「あれ、シヌさんおはようございます。今日もお仕事早いんですか?」
ミニョが地下からの階段を上ってくると、キッチンでお茶を淹れているシヌの姿が見えた。
自分の赤い目を見られないようにフッと顔を逸らすミニョ。
「ああ、おはよう。仕事は午後からなんだが、早く目が覚めちゃってね・・・。ミニョはシャワー?」
「はい、汗をかいたんで。」
「・・・汗・・・」
シヌのお茶を淹れていた手が止まる。
「ええ、ジョギングしてきたんです。」
「あ、ああ、ジョギングか・・・」
ミニョに見えないように、ホッと息をつくと止まっていたシヌの手が再び動き出した。
「ちょっと待ってて、今、お茶淹れてあげるから。」
「ありがとうございます、シヌさん。」
キッチンでお茶を淹れるシヌ。暫くすると甘い香りが漂ってきた。
「はい、ジャスミンティー。いい香りだろ?リラックスできるよ。あと、落ち込んでる時にもいい。」
「え?どうして・・・」
「ホントは疲労回復に効くローズマリーがいいんだろうけど、今のミニョは肉体的よりも、精神的に疲れてるように見える。」
「・・・」
そう言ってシヌはミニョの頭に手を置こうとし・・・やめた。ミナムの言葉が頭をよぎる。
『ジェルミにはやらない、俺とミニョだけ・・・』
― この癖も何とかしないとな・・・
シヌはそっと手を引っ込める。
シヌはミニョの隣に座り、お茶の入っていた自分のカップに口をつけた。
「シヌさんのお茶はなんですか?私のとは違うようですけど。」
クンクンと匂いをかぐと、爽やかな香りがする。
「これはミント、気分がすっきりする。」
シヌは口元に微笑みを浮かべるとミントティーを飲んだ。
ミニョは自分のカップとシヌのカップを見比べると考えるように首を傾げている。
「私前から気になってたんですけど、シヌさんて自分が飲んでいるのとは違うお茶を淹れて下さいますよね、何故ですか?」
シヌはミニョの問いに無言のまま微笑みで返すと二階への階段をチラッと見た。
「そう言えばテギョンはまだ部屋?」
テギョンの名前にミニョの動きが一瞬止まる。ミニョは少し俯き目を泳がせると、持っていたカップをじっと見つめた。
「・・・テギョンさんは・・・お仕事だと思います・・・朝早く出て行かれたので・・・」
「・・・そう・・・」
シヌは少し落ち着きのないミニョを横目でじっと見ながら、一気にカップの中身を飲み干した。
「ミニョ、一緒に朝食作ろう。今日はミジャおばさん来ないから、早くしないとジェルミとミナムが腹減ったってうるさいぞ。」
○ ○ ○
「はい交代、今度は俺がコーヒー淹れてあげる。」
朝食後、洗い物が終わったミニョを椅子に座らせシヌがコーヒーを淹れる準備をする。
「ミニョがお土産で買ってきてくれたコーヒーを淹れよう。・・・焙煎度はシティーローストだから中粗挽きにして・・・」
シヌはクラシックなスタイルの木目の美しい手挽きミルで豆を挽くと、ゆっくりと丁寧にコーヒーを淹れていく。
香ばしい香りがキッチンに広がる。
ミニョはシヌの淹れたコーヒーをひとくち口にすると、顔を輝かせた。
「うわー、凄くおいしいです。私アフリカではカフェでバイトしてたんですけど・・・マスターには悪いですが、シヌさんの淹れて下さったコーヒーの方がおいしいです。」
「ハハハ、それは嬉しいな。」
ミニョはコーヒーを飲みながら不思議そうに中身を覗いている。
「私、カフェでコーヒー飲んでると、常連のお客さんとかマスターに凄く不思議そうっていうか、嫌そうな顔されるんですよね・・・どうしてでしょう。」
しきりに首をひねって考える。
「ミニョが俺の淹れたコーヒーをおいしいって言った答えがそれだよ。」
「え?」
「ミニョがいた国は、アフリカの中でも特にコーヒーにうるさい国なんだ。冷めたコーヒーや淹れてから五分以上経ったコーヒーは飲まない。そして俺が淹れたのは、ミニョ用のコーヒー。ちょっと猫舌なミニョの為に少しだけぬるく淹れてある。だからアフリカで飲む熱いコーヒーを時間をかけて飲むミニョが不思議に見えたんだよ。」
「え?私って猫舌だったんですか?そう言われてみると熱いものが苦手なような・・・」
シヌは吃驚した後に真剣に考え込んでいるミニョの顔を見て、口元に拳を当てクックッと笑い出した。
「気づいてなかったんだ・・・クックッ・・・ついでに言うと、いつもはもう少し甘いのが好みだけど、食後だから少しだけ砂糖が控えてある。きっとそれもおいしく感じる要因の一つかな?」
「シヌさん・・・凄いです・・・」
ミニョはコーヒー一杯淹れるのにもそこまで考えているシヌを尊敬のまなざしで見つめた。
「そう?じゃあもう一つ俺の秘密・・・教えてあげる。どうして自分の飲んでるお茶と違うお茶を淹れるのか。それはね、相手を見てるから。その人の体調、気分を考えてお茶を淹れる。とにかく早く何か飲みたい人には冷たい物。疲れている人にはちょっと甘い物。眠いのに仕事をしなきゃいけない人にはスッキリする物。同じお茶でもその時によって、熱くしたり、冷たくしたり、甘くしたり、苦くしたり。ちなみにテギョンは喉の為にあまり熱いものは出していない。ジェルミの好みは冷たい物。ミナムはミニョと一緒で少し猫舌みたいだからちょっとだけぬるめの物。」
ミニョはシヌの話にポカンと口を開けたまま何も言えずにいる。
「・・・クックッ・・・ミニョ、口、開いてる・・・」
「あっ・・・す、凄いですシヌさん、そんなに皆さんのことを見て、気遣って。何か皆さんのお父さんみたいです。」
「お父さんって・・・お兄さんくらいにしておいてくれないか?」
「お兄ちゃんとジェルミは二人共どっちって言えないんで、二人で三男と末っ子ですね。それを優しく見守ってる次男がシヌさん。テギョンさんはちょっと我儘だけど皆を引っ張っていく長男かな?」
それまでニコニコと話していたミニョの顔が、テギョンの名前を口にした途端に少し曇る。
俯いてテーブルを見ていたミニョが顔を上げると、遠くを見るような目で話し出した。
「あー、私も皆さんと兄妹になりたいです。毎日が凄く楽しそうですね。」
「でもテギョンと兄妹じゃ困るだろ?兄妹じゃ恋愛はできない・・・」
「でもずっと一緒にいられますよね。喧嘩してもお互いに誰かと結婚してもずっと繋がっていられますよね・・・」
ミニョの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。ミニョはそれをシヌに見られないように横を向いてそっと指で拭った。
「テギョンと喧嘩でもした?」
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