ミニョの朝は早い。
「今日も一日晴れそうですね。」
窓を開け、明るくなった空を見上げる。
― テギョンさん、おはようございます。
目を瞑り、胸元に揺れる星のネックレスを服の上からギュッと握りしめた。
朝起きると、ホストファミリー宅のウ゛ィルザ夫人と一緒に朝食の準備を始める。
家の主人のアントニオ、長女のタニアが起きてきて、一歳の長男ジョゼを起こし、皆で朝食をとり、後片付けを終えると車に乗り、アントニオの運転で教会の早朝ミサへ出かける。
「ミニョ、いいのかい?キリスト教とはいっても、君はカトリックだろう?」
「神様にお祈りすることに変わりはありませんから。」
毎朝交わされる会話。
同じキリスト教とはいえ、ミニョはカトリック、ここは・・・エチオピア正教。
だがミニョは全く気にしていなかった。
ミサから帰ると、アントニオは仕事へ、タニアは学校へ、ミニョは孤児院へと行く。
家から施設までは歩いて約四十分。最近のミニョの足取りは軽かった。
ミニョが孤児院で世話をしている五歳の男の子ネルソン。
毎日一日中膝を抱えて、ほとんどしゃべらず、全く笑わない。あまり表情を表に出さない子だった。
ある日昼食を食べ終わったミニョは外で歌い出した。
『天使の糧』 テギョンの前で初めて歌った曲。
ネルソンとのコミュニケーションがうまくいかず、落ち込んでいた時にテギョンを想い、心を込めて歌った。
歌い終わったミニョの目に映ったのは、拍手をする大勢の人と涙を流すネルソンの姿。
ミニョはネルソンの前で跪くと、小さな身体をそっと抱きしめた。
その日を境に、ネルソンはミニョに少しずつ心を開き始めた。
ミニョの傍を離れようとせず、服の裾を摑んで離さない。
少しずつ言葉を発するようになり、感情も表れるようになってきた。
そして一番好きなのはミニョの歌。
『天使の糧』 が大のお気に入りだった。
シスターメアリーの話によると、ネルソンは父親からの虐待がひどく、半年前にこの孤児院へ引き取られてきた。初めはネルソンを庇っていた母親も段々と距離を置くようになり・・・。ネルソンが引き取られる頃には、父親の暴力が始まると、部屋へ閉じ籠もり嵐が過ぎるのを待っているだけだった。
そんな母親がまだ優しかった頃、一緒に行った教会で何度も 『天使の糧』 を耳にしていた。ネルソンにとってこの歌は優しかった母との思い出の歌。
そのことを知ったシスターメアリーは、ネルソンの前で 『天使の糧』 を歌った。
しかし、何の反応もない。虚ろな瞳で膝を抱え、ただぼんやりとしているだけ。他の人にも歌って貰ったが結果は同じ。
そして偶然ミニョがこの歌を歌う。
ネルソンの頬を伝う涙。
「ミニョ、あなたの歌には人の心を震わせる何かがあるわ。週末に教会で歌ってみない?」
誰かの役に立つのならと、ミニョはこの提案を受け入れた。
○ ○ ○
平日は孤児院でボランティアをして土曜日はシスターメアリーと共に教会へ行き、手伝いをした後歌を歌う。
ミサの終わった後、雨の降る日以外はアカペラで外で歌うミニョ。
胸の星を握り、呼吸を整えるとテギョンを想いながら空へ向かって歌い出した。
土曜日の午後、ミサの後いつものように歌を歌い終え、バイトへ向かう準備をしていると一人の女性に声をかけられた。
「あなたはこの教会の方ですか?」
ミニョよりも幾分年上に見えるスラッと背の高い細身の女性。ストレートの栗色の長い髪は後ろで一つに纏められていた。
「いいえ、私は知り合いのシスターの手伝いについてきて、歌わせて頂いているだけです。」
「そう・・・・・・。あなたの 『天使の糧』 聴かせて頂いたわ。素敵だった。」
瞳をキラキラと輝かせて、ニッコリと微笑む女性。
「あ、ありがとうございます。」
ミニョは照れたように髪の毛を手で触る。
「色々お話聞きたいんだけど、お時間あるかしら?」
「すいません、これから私バイトに行かないといけないので・・・」
そう・・・と残念そうな顔の女性は、ミニョにバイト先の店の場所を聞いた。
「その店なら判るわ。今からその店に行くのね?」
「はい。」
「・・・じゃあ、行きましょうか。」
「はい?」
「荷物は・・・コレね。じゃあ、行きましょう。ちょっと走るわよ。」
「あ、あの~・・・」
ミニョの荷物を持ち、軽く走り出す女性。
「待ってくださ~い。」
ミニョは何が何だか判らないまま、とにかく女性の後について走り出した。
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