程までに頑なに黙っていたのか・・・。熱を出しても病院へ行かないと言っていたミニョを思い出す。ミナムのフリをしていたことがバレればテギョンが傷つくんじゃないかと恐れていた。
― A.N.JELLの為にミニョがクラシックをやっていたことが判れば、俺が責任を感じるとでも思ったのか?
ミニョの考えていることはよく判らない。
でもあの日。ミニョを抱こうとしたあの夜。
ミニョの胸に輝く星のネックレスを見つけた時、ミニョの心の中には常に自分がいたのではないかと思った。
ミニョの瞳はいつでも真っ直ぐに自分を見つめ、その心は常に自分に向けられている。
テギョンはそう思い、そう信じようとした時、スッと心が軽くなった気がした。
今までガチガチにテギョンの心を縛り付けていた嫉妬が、ゆるゆると解けていくようで・・・
合宿所を離れ、ミニョと離れ、ホテルで一人自分を見つめ直す。
― 俺はまた自分のことしか見えてなかったんじゃないか?俺だけがあいつを想い、俺だけがあいつを癒してやっていると思っていた。なぜ何も話してくれないのかと、俺だけが苦しんでいると思っていた。何も言わずにいるあいつの辛さなんて考えもしなかった。
ミニョの声が聞きたい、ミニョの顔が見たい・・・ミニョに会いたい・・・。自分のことだけしか考えず、ミニョのことを傷つけてしまったことを謝りたい。
○ ○ ○
夜遅く、合宿所に帰って来たテギョンは緊張した面持ちで自分の部屋へ向かう。
ゆっくりと音を立てないようにドアを開けると、部屋の中は夜中だというのにまるで昼間のように明るかった。ベッドに目をやると布団がこんもりと盛り上がっている。
― 部屋が明るいと眠れないと言っていたお前が、こんな明るい部屋で・・・眠れるのか?・・・
テギョンは唇を噛むと足音を立てないようにそろりそろりと机の方へ向かった。
机の上にいた筈のテジトッキがいない。ソファーを見てもいない。首を傾げていると、どんっという衝撃と共に背中が温かくなった。テギョンの身体の前に回される細い腕。
テギョンの鼓動が跳ね上がる。
「お帰りなさい。」
テギョンの背中に顔を押しつけている為か、ミニョの声がくぐもって聞こえる。
久しぶりに感じるミニョの柔らかな身体と優しい声。
『お帰りなさい』 という言葉が、テギョンをずっと待っていたと告げている。
何も言わずに出て行った自分をずっと待っていてくれたのかと思うと、胸が一杯で言葉が出ない。
テギョンが何も言えずにいると、ミニョの腕がスルリと身体から離れて行った。
「あ、ごめんなさい、急に抱きついちゃって・・・嫌でしたよね。」
背後から聞こえるミニョの寂しそうな声。
テギョンはクルリと振り向くとミニョの身体を抱きしめた。
― どうしてお前はこんな時まで俺を気遣う?
胸の奥が熱くなる。目の前がじんわりと涙でにじむ。
テギョンは唇をキュッと結ぶと溢れてくる涙を見られないようにミニョの肩に顔を押しつけた。
― ・・・泣いてる?
ミニョは微かに震えるテギョンの身体とわずかに感じる湿り気を帯びた肩に、テギョンが泣いていることを悟った。
右手でテギョンの頭を優しく包み込み、左手をテギョンの背中へ回し、そっと抱きしめる。
今まで離れていた時間が・・・ミニョがアフリカへ行っていた六ヶ月という月日に比べたらほんのわずかな時間なのに、心まで離れてしまったのではと思うと、とても長く感じられた。
あの夜。
ベッドの上からテギョンの背中を見ていた。
自分を振り返ることもなく、部屋を出て行ったテギョンの背中。
どうしてこうなってしまったんだろう・・・どうして・・・
次から次へと溢れてくる涙。
泣き疲れていつの間にか眠ってしまい、朝テジトッキの首にかけられた月のネックレスを見つけた時の、胸を締めつけられるような苦しさ。
ネックレスですらテギョンの傍にいられないと、この部屋に置いて行かれたんだという悲しみ。
どうしてと自問自答を繰り返す自分に、皆は優しく接してくれる。何も話さない自分を責めることなく、優しく声をかけてくれる。
そしてミナムの言葉。
『心の中だけで想ってるだけじゃ、何も伝わらない。』
自分はちゃんと伝えていただろうか?詳しく話せないことを理解してもらおうと少しでも努力しただろうか?自分の気持ちを伝えようとしただろうか?
『何も言えないことを察して欲しいなんて虫がよすぎる。』
こうなってしまったのは自分のせい。何も言わなかった自分のせい。歌のことだってきちんと説明すればきっと理解してくれる。
伝えなければ・・・言葉にして伝えなければ・・・伝えたい・・・自分の気持ちを・・・・・・
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