リビングのソファーに二人で並んで座る。
「テギョンさん、手紙にも書きましたけど、私・・・もう一度、アフリカへ行きます・・・・・・ごめんなさい。」
ミニョの口から出たのは 『行ってもいいですか?』 でも 『行きたいです。』 でもなく 『行きます。』 だった。
この言葉からミニョの強い意志が窺える。
テギョンは肘を膝の上に乗せ、両手で頭を抱えると、ハァ~とため息をついた。
ずっと気になっていたが聞けずにいたこと。手紙に書かれていた 『一時帰国』 の文字。
予想していたこととは言え、いざ目の前で本人の口から伝えられると、それなりにショックも大きい。
ミニョと一緒にいられることが楽しくて、顔を見られることが嬉しくて。韓国にいられるのは二週間しかないと判っていながら、ついつい先延ばしにしてしまった話題。
「話してくれるんだろ?」
テギョンは俯いたまま言葉だけをミニョへ向ける。
ミニョはアフリカであったことを話しだした。
○ ○ ○
心も身体も傷つき孤児院へ引き取られた幼いネルソン。ミニョの歌を聴いて初めて涙を見せた時のことを思い出す。
細い手足で必死にミニョに抱きつき泣いていた。
ミニョはネルソンが虐待を受けていたことは話さなかった。母親に見捨てられたことも。それは、ミニョがネルソンとテギョンを重ね合わせたからかもしれない。幼い頃から母親に拒絶されて育ったテギョン・・・
ミニョに心を開いたネルソンは徐々に明るくなっていった。きっと本来ならその年頃の子供が見せるであろう笑顔、無邪気さ、大人に寄せる信頼。そういったものをネルソンは少しずつ手に入れて行った。
「ネルソンは元々先天性の病気があって、時々具合が悪くなることがあったんです。そのことが心配で、ボランティアの延長を申請しました。一度韓国に帰って、もう一度アフリカへ行こうって。その時一時帰国をするという手紙を出しました。でもそのすぐ後で・・・・・・。アフリカは人の死がとても身近です。私には覚悟が足りなかった・・・」
真っ直ぐに前を見つめたままの瞳から涙が零れ落ちる。
「私、あの子の為に歌ってあげたかった。あの子の為だけに・・・。普段は皆の前で歌ってたから、あの子一人の前では小さな声でしか歌ったことがなかった。ネルソン一人の為に思いっきり歌いたいのに・・・声が出ないんです。歌おうとすると胸が苦しくて、息が詰まったみたいになって・・・」
前を見つめたまま涙を流し続けるミニョをテギョンは無言で抱きしめた。
「私が落ち込んでるのを見て、シスターメアリーはボランティアの延長は取り下げて韓国へ帰るように勧めて下さいました。でもカトリーヌさんに言われたんです。『もう一度アフリカに戻って、ネルソンのお墓の前で歌いなさい。じゃないと、これからずっと心を込めた歌は歌えない。』 って。」
テギョンの肩に顔を埋めて泣き続けるミニョ。そのミニョの耳元でテギョンは囁くように優しく聞いてみる。
「それで、お前はどうしたいんだ?」
ミニョは顔を上げると身体を離し、テギョンの目をじっと見つめた。
「私は・・・・・・私は歌いたいです。アフリカで、ネルソンのお墓の前で、あの子の好きだった 『天使の糧』 を・・・」
真っ直ぐに見つめられたミニョの瞳から揺るぎない意志が伝わってくる。
テギョンはもう一度ミニョの身体を優しく抱きしめた。
このままずっとこうして腕の中に閉じ込めておきたい。どこにも行かせず、常に手の届く場所にいて欲しい・・・
だがそれではミニョの心は救われない。眠りながら涙を流すミニョは見ていられない・・・
「だったら・・・頑張らないとな。韓国にいられるのは、あと、十日くらいだぞ。その間に歌えるようにしないと。まあ、俺がついているんだ、心配いらないがな。」
「許可して下さるんですか?」
「許可するも何も・・・言い出したらきかないだろう、コ・ミニョは。」
ため息まじりにフッと微笑むテギョン。
― A.N.JELLのリーダーファン・テギョン。皇帝とまで呼ばれる男が、一人の女の為に一喜一憂する姿は滑稽だろうか?その女の為に眠れない夜を過ごし、心配でも遠くから見守ることしか出来ない俺は・・・・・・。この先俺はずっとこうやって心配しながらこいつを見ていかなきゃならないのか?・・・ふっ、こいつが熱を出しても病院へ行かないと言った時から、いやそれ以前に、こいつが女だと知った時から、俺はそういう役回りなのかもしれないな。
俺が初めて手に入れた安らげる温もり・・・コ・ミニョ。こいつの笑顔の為に俺が出来ることは何でもしてやる。
「明日から忙しくなるぞ。ネルソンの前で恥ずかしくない歌を聴かせてやれるようにしないとな。」
優しく微笑むテギョンにミニョは小さな声ではいと返事をすると、その広い胸に顔を埋める。
― ごめんなさいテギョンさん、本当はアフリカに戻る理由が他にもあるんです。でもそれは今はまだ話せません。私が 『天使の糧』 を歌えないと先に進めないこと・・・。わたしのせいで皆さんに迷惑をかける訳にはいきません。だからもう一度アフリカへ行きます、カトリーヌさんと一緒に・・・・・・
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