ホテルの部屋へ戻ると、バスルームへ行き、熱いシャワーを頭から浴びる。
肌の上の白い泡を滑らせるようにして全身を洗うと、壁に手をつき、頭上から降りしきるシャワーできれいに洗い流した。
キュッと湯を止め、一度ブルッとあたまを振ると、濡れて光った黒髪から銀色の滴が飛び散った。
濡れた体をタオルで軽く拭くとバスローブをはおり、タオルを被って部屋へ行く。
少し乱暴に髪を拭くと、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、一気に喉へ流し込む。
「ふぅ~」
ひと息つくとソファーへ崩れる様に沈み込んだ。
「またエビか・・・」
テギョンは幼い頃母親と食事した時のことを思い出していた。
特別に注文したと言った料理。
母親に気に入られたくて、食べられないエビを食べ呼吸困難になった。
咳が出て、苦しくて、苦しくて、涙が出て・・・
母親に助けを求めたかったが、その前に突き放された。
アン社長と一緒にモ・ファランと食事をした時もエビだった。
一口食べて気づいた。だが時すでに遅く、呼吸困難に襲われた。
苦しんでいるところへミナム(ミニョ)が来た。
「あいつよく憶えてたな、一度しか言ってないのに。」
呼吸困難で苦しんでいるテギョンを見て、 『エビを食べたんですか』 と言ったミニョ。
幼い頃エビを食べて苦しんでいる姿を見ているのに、それを忘れまたエビを注文するモ・ファラン。
母親のことを頭では許そうと思っていても、身体が拒否反応を示す。
呼吸が浅くなり、息苦しい。
ゆっくりと大きく息を吸うと、水を一口飲む。
カーテンを大きく開け、ベッドサイドのライトをつけると部屋の明かりを消した。
暗くなった部屋の中に射し込む月の光。その光を頼りに半ば手探りで窓まで行く。
ガラス越しに見える丸い月。
窓を開けると、暖房のきいた室内に冬の冷気が流れ込む。
ぶるっと一瞬身震いをしたが、瞼を閉じ両腕を大きく広げ、月からの光を全身に浴び、二度、三度と深呼吸をする。
浅く速かった呼吸が、段々と整っていく。
ゆっくりと瞼を開けると、青白く輝く丸い月が見えた。
「月がきれいだ。」
― 夜空にどんなにたくさん星が輝いていても、俺には月しか見えない。あいつは自分のことを、星の力を借りている月のような存在だと言った。星の光がなければ役に立たないと。俺は月も必要な存在だと言った。夜空にたくさん星が輝いていても、俺には月しか見えないと・・・
「よく考えたら、あの時の俺はすごいことを言ってたんじゃないか?あいつは自分を月にたとえ、俺は月しか見えないと言った。」
無意識に言った言葉だったが、今のテギョンの心を的確に表している。
テギョンにはミニョしか見えない。
以前からテギョンに色目を使う女性は多かった。例の告白コンサートの後は特に。
テレビ局で、雑誌の取材で・・・
自身のスタイルをアピールするように、胸元の大きく開いた服で、わざとらしくテギョンの周りを歩いたり、撮影だと言って、必要以上に身体を寄せてきたり。
その都度テギョンは嫌悪感を抱き、不機嫌になる。
韓国でのコンサートはファンクラブが目を光らせている為、まずハプニングは起きないが、海外での活動は、ファンに突然抱きつかれたり、腕を摑まれたりと、予測不可能な出来事がたびたび起こる。
テギョンは振り払いそうになる自分を必死で抑えるのが精一杯で、とてもクールでなどいられない。
睨みつけるテギョンを隠すようにメンバーがフォローに入る。
母親にすら抱きしめられた記憶のないテギョン。
他人に触れるのは嫌だ。
他人に触れられるのも嫌だ。
それは、これまでも、これからも変わることのない事だと思っていたのに・・・・・・
ミニョだけは違った。
抱きつかれた時も驚きはしたが、嫌悪感はなかった。
抱きしめられた時も戸惑いはしたが、嫌ではなかった。
ミニョの身体が離れた時に感じた妙な寂しさ。
初めての感情に、自分でも訳が判らない。
「あの時の会話ですでに答えは出ていたのに、俺は気づかなかったんだな。」
俺には月しか見えない。
窓を閉め、窓際のソファーに腰を下ろし夜空を眺める。
ミニョがアフリカへ出発する前日。ベッドで眠るミニョを後ろからそっと抱きしめた。
初めはいたずら心からだった。この状態で目を覚ましたらどんな顔をするのかと。
服の上からでも伝わる柔らかな感触。甘い髪の香り。
やっと自分の腕の中に捕まえたという安心感から、眠気が襲ってきて・・・
いつしかミニョを抱きしめたままぐっすりと眠ってしまっていた。
自分から触れたいと思った初めての相手。
自分に触れて欲しいと思った初めての相手。
俺には月しか見えない。
「月さえ見えれば、それでいい。」
テギョンはソファーに座ったまま、暫くの間青白く輝く月の光を浴びていた。
* * * * * * *
いつもならここで 次回予告 となるんですが・・・どうしよう・・・
暫くやめてみようかな・・・・・・
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