ミニョは昨日と同じ道を走り続ける。走っている間は何も考えずにいられる。アフリカでもそうだった。テギョンのことを想うと、寂しくて、会いたくて・・・。走っている間は何も考えずにいられた。それなのに今はそのテギョンから逃げるように走っていた。
公園のベンチに座り、息を整えているとテギョンが目の前に立つ。ミニョはとっさに顔をそらしテギョンの顔を見ないようにした。
「ミニョ・・・ミニョ!」
「・・・・・・」
テギョンの呼びかけに返事もせず、ただ黙って顔を背けている。
「ミニョ・・・怒っててもいいから、俺を拒絶しないでくれ・・・」
テギョンの苦しそうな声にミニョはハッとした。
幼い頃から母親に拒絶され続けてきたテギョン。そのテギョンから今自分は顔を背けている。
自分がコ・ジェヒョンの娘だとテギョンに知られた日、事務所の階段でテギョンに手を振り払われどれ程悲しい思いをしたか。それなのにさっき自分は部屋の前でテギョンの手を振り払ってしまった。
ミニョの心に後悔の念が湧き上がる。
ミニョは慌てて立ち上がるとテギョンを見上げる。そこには親に置いて行かれた子供のような、捨てられた子犬のような寂しそうな顔をしたテギョンがいた。
「ご、ごめんなさい私・・・拒絶とか、そんなんじゃなくて。」
突然ミニョの身体がテギョンに引き寄せられる。テギョンはミニョの腕を摑むと、自分の胸に抱き寄せた。
ミニョの被っていたキャップのつばがテギョンの肩に当たり、パサリと下に落ちる。
「・・・やっと顔が見れた・・・」
ミニョの耳元で囁かれるテギョンの声。
早朝で人通りはあまりないとはいえ、公園でいきなり抱きしめられ顔を真っ赤にするミニョ。
「テ、テギョンさん・・・離してください・・・」
弱々しいミニョの要求は、背中に回されたテギョンの手によって却下されたことが判った。
ミニョはテギョンの黒いタンクトップに顔を押しつけられ、その薄い布の下にある筋肉質な胸を感じていた。
トク、トク、トク、トク・・・
先程まで走っていたせいか、テギョンの鼓動がとても速い。
ミニョはそっと目を閉じ、その鼓動の音に神経を集中させる。
トク、トク、トク、トク・・・
その音を聞いていると昨日の朝、テギョンが言っていたことが判る様な気がしてきた。
『身体は緊張してるのに、気持ちは落ち着く。』
テギョンに抱きしめられ、いっそう速く脈打つ自分の鼓動を感じながら、テギョンの胸に顔をつけていると、自然にミニョの手がテギョンの背中に回された。その腕にそっと力を込める。
テギョンは怒っているとばかり思っていたミニョの手が、自分の背中に回されたことに驚き、抱きしめていた腕を緩めるとミニョの顔を覗き込んだ。
「ミニョ?」
テギョンの呼びかけに慌ててミニョは身体を離し、赤くなった顔を俯ける。
「あ、あの、私、怒ってたんじゃなくて・・・」
ミニョ自身自分の行動に混乱していた。
テギョンから顔を背け逃げ出したと思ったら、今度はそのテギョンを抱きしめている・・・・・・
ベッドでテギョンの顔を見た時。
「あの・・・」
瞼に触れたい。
「その・・・」
頬に触れたい。
「何というか…」
唇に触れたい。
「怒ったんじゃなくて・・・」
触れて欲しい。
「吃驚したんです。」
そう思っている自分に驚いた。
「吃驚した?」
「は、はい。」
「昨日の朝とどう違うんだ?」
怒っているのではないと知って、少しほっとしたテギョンだったが、ミニョの言葉に首を傾げる。
「あ、あの・・・手が・・・」
「手?」
「テギョンさんの手が・・・私の・・・胸の上に・・・あったので・・・」
徐々に小さくなるミニョの声。真っ赤になりながら俯いている。
テギョンは自分の両手をじっと見つめる。
― 俺の手がミニョの胸に?
ゆっくりと緩んでいくテギョンの口元。
「あ、ち、違います、そこじゃなくて、肘より上、二の腕です。」
ミニョがテギョンの右の二の腕を指差す。
「二の腕?」
今度は自分の二の腕をまじまじと見つめるテギョン。ああ、なるほど、そういわれると・・・
テギョンは口元に拳を当て、クックッと笑っている。
「確かに・・・触り心地がよかったような・・・」
「テギョンさん!」
「ああ、悪い悪い。・・・クックッ・・・だが抱きしめるのはよくて、胸に腕が乗ってたのがダメなんて・・・そういうものなのか?」
なにぶんテギョンも初めてのことなのでよく判らない。
「わ、私もよく判りませんが・・・とにかく吃驚したんです。」
自分の本当の感情をテギョンに伝えるのが恥ずかしくて、とりあえずそういうことにしたミニョ。確かにきっかけはミニョの胸の上にあったテギョンの腕であることに間違いはない。
「それにあの部屋にテギョンさんがいたことにも驚きました。」
「ああ、あれは・・・」
今度はテギョンが言いよどむ。
最初はミニョがちゃんと眠れているか心配だった。それがいつの間にか色々と考え出し、結局眠りながら泣いているミニョを放っておけなかった。
「一人だと眠れなくて、つい・・・」
だがテギョンは言わない。皆の前で明るく振舞っても夜眠っている時に、ネルソンの為に泣いているということを言えなかった。それにミニョのことが心配で、とても一人で部屋で寝ていられないのは確かだ。
「小さな子供みたいですね。」
予想外の答えにクスクスと笑うミニョ。
さっきまでの顔がまるで嘘のようにミニョの顔に笑みが戻った。
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